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2018年05月23日 11時05分 JST | 更新 2018年05月23日 11時05分 JST

荒れる山林、道路沿道の自然木が倒れてきたら、責任は誰に? -トヨタ2000GT大破事故から学ぶべき教訓-

半世紀ほど前まで農山村に暮らす日本人は森と共生していた。

木立の中を気持ちよくドライブしていたら、突然、沿道の樹木が倒れてきて、車に衝突した。けがや車の破損の責任は誰にあるのか?

こんなあり得ないことが実際に起こり、裁判で責任の所在が問われた。しかも、被害に遭った車は「幻の名車」の誉れ高いあのトヨタ2000GT。被害総額は約3600万円だった。

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ドライバーは死の恐怖を感じた

事故は、平成26年6月、世界遺産である五箇山の合掌造り集落脇の富山県南砺(なんと)市の国道で起こった。当日は無風だった。トヨタ2000GTのドライバーは、合掌造りの家を背景に車の写真を撮ろうと目的地に向かっていたところ、到着の直前、「ザザーッ」という水の流れるような音を耳にした。その直後、大木が車両の上に覆いかぶさるように倒れてきた。その重みで車両は押しつぶされ、ドライバーは約1時間運転席から出られなかった。木製のハンドルが割れて胸に突き刺さったままの状態で、死の恐怖を感じたという。

「幻の名車」の価値は?

幸い怪我は大事に至らなかったが、事故の3カ月前に3500万円で購入したばかりの「幻の名車」は大破した。同車は昭和42~45年にかけて生産されたスポーツカー。当時の価格は238万円。トヨタクラウン2台分、カローラ6台分に相当する超高級車だった。3年間で生産されたのはわずか337台。今は国内で100台程度しかない。今年1月に東京で行われたオークションではなんと7600万円で落札された。

修理すると2億円以上

事故後、オーナーが修理をトヨタに打診したところ、2億円はかかると言われ断念した。そして、相談を受けた私が調査を開始。道路管理者の富山県に対し損害賠償請求する余地があると判断し、平成28年4月に提訴した。

落石事故の場合は道路管理者に責任あり

国家賠償法2条1項は「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。」と定める。本件では道路脇のブナの自然木が突然倒れてきたことに「管理の瑕疵」があったかが争われた。判例上、瑕疵があったと言えるためには、事故の予見可能性及び回避可能性が必要とされる。一般に道路は安全に走行できで当たり前なので、予見可能性は比較的緩やかに判断され、落石事故の裁判ではほとんどのケースで瑕疵ありとされていた。

 

倒木事故の場合は?

自然木の倒木事故では、道路から約4メートル離れた位置にあった立ち枯れたアカマツの大木が道路上に倒れ、バイクの運転手の頭部を直撃して運転手が死亡したケースで、最高裁は予見可能性ありと判断した。一方、道路脇に生えていた若木が強風で折れて落下し、車両に衝突して車両が破損したケースで、大阪地裁は予見可能性なしと判断した。本件で倒れた木は、上部は葉が茂っていて生木のようにも見えるが、根元には亀裂や穴、隙間があり、倒木の破片が広範囲に散乱していたことから、幹の内部で菌が繁殖し、幹内部の腐食が進んでいたと推測された。このように、本件は上記の最高裁と大阪地裁のケースのちょうど中間的な事案で裁判例がないものだった。

道路管理者の問題意識の欠如

裁判の中で、富山県の実施するパトロールは道路上を走る車の車内からの目視にとどまっていたこと、本件事故現場のすぐ近くで事故の3週間前に倒木事例がありそれを富山県が把握していたこと、他の自治体では道路沿道の土地の所有者に倒れそうな木の伐採をホームページ等で呼び掛けていたが、富山県はそれすら行っていなかったこと等、道路管理者である富山県の問題意識の欠如が明らかになった。一方、前例となる裁判例が乏しい中で予見可能性の有無の判断には困難が伴うことが予想され、裁判所は約半額での和解を打診。平成30年3月、完全敗訴を避けつつ早期解決を図りたい原告被告双方の思惑が合致して和解を受け入れることとなった。

放置される森林

半世紀ほど前まで農山村に暮らす日本人は森と共生していた。薪をかまどにくべて煮炊きをし、風呂を沸かした。その薪は里山から採ってきた。その際に樹木の状態もきちんと把握されていたが、今では誰も森に入らない。また、我が国の林業が衰退して久しい。人手が入らなくなった山には立ち枯れした木が伐採されずそのままになっている。そのような状態であれば、強風の折に、また風がなくとも、いつ枯れ木が道路上に倒れこみ、人間に被害を与えてもおかしくはない。

葉が茂っている木も倒れる

森林の生態と病理学が専門の神戸大学大学院農学研究科森林資源学研究室の黒田慶子教授は「台風などの強風時に大木が折れて社寺建築物を損壊させた例や、線路沿いの倒木が鉄道を不通にした例の多くは葉のついた生立木であることは、テレビで報道されている。報道に気づいていれば、大木が道路に倒れると重大な事故につながることは、専門家でなくても推測できる。」と指摘する。生木だから倒木の予見は出来なかったとは言えないということだ。そして、今回の倒木の予見可能性については、「樹皮表面に剥がれや穴があれば、倒木の可能性があることはわかる。今回のように幹がほぼ無風時に折れるほど物理的強度が低下していた場合は、目視や樹皮に触れて異常がわかった可能性が高い。」という。

全国的に倒木を監視する体制は不十分

しかし、富山県に限らず全国的に、道路管理者の危機意識と管理体制はまだ黒田教授の指摘するような予見可能性を前提としたものにはなっていない。黒田教授は、「事故の場所では定期的にパトロールを実施していたというが、重要なことは『何をチェックしていたのか』である。走行する自動車内から道の両側の斜面を眺める方法か、チェック項目を決めて徒歩で樹木を観察したかで得られる情報は異なる。」と指摘する。すなわち、黒田教授によれば、「『倒木が予見可能だったかどうか』は問題ではなく、予見は可能であって、『予見できるチェック体制であったかどうか』が問われる。」ということのようだ。

「倒木によるけがや車の破損の責任は誰にあるのか?」という本稿冒頭の問いへの答えは、「予見可能性がないといった特殊な事情がない限り、責任は道路管理者にある。」ということになろう。

国の更なる対策が求められている

国土交通省も平成24年1月に「街路樹倒伏対策の手引き」を発行したり、平成29年9月には都市公園における樹木の点検・診断の基本的な考え方等をまとめた「都市公園の樹木の点検・診断に関する指針(案)」を策定したりするなど、倒木対策に乗り出してはいる。しかし、本件のような、街路樹や公園ではない自然林の部分に国や地方自治体の管理者の意識が向いていない点に課題があると言えよう。