2015年度のマッチングが終わり、早くも2016年度のマッチングに向けて、見学生がやってくるようになった。私が昨年度から後期研修をしている仙台厚生病院は、循環器・呼吸器・消化器の内科・外科に特化した専門病院だ。学生と話をしていると、最近必ず聞かれるのは「やっぱり総合病院の方がいいでしょうか」「新しい専門医制度になるので、大学病院じゃないと不利でしょうか」という2点だ。
近年は研修を行う病院として大規模な総合病院が人気であり、新専門医制度では大学に研修医を集めようという流れが働いているため、さらに不安を感じる学生が多いようだ。私自身も初期研修は総合病院で行ったが、仙台に来てからは、むしろ専門病院ならではのメリットも大きいと感じるようになった。以下にその理由を述べてみたい。
まず1つ目は、研修医一人当たりの症例数の多さだ。例えば東京大学医学部附属病院の病床数は1217床、主要診断群(MDC)別患者数は23,693人で、研修医は1学年約130名である。関連病院のローテーションを考慮しても72名以上が本院で研修していることになる。すると本院の研修医一人当たりの病床数は16.9床、患者数は329人となる。
同様に、私が初期研修を行った亀田総合病院でも、一人当たりの病床数は45.9床、患者数は893人だ。一方、仙台厚生病院の研修医について1学年が4名として計算すると、一人当たりの病床数は102床、患者数は4673人だ。もちろん、実際にこの数の患者を受け持つわけではない。それでも、桁が一つ違うほどの症例数の差があるというのは重要なポイントだ。医師として実力をつけるためには、何より経験を積むことが必要だからだ。
実際、仙台厚生病院の医師は若手であっても経験豊富で高い技量を持つ。循環器内科の上級医たちは心臓カテーテル検査を5分でこなし、3年目の医師でも半年経てばPCI術者になる。そんな先輩の背中を見ていれば、自分も当然3年目にはPCIができるようになると思うだろう。このようなレベルの高い環境に置かれれば、自然と自分のレベルも引き上げることができる。
2つ目は、緊急・重症症例が集まっていることだ。130km以上離れた気仙沼からも救急搬送があるなど、非常に広い地域の重症患者が当院に集まってくる。例えば、大動脈解離の症例は年間90件ほどもある。循環器内科や心臓外科に進まなければ、将来こうした疾患に出会う頻度は低いかもしれない。しかし一度出会ってしまったら、何科の医師であっても、専門医に引き継ぐまでの間に的確な初期治療を行う必要に迫られる。
血液内科で働く先輩の医師の一人は、「心臓疾患は自分で初期対応ができないと怖いと思ったので、研修医時代にCCUを重点的にローテーションした」と話していた。初期研修中に対応を学んでおけば、いざという時に自信を持って診療できるだろう。
3つ目は、研修医への教育投資が可能なことだ。臨床研修病院には、研修医一人当たり百数十万円の補助金が出ており、病院にとって貴重な収入となっている。というのも近年、消費税増税をきっかけに総合病院や大学病院の経営が悪化しているのだ。
全国の国立大学付属病院の合算での決算は2014年度から赤字転落し、赤字額は84億円にものぼる。特に苦しい状況に置かれているのは都内の大学病院だ。土地代や人件費などの経費が高い一方で、多くの病院が立ち並ぶ都内では患者数を増やすのは困難だからだ。今後診療報酬が大きく増額されることも考えにくく、経営は益々悪化する。
このような大学病院では初期研修医の月給は、おおむね額面で20万円台。住居費は研修医の負担で月に10万円以上になることもある。生活は楽でない。
仙台厚生病院も増税の影響を受けてはいるが、2013年には30億円の利益を出し、利益率で全国一位となった実力のある病院だ。採算部門に業務を集中させることで現在も利益を確保し、その利益を研修医や指導医への投資に向けている。現に、研修医の給与は月額45-50万円程度で、社宅の住居費は実質5000円である。
また、元東大教授の加藤茂明先生による論文作成指導を受けることができ、海外の学会でも参加費・交通宿泊費を病院が負担してくれる。循環器内科の宮坂政紀医師は、Catheterization and Cardiovascular Interventionsに論文を発表し、サンフランシスコの学会でポスター発表も行った。
私もJournal of thoracic and cardiovascular surgeryに症例報告を投稿し、査読者を怒らせながらも加藤先生に細かい指導を受けてなんとか受理された。教育投資によって若手医師を中心に着実に業績が上がってきている。
このように、専門病院には一流の専門医を育てる基礎がある。3年目以降に自分の専門分野を追求するためには、初期研修の間に何を身につけておけばよいだろうか?それはどんな病院で実現可能だろうか?見学に来る学生には、形式や制度にとらわれず合理的に考えることを勧めている。
4月からは、また元気な研修医がやってくる。その中の一人は、「私も真剣に学び、東北の医療に貢献したい」と地元の新聞に寄稿してくれた。寄稿のコピーは医局に貼りだされ、研修医も、指導医も、刺激を受けている。研修医の成長を感じるのは指導する側にとっての喜びであり、そのような経験をすることで、私も後期研修医として教育を受けているのかもしれない。研修医の教育を通して、病院全体がさらに活気づいている。