2018年のメディアのトレンドを考える上で欠かせないのはテクノロジーの進展、特にAI(人工知能)が与えるインパクトだ。
AIを巡る動きはジャーナリズムでも加速しており、未来の話などではなく、いかにして競争力に直結させられるか、というフェースに入っている。
AIへの対応もまた、メディアのサバイバルの分かれ目になるポイントだ。
そのAIの動きに、あなたはついてこられるのか?――ジャーナリズムには、そんな問いかけが突きつけられている。
●M2Mジャーナリズムの時代
マシン・トゥ・マシン・ジャーナリズムでは、一つのマシンから出力されたコンテンツ(ストーリーにしろ、その他のニュースコンテンツにしろ)は、第2のマシンでさらに変換されて、最終的に読者に届くことになる。
AP通信のAI担当、フレンチェスコ・マルコーニ氏は、AIによるジャーナリズムの変化を、こう見通す。
APが2017年春に公開したジャーナリズムにおけるAIのインパクトついての報告書「スマートマシン時代の報道局ガイド」の担当者でもある。
APは、ジャーナリズム分野におけるAI活用のトップランナーだ。
2014年にオートメーテッド・インサイツと提携。いち早く、AIによる決算短信の自動生成を開始した。
2年後の2016年には、マイナーリーグの記事にも自動生成の範囲を拡大している。
現在では4400社にのぼる決算短信を自動化し、記者の作業時間を2割短縮できた、という。
マルコーニ氏は、これらの「データ AI 記事」の流れの先にある「データ AIxAI 記事」という高度化のシナリオを示す。
マシン・トゥ・マシン(M2M)ジャーナリズムで何が起きるのか。
例えば、一つのマシンがデータからストーリーをつくり出し、それを第2のマシンに送ると、そこではそのストーリーをパーソナライズした上で、たった一人のためだけに配信する。
複数のAIが連携することで、AI同士が"会話"し、読者の趣味、嗜好、タイミングなどのデータを加味した上で、最適な形の「スマートコンテンツ」を、無限のバリエーションとして出力していく、というのだ。スマートデバイスの普及で、その需要も高まるだろう、と。
その連携のインパクトはさらに広がる。
自動生成された株式に関する経済ニュースが、別のマシンの投資パターンを変化させる可能性もあるだろう。またAI弁護士が、自動生成された記事について、異なる裁判管轄ごとに名誉毀損とされる可能性を評価する、ということもありうるだろう。
AIによる自動処理の連鎖だ。その結果が"最適"であれば問題はないが、それを誰が担保するのか、という問題は残る。AIの透明性の検証、の問題だ。
「情報源の信頼性の検証が重要であるように、スマートマシンの信頼性を考慮することもまた、不可欠になってくるだろう」とマルコーニ氏は指摘する。
●"ケンタウロス"のスクープ
AIの利用場面は、記事の自動生成だけではない。調査報道記者の強力な武器としてのAIの使い方もある。
今後数カ月で、プログラムを理解したジャーナリストや、あるいはインパクトのある独自プロジェクトを探す大学院生が、機械学習を使ったビッグニュースをスクープするだろう。それらは、人間だけではわからない、真実やファクトなのだ。
米ワイアード創刊編集長、ケヴィン・ケリー氏は、近著『〈インターネット〉の次に来るもの』の中でチェスプレイヤーの例をあげ、最強のプレーヤーは人間とAIがタッグを組んだサイボーグ型チーム"ケンタウロス(半人半馬)"だと紹介している。
キーフ氏が指摘するのは、ジャーナリズム版の"ケンタウロス"だ。
キーフ氏は、すでに公開されている3つの実例を紹介している。
一つは、米調査報道NPO「プロパブリカ」のジェレミー・メリル氏による、連邦議会議員の「関心テーマ」の洗い出しだ。
メリル氏は、連邦議会議員が2015年以降に公開したすべてのリリース文をAIの機械学習で読み込ませ、分析。それによって、それぞれテーマに関する各議員の立ち位置の違いを100段階で分類した。
この結果から、各議員が最も関心を寄せている政策テーマや、あるテーマに関する立ち位置の最も近い議員は誰と誰か、といった相関関係がすぐに引き出せた、という。
2つ目は米バズフィードのビーター・アルドハウス氏らが取り組んだ「覆面スパイ機」の割り出しだ。
捜査機関などがペーパーカンパニーなどを介して秘密裏に飛ばし、監視対象の動向を探っている「覆面スパイ機」について、飛行データを機械学習で読み込ませることで、特定していく、というものだ。
分析に使ったのは、リアルタイムで航空機の飛行ルートを収集・公開しているサイト「フライトレーダー24」のデータ(便名、機種、飛行ルート、高度など)。
スパイ機の飛行ルートは、監視対象とする特定エリアを定期的に旋回するなど、データに他の航空機とは違う特徴がある。
「フライトレーダー24」の膨大なデータから、AIにスパイ機の特徴を判定させ、記者が追加取材をすることで、その運航に当たっている連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省(DHS)、麻薬取締局(DEA)といった機関を判明させた。
最後は、米雑誌「アトランティック」のアンドリュー・マギル氏による、「これはトランプ氏本人のツイートか?」。
トランプ大統領のツイッターアカウント(@realDonaldTrump)は、これまではアンドロイドからの投稿はトランプ氏本人、アイフォーンからのものはスタッフの投稿、とされてきた。
だが、トランプ氏もアイフォーンに機種変更した、との報道もあり、ツイートが本人によるものかどうか、判別しにくくなっている。
マギル氏は、過去のトランプ氏によるツイートを機械学習で読み込ませ、本人の言葉づかいの特徴などを分析。大統領のアカウントによる新たなツイートが、本人によるものである可能性を判定し、それをツイートとして自動投稿するボットを開発した。
これらに共通するのは、人間による分析では見えてこなかったデータの特徴から、新たな事実を掘り起こしている点だ。
AIは、記事の自動作成などで作業の省力化に寄与するだけではなく、ジャーナリズムの視野を広げることも後押ししてくれる。
キーフ氏はこう述べる。
この数年、AIとジャーナリズムをめぐる議論は、AIが導入されて記者と置き換わるという不安の中に入り込んでいた。だが新しい年には、記者がAIを使ったビッグニュースのスクープがどれだけあるか、という話をする機会が増えるだろう。
調査報道メディア「インターセプト」のオーディエンス・エンゲージメント・ディレクター、ルビナ・マダン・フィルトン氏も、AIを活用した調査報道に注目する。。
フェルトン氏が紹介したのは、ピュリツアー賞候補にもなったアトランタ・ジャーナル・コンスティテューション(AJC)の調査報道「医師と性的虐待」だ。
同紙のチームは、地元ジョージア州での医師による性的虐待事件を取材するうち、以前にも処分を受けながら同様の行為を繰り返していた医師の事例を把握。しかも、そのような事案を追跡調査する仕組みがないこともわかった。
そこで、取材範囲を全米に広げ、医師に対する処分が公表されいてる州医療懲罰委員会などサイトついて、50種類にぼるスクレーピング(データ自動収集)のプログラムを用意し、10万件を超す資料を入手。
AIの機械学習によって、この10万件の資料から、性的不正行為で処分された3100人にのぼる医師を抜き出し、そのうち患者への性的不正行為による2400人の医師を特定していった。
ただ、人員も限られるローカル紙が単独でAIを活用するのはそう簡単ではなく、外部とのコラボレーションがカギになる、とフェルトン氏は述べる。
大半の報道局はAIに投資するためのリソースがない。(中略)報道局がAIの活用を進めるには、コラボレーションが重要だ。それには報道局が、機械学習のプロジェクトでコンソーシアムを組むというのも一つの手だ。学術機関ではすでに、AIにまつわる多くの研究が進められている。報道機関が大学と連携するケースも増えてくるのではないか。
●AI・ボットの世論操作に対抗する
ノースウェスタン大学助教のニコラス・ディアコポウロス氏は、そう指摘する。
すでに、その実例には事欠かない。
代表的なのは米大統領選における、ロシア関連とみられるボットによるツイッターでの世論操作だ。
「ロシア疑惑」を巡って、ツイッター社が2017年11月に連邦議会に提出した資料によると、大統領選に絡む発信をしていたロシア関連の「ボット」のアカウント数は3万6746件。2016年9月からの2カ月半での「ボット」のツイート数は140万件で、その閲覧数は2億8800万回にのぼるという。
また、2017年12月に連邦通信委員会(FCC)が撤廃を決めた「ネットワーク中立性」を巡り、事前に寄せられた2200万件ものパブリックコメントのうち、8割以上はボットによる自動投稿の疑いがあるという。また、中には130万件の投稿内容の自動生成も確認された、という。
AIによるフェイク画像の作成はもちろん、フェイク動画の作成能力も向上している。
ワシントン大学の研究チームは2017年7月、AIの機械学習を活用し、音声ファイルをもとにして、オバマ前大統領に実在しない「口パク」スピーチをさせる動画が生成できた、と発表している。
さらに、テックニュースサイト「マザーボード」によると、ポルノ動画にセレブの顔写真を合成して、全く新しい"セレブポルノ"の動画を生成するアプリが、すでにネット掲示板「レディット」で出回っている、という。
ディアコポウロス氏は、メディアがこれらに対抗するには、プラットフォームによるデータ開示と、より強力なツールの開発が必要だと述べる。
メディアの調査が効果的であるためには、(ソーシャルメディアなどの)プラットフォームによる、これまでとは比べものにならないデータ開示が必要だ。プラットフォームのシステムがどのように操作されているのか――それを特定するためには、信頼できる機関による調査が有効であることをプラットフォームが認識し、開示を進めるべきだ。また、ジャーナリストがこの調査を大規模に行うには、情報の流れを追跡するための強力なデータ処理ツールが必要だ。
それによって、新たな取材分野が誕生するだろう、とディアコポウロス氏。
しかるべきデータとツールを、データジャーナリストが手にすることができれば、ソーシャルメディア上の影響操作キャンペーンを担当する、新たな取材分野が生まれてくるだろう。"ネット上の天気予報"は、その日、ボットやトロール(ネット荒らし)の風がどの方角に吹いていて、どの話題やテーマが操作されているのかを示していくことになる。膨大なデータを処理ツールによって把握することで、ジャーナリストたちは、ネット上の情報の流れを明らかにし、人々が不誠実で破壊的なメディアに対抗する力となる記事(あるいは予報)を配信することができるようになる。
●AIと会話ができるジャーナリスト
14年前、デジタルジャーナリストと非デジタルのジャーナリストのギャップというものがあった。2018年からの数年で、別のギャップが生じてくるだろう:AIと会話ができるジャーナリストと、そうでないジャーナリストのギャップだ。
パリ政治学院ジャーナリズムスクール所長のアリス・アンテウメ氏は、そう述べる。
ニュースをフィルタリングするアルゴリズムや、ジャーナリズムの記事を書くことができるロボット、いかなる投稿も自動的に翻訳できるマシン。それらが主導するメディア環境の中で、AIとよどみなく会話ができるかどうかは、ジャーナリストの評価の違いにつながる。
輪転機の登場以来、メディアの歴史はテクノロジーのイノベーションとともに変化し、ニュース制作そのものを変えてきた。AIも同じ道をたどる、とアンテウメ氏。
幸いなことに、ジャーナリストがすべてウーバー化されることはないだろう。AIやマシン自動化の扱いを学ぼうとする人々は、パワーを手にした未来のジャーナリストになるはずだ。
●テクノロジーのシグナルに耳を澄ませて
私たちにできるのは、今、姿を見せつつあるテクノロジーのかすかなシグナルに耳をすませ、そのパターンを素早く覚知し、その意味するところを描き出ための、あり得べきシナリオを作り上げることぐらいだ。報道機関は今すぐ、そのための行動計画に集中する必要がある。ただ、未来への実効性のある計画には、幅広い視野が求められる。ニュースからのシグナルに耳をそばだてても、同時に、その周辺分野で何が起きているのかに目配せをしなければ、世界をピンホールカメラを通して見ているのと同じだ。
メディアの未来予測で広く知られる「フューチャー・トゥデイ・インスティチュート」創設者の未来学者、エイミー・ウェブ氏は、「ジャーナリズム予測」の中の、「テクノロジーのささやかなシグナルに耳を澄ませて」と題した論考でそう述べる。
ウェブ氏はすでに2017年10月、75項目にわたる2018年のメディア業界のテクノロジーに関するトレンド予測を発表している。論考の中では、その中から4つのポイントを紹介。AIの動向については、こう述べている。
・ジャーナリストたちは、AIとは何か、AIとは何ではないか、そしてニュースの未来にとってどんな意味を持つのかを理解する必要がある。報道機関のすべてのディシジョンメーカーは、現在の、そして姿を見せつつあるAIの展望について、理解しておくことが極めて重要だ。現時点で、AIのエコシステムは主に9つの大企業によって作り出されている:マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾン、テンセント、アリババ、バイドゥ、フェイスブック、IBM、そしてアップル
そして、こう述べる。「我々は、爆発をスローモーションで目撃しているのだ」と。
ニュースの未来を理解するには、これから数年間、多くの業界、研究分野の未来を注視する必要がある。ジャーナリストが未来を考える時、視野を広げ、その知識経済には、他分野からも無数の新規参入がある、ということも考慮しておくべきだ。テクノロジーは、さらなるテクノロジーを触発する。我々は、その爆発をスローモーションで目撃しているところだ。
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ニーマンラボの特集「ジャーナリズム予測」を手がかりに見てきたシリーズ「2018年、メディアのサバイバルプラン」は、これで終わります。
▼シリーズ「2018年、メディアのサバイバルプラン」
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