=====挑発繰り返す北、国際的孤立、住民も脱出
金正恩は政権トップになってから約5年間、弾道ミサイルだけで33発を発射して資金を蕩尽、北朝鮮の経済を破綻させた上に、周辺国の安全まで脅かしている。特にミサイルを日本に向けて発射するケースがほとんどであるため、日本国民にとって実質的な脅威と言わざるをえない。今年もミサイルが沖縄上空を通過する事例もあったし、直近の8月3日に発射した弾道ミサイルは秋田沖の排他的経済水域(EEZ)内に落下し、日本政府が断固抗議した。
国連安保理決議を何回も平気で違反し、ましてや「核保有国の地位」を主張するなど、国連加盟国としても国際社会の一員としても資格欠陥の行動をしているが、これは北朝鮮の孤立を招くだけである。実際、対北朝鮮制裁が本格化するにつれて、外部からの支援や交流が遮断された北朝鮮は封鎖状態に近付いている。それにもかかわらず、金正恩政権は核とミサイルを手放さないと宣言し、不足な開発資金を住民から絞り出している。
最近ドミノ倒しのように相次いで発生している脱北事件は、現在の北朝鮮政権の方向性が完全に間違っていることを如実に見せている。マスコミに報道された事例だけを見ても、脱北ラッシュの勢いは尋常ではなく、北朝鮮体制の崩壊の兆しさえ伝わってくるほどだ。
「北朝鮮労働者3人がマルタから脱北か 2人すでに韓国入り」
「北脱営兵5人、中国で武装強盗...銃撃戦の末に2人逮捕」
今年1月の北朝鮮による4回目の核実験の後、私のブログに「近いうちに北朝鮮で'エクソダス'を連想させる大量脱北が始まる」との考えを綴ったことがある(関連記事:「北朝鮮からのエクソダス」)。それから半年余りが経った今、最近の脱北事例を見ているとまさに'エクソダス'に匹敵すると思う。脱北者の数が多いところもそうだが、高級官僚やエリート層まで階級・身分を問わず脱出している点で特にそうだ。つまり、北朝鮮社会のピラミッドは、下、中間、上の層が同時多発的に崩れているのだ。
=====脱北パターンの変化-上流階級も脱北
私が脱北をした当時には、脱北するのは下流階層の人ばかりで、脱北の理由も「極貧生活が辛くて」または「政治犯と烙印を押されて受ける差別や収容所生活が耐えられなくて」など、「生きのこるため」だった。だが、最近の脱北者の身分や脱北の背景を見れば、過去とは相当違う特徴が目立つ。
- エリート層を含め、幅広い階層から脱北
- 海外派遣が脱北のチャンスに
このような脱北パターンの変化は、「北朝鮮はもう人間らしく暮らせる場所じゃなくて希望がない」という事実を身分の上下を問わずほとんどの人が認識していることを意味する。昔から分かっていたものの脱北した後の報復を恐れて行動に移せなかったが、もう我慢の限界に達したのである。
脱北の根本的な原因は、次から次へと続く北朝鮮の武力挑発だとはっきり言える。
現在の北朝鮮は、以下のような悪循環に陥っている。
【核実験とミサイル発射を繰り返す】→【対北朝鮮制裁などで経済・外交的に孤立】→【資金不足】→【北住民に資金調達を強要】→【住民の苦痛が加重される】
北朝鮮が核とミサイルを固執すればするほど、この負のスパイラルの出口はどんどん見えなくなる。スパイラルの中を引きずり回される住民たちが、自らの命の危険を感じる状況まで追い詰められると、結局脱北を選ぶしかない。たとえ、脱北を成功する前に発覚してしまうとしても。
=====脱北の引き金は単純:生命の脅威
世界のどの国にもない閉鎖的な体制の中で人の一挙一動を監視し、残酷な処刑が横行する北朝鮮で、脱出を試みるとは命をかけることと同じ意味である。本人の命はもちろん家族の命もだ。北朝鮮では脱北の成敗と関係なく、脱北を試みる行動そのものが厳重な政治犯罪になるため、逃げる途中で発覚して逮捕されれば、本人は言うまでもなく家族・親族も「集団管理所」と呼ばれる政治犯収容所に連れて行かれる。万が一でも捕まることが怖いから、住民たちは北朝鮮が地獄に思われてもそこから逃げようと考えもしない。
それでも脱北を決心するときは、それほど身の危険を感じるときである。私も最初は脱北なんて想像もしなかった。ここでの生活がうんざりでも、家族まで危険に晒すことはできないから躊躇していた。
当時、我が家族が南韓に行こうとしていることを親戚のおばさんに伝えたら、おばさんは驚きのあまり気絶しそうになって「今すぐ保衛部に行って自首しなさい!そうしないと私があなたたちをみんな銃で撃ち殺してやるから」と脅迫した。
おばさんの反応は当たり前だった。我が家族の脱北がおばさん家族の生命権を脅かすから。私の家族の中からも、代わりに処罰を受ける親戚のことが心配で脱北をためらう人が出るなど、我が家の脱北計画も順調には進まなかった。実際に、私の一家の脱北によって、何も知らなかった平壌のおじさんは北倉(ブクチャン)18号管理所(政治犯収容所)に収監され真冬に凍え死んだ。おじさんは息を引き取る前に「ここまで俺に残酷にするなんて、チェガン(私の母)は一体どれだけ大変なことをやらかしたってことか」という言葉を残したらしい。
最近急増している高級階層の脱北も例外ではない。高級階層の脱北について、「生存」より「体制への反発」の意味が大きいと分析する専門家もいるが、私の意見としては、人間はいくら体制への不満があたって、今の生活に特別危機がないかぎり脱出しようと思わない。よほど信念の深い人じゃないなら、しかも身分が高く特権の多い人なら、体制の理不尽さに気づいても自分の身に特に危険がなければそこそこ満足して自分の地位を享受するだろう。
金正恩政権の核実験とミサイル発射に対する米国など国際社会の制裁強化は、金正恩の資金源を持続的に圧迫しており、その結果、金正恩は北朝鮮内の住民にだけじゃなく政権の上層部、たとえば海外の公館派遣員や高級労働者にまで大規模な外貨上納を強要している。
しかし、海外でも北朝鮮制裁によって北朝鮮人の経済活動が萎縮したせいで、金正恩に納める外貨のノルマを満たせず、処罰、ひどい場合は処刑の危険が彼らを襲う。このような不安な状況が続けば、上層部の人だって脱北という極端な選択を迫られる。
=====北朝鮮崩壊は自明...粛清される前に脱出を
今の北朝鮮住民たちは、金正恩政権が長く続くと考えない。北朝鮮はいつか必ず滅ぶと、それは時間の問題だというのが、住民たちの間の常識である。引切りなしに政治宣伝や洗脳教育にさらされる北朝鮮内の住民がそう思うくらいだから、頭のいいエリートの人が海外に出て客観的に眺めたら、「北朝鮮は既に沈みかけている船」ということがすぐ分かるだろう。
最近、北朝鮮で回っている噂によれば「金正恩との距離が命の長さ」と言って、高官も金正恩の近くにいることを渋るらしい。恐怖政治と粛清に見慣れすぎた高官たちが、金正恩の側近と思われると崩壊後に粛清されるのではないかと恐れて金正恩と距離を置くという。最近のエリート層の脱北は、北朝鮮の崩壊を予感してその前に脱出しようとする動きとも言えるだろう。
今、北朝鮮には様々な事情によって脱北をしたくてもできない人がもっと多い。中には昔大量に送られた在日朝鮮人と彼らの日本人家族もいる。いつまで彼らが命がけの自力で脱出することを待つだけでいいのか。一人でも多くの人を一日も早く救う方法は、北朝鮮体制の変革であり、それが不可能なら北朝鮮体制の崩壊であろう。
イ・エラン 韓国・自由統一文化院 院長、1997年脱北