散華 ~魂を救う イワイ ジュンの世界

今年の誕生日に贈られた一束のブーケ。

今年の誕生日に贈られた一束のブーケ。

フラワーアーティスト イワイ ジュン氏が季節の花々とともに織りなす世界は、"花"という存在がこんなにも人の心を癒し、時として魂を救済するほど偉大な力を持つことをいつも確信させてくれます。

今回のブーケの主役は、ホワイトとピンクのラナンキュラス。花冠の中央が淡いグリーンの花はスカビオサです。あしらいに薄紫のハーデンベルギア、雪柳、そして真っ白なスイトピー。

妖精たちが飛び交うように愛くるしい雪柳は、ほころびかけの梅花がそこはかとない芳香を漂わせるが如く、さりげなく上品に薫ることを初めて知りました。

とびきりの初々しさや透明感に溢れながら、気品と愛らしさを併せ持ち、

にもかかわらず何処か艶めかしさも秘め、それでいて凛とした品性と清潔感は微塵も揺らぐことはない―

そんな理想の女性像を、岩井先生はこのブーケに託して下さったのかもしれません。

老いさらばえて行くばかりの我が身に、かこち顔になりがちな55歳節目の誕生日でしたが、女性として、人として、生きて行く限りはこう生きねばならないという指針を、先生の花々は見事に示して下さっているようでした。

愛犬タンタンが昨年亡くなった際にも、溢れかえらんばかりの花々で天国への門出を祝福して下さいましたが、人が最も傷つき悩み打ちひしがれ、絶望の淵を彷徨っているその時、先生が花々と紡ぎだす作品はどんな言葉やどんな音楽よりも、優しく力強く人の心を癒し励まし、生きる力を与えて下さいました。

実は、岩井先生とは時空を超えてのご縁があります。

今からもう4半世紀も前、私がパリに暮らしていた頃の事、アパルトマンからほど近いカレフー・ド・ロデオン(オデオン交差点)に一軒の花屋さんがありました。

ウィンドー越しに見るディスプレイにいつも心奪われていた私は、ある日、思い切ってお店の中に足を踏み入れました。当時、学生だった私にとってその店の花々は文字通り「高嶺の花」。とても購入できるものではないことはわかっていました。

色とりどりの花々一本一本の瑞々しさ、存在感、生命力。間近に見るその美しさは圧倒的で、カメラを手にしていた私は思わず、「写真を撮っていいですか...」とお店の方に声をかけてしまいました。

往々にして、人に優しいとは言えないパリジャン、パリジェンヌが多い中、この店の人たちは誰しも穏やかで物静か、そしてサンパティック(感じがいい)で、どう見ても花を買えるとは思えぬ風情の私の願いを快く受け入れてくれました。

初めは数枚シャッターを押させてもらえればと思っていたのですが、レンズを向けた途端、どの花も撮り逃したくないという気持ちが優ってしまい、結局、何十枚と撮影させてもらったと思います。

その後、日本に帰国して国会議員となった私は、ある国際会議でパリを訪れた際にこの店を訪ね、やっとプレゼント用のブーケを作ってもらうことができました。そしてその時はじめて、ここが「クリスチャン・トルテュ」という世界屈指のフラワーアーティストの店であることを知りました。

そしてこのトルテュ氏に師事し、同氏から絶大なる信頼を得て、彼と共にパリ・ニューヨーク・東京でスーパーブランドのショーやパーティーのデコレーションを行っていたのが、日本屈指のフラワーアーティスト 岩井淳先生でした。

ただ、私はそのことをまったく知らずに、イワイジュン・デザインスタジオにお花を注文していました。たまたまある演劇プロデューサーの方から戴いたフラワーアートがあまりにもスタイリッシュで美しく、その花を贈って下さった方にお祝花を贈る際、とても他の店からは贈れなかったことが始まりでした。

演劇プロデューサーのKさんは、ご自身も女優をしていらっしゃった知的なクールビューティー。卓越した感性と卓抜した経営手腕、さらにきめ細やかな心遣いにも溢れる彼女のためにできあがったアレンジメントは、まさしくKさんそのものと思わず頷いてしまう見事な出来栄えでした。

女優で劇作家の渡辺えりさんの還暦祝いでお願いしたお花は、リサイタルのえりさんの衣装に合わせショッキング・ピンクを基調にお願いしますと伝えると、この通り。ご本人からも絶賛されました。

昨年、東京都美術館で開催され空前の観客動員数を記録した「伊藤若冲展」を企画されたイベント・プロデューサーの方にお願いしたお花は、あらかじめ彼女のイメージを「丹頂鶴の如きスレンダーな色白の日本美人」と伝えただけで、この出来栄え。

数言のキーワードを伝えただけで本人に会ってもいないのに、どうしてこんなに適確に、贈る人・贈られる人の美の世界を描くことができるのか。このお花を見た時には感動を通し越して、もう絶句したことを憶えています。

青山学院に程近いイワイジュン デザインスタジオを初めて訪ねた日、地下にあるスタジオへと階段を下りて行くと、哲学者のように物静かな背の高い若い男性と風の如く軽やかなジャックラッセル・テリアが出迎えてくれました。

自宅用にとささやかなブーケをお願いすると、奥から飾り気のないグレーのセーター姿の男性が出てきて、手際よく季節の花たちを洒落たブーケに仕立ててくれました。とても穏やかで物静かで、たまに視線が合うと少年のような微笑みを眼差しにたたえた温かい人でした。

支払いを済ませ受け取った領収書に目を落とすと、会社名に「ODEON」と記載されていました。

不思議に思いながら、オデオン交差点にあったパリの花屋さんの思い出話を一くさりして、

「そう言えば、こちらのお花の世界観って、その大好きだった花屋さんととても近くてどこか懐かしいんですよね。」

と話すと、その男性はただ

「そうですか...」

と目を伏せたまま頷くだけでした。

それからまた何回かお店を訪ね、あの飾り気のないセーター姿でいつも気さくにお花を作って下さる方が、岩井先生ご本人であることを知りました。そして、先生がクリスチャン・トルテュの右腕として世界的に活躍しているフラワーアーティストであることも...

実は我が家のタンタンも、イワイジュン スタジオの看板犬であるシズオ君と同じジャックラッセル・テリアでした。残念ながら一度も本人(本犬?)同士は会ったことがなかったのですが、シズオ君のママは以前に私とタンタンが骨董通りで散歩している姿を見かけたことがあるのだそうです。

旅立つタンタンは、自分がいなくなった後でママが寂しくなったら会いに来られるよう、シズオ君と出会わせてくれたのかもしれません。

猟犬ゆえ吠え立てるのが生来の習い性であるジャックラッセルですが、なぜかシズオ君はその名の通り一声も吠えることなくいつも静かです。

お花ができあがるのを待つ私の足に、ちょっとだけ身体を持たせかけてくれるシズオ君の息遣いと体温を感じながら、パリと同じようなサンパティックな時が青山にもゆったりと流れて行きます。

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