フェイスブック取締役IT富豪の裁判攻勢に「ゴーカー」が破産と身売り 資産防衛でメディア存続狙う

ゴーカー・メディアの破産と身売り宣言は、控訴審での法廷闘争を持ちこたえるための、窮余の策だったようだ。

ゴシップサイト「ゴーカー」などを運営する「ゴーカー・メディア」への、「ぺイパル」共同創業者でフェイスブックの社外取締役のIT長者、ピーター・ティールさんによる"訴訟攻勢"騒動は、さらに新たな展開となった。

ゴーカーが破産申請を行うと同時に、メディア企業「ジフ・デイビス」が買収に名乗りを上げたのだ。

この騒動の発端は、知人女性との〝セックスビデオ〟を「ゴーカー」に公開されたとして、元プロレスラー、ハルク・ホーガンさんが、運営元の「ゴーカー・メディア」を訴えた裁判。

今年3月、フロリダの裁判所の評決は、1億4000万ドル(150億円)という巨額賠償をゴーカー・メディアに命じた。

そしてその裁判は、推定資産27億ドル(3000億円)と言われるティールさんが、過去の報道を巡る確執から、1000万ドルもの資金提供をしていた〝操り人形型のスラップ(威嚇)訴訟〟であることが明らかになった。

ゴーカー・メディアの破産と身売り宣言は、控訴審での法廷闘争を持ちこたえるための、窮余の策だったようだ。

旗色はよくない。

●破産法11条の申請

ゴーガーは10日付で、ニューヨークの連邦破産裁判所に、破産法11条(再建型破産)の適用を申請、再建手続きに入った。破産法11条は、日本の民事再生法に相当する。

ゴーカーは同日、リリースを公表しており、その中で、破産申請と合わせて、ジフ・デイビスとの間で、傘下メディアの売却についての事業譲渡契約を締結したと発表。ジフ・デイビスは、裁判所の競売手続きを通じて、買収を行うことになる、としている。

破産法適用申請に伴う資産の保全によって、ゴーカー・メディア・グループは法の適正手続きの権利を行使することが可能になった。当社は最終的にホーガン訴訟の勝訴を確信している。だが、現時点では一審で賠償義務を負ったため、控訴審での法的救済を目指すことになった。

ホーガン訴訟の賠償額は、営業利益20年分以上だ。一審だけで、訴訟費用はすでに1000万ドルにのぼっている。

破産適用申請によると、同社の資産は5000万ドルから1億ドル、負債は1億ドルから5億ドル、としている。

一審判決に基づいて資産の差し押さえを受ければ、メディアビジネスの継続も、訴訟の継続も不可能になる。

破産法適用申請を行えば、債権者からの資産の差し押さえを防御し、事業を継続していくこともできる。ゴーカー・メディアの、現時点での最大の債権者は、1億4000万ドルの賠償を勝ち取ったホーガンさんだ。

つまり、ゴーカー・メディアにとって、この破産申請は、防衛的な戦略だという説明だ。同社はすでに、訴訟継続に向けたこの戦略を"コンティンジェンシー・プラン(緊急対応策)"と称していた。

破産申請により、同社は事業継続のため、2億2000万ドルの破産融資(DIPファイナンス)を受けるという。

申請と合わせて、ジフ・デイビスとの事業譲渡契約を明らかにすることで、裁判所による競売の最低価格を設定しておく、という狙いもあるようだ。

ニューヨーク・タイムズなどによれば、ジフ・デイビスによる買収額は9000万ドルから1億ドルが想定されているという。

ジフ・デイビスは、1990年代に一時、ソフトバンクが買収したこともあり、日本でも知られている名前だ。

●ゴーカーの行方

破産申請の声明の中で、「ゴーカー・メディア」の創設者でありCEOのニック・デントンさんは、こう述べている

我々はこの訴訟によって、長年にわたる独立性を放棄せざるを得なくなった。しかし、我々のライターたちは、全力で真実を伝え続ける。そして、数百万読者からの信頼を確かなものにしていくのだ。

さらに、デントンさんはツイッターで、ニューヨーク新聞労組のこんな声明を引用している

億万長者が無関係な名誉毀損訴訟に資金援助する。競馬に賭けるように面白半分の手軽さで。そうなれば、損害を受けるのは我々全員だ。

破産・身売り宣言は、ゴーカー・メディアにとってはファイティング・ポーズだとしても、同社への「抑止効果」を狙うティールさんにとっては、その目標へと事態が進んでいることになる。

1億ドル前後という想定買収額は、これまで最高3億5000万ドルの買収額も取り沙汰されていたという経緯からすれば、かなりの評価減だ。

ウォールストリート・ジャーナルによれば、独アクセル・シュプリンガーが昨年、ネットメディア「ビジネス・インサイダー」を買収した金額は4億5000万ドル。

評価額ベースでは、「ヴァイス・メディア」が45億ドル、「バズフィード」は15億ドル、とされている。

それだけではなく、社名ともなっている中核メディア「ゴーカー」の買収後の扱いも、不透明だ。

「リコード」が、買収に名乗りを上げたジフ・デイビスの社内メモを紹介している。

CEOのヴィヴェク・シャーさんはその中で、「ギズモード」や「ライフハッカー」など、ゴーカー・メディア傘下の6サイトの名前をあげて、ジフ・デイビスとの親和性を語っている。だがその中に、ホーガン訴訟の舞台となった「ゴーカー」の名前がないのだ。

リコードは、「ゴーカー・メディア」社内では、買収後に「ゴーカー」が閉鎖されるのでは、との観測があることも伝えている。

●批判と賛同

ティールさんとゴーカー・メディアの法廷闘争が注目を集めるのは、ティールさんがIT長者というだけでなく、ニュース配信の最大のプラットフォームであるフェイスブックの有力出資者で取締役であり、米大統領選候補のドナルド・トランプさんの支持者であるという、時代の先端で影響力を持つ人物だからだ。

フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグさんは、今回の騒動でのティールさんの辞任はない、と述べているようだ。

ピーターの行動は、彼自身の判断でやっていることだ。フェイスブックの取締役会メンバーとしてのものではない。

シリコンバレーからは、ティールさんに賛同する声も上がっているようだ。

サン・マイクロシステムズの共同創業者で投資家のビノッド・コースラさんはこう述べている。

クリック獲得ありきのジャーナリストには、教訓を与える必要がある。今のプレスは、倫理観は遥かに低下し、より多くのクリックを追い求める。私はティールを支持する。

コースラさんは、所有する砂浜への一般立ち入りを遮断したことを巡る騒動を、ティールさんともトラブルになった「ゴーカー・メディア」傘下の「バレーワグ」(※昨年末で閉鎖)に報じられた経緯があるようだ。

やはりベンチャー投資家のクリス・サッカさんもこう述べている。

彼らは根拠もなく、人々を破滅させることにしゃにむに固執する。なんの説明責任も果たさず。

一方で、ネット業界にもティールさんのやり方に批判的な声はある。

イーベイ創業者で、スノーデン事件を手がけたグレン・グリーンウォルドさんらと2年前、調査報道を手がける「ファースト・ルック・メディア」を立ち上げたピエール・オミディアさんは、この訴訟で、「ゴーカー・メディア」を支持する意見書の提出に動いている

また、アマゾン創業者で、3年前からワシントン・ポストのオーナーでもあるジェフ・ベゾスさんも、ティールさんの訴訟攻勢には否定的だ。

「リコード」のカンファレンスで、ベゾスさんはこう述べたという

人に報復するなら穴二つ、一つは自分自身のため。そんなことわざがなかったか?自分がどんな時間を過ごしたいか、自問してみるべきだ。

公人として、自身に関する好ましくない言説についての最良の防衛策は、鈍感になることだ。そのような言説を、とめることはできない。

(2016年6月11日「新聞紙学的」より転載)

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