フランス・カレーの「難民キャンプ」が体現するもの

欧米のメディアや一部の活動家の間でも誤解が見られる。

フランス北部のカレーの「難民キャンプ」の解体が、ここ数日フランスとイギリスのメディアを賑わせている。多い時には1万人近くの中東・アフリカ出身者がこの「カレー・ジャングル」にテントを張り、フランスから英国への入国を目指していたが、この数日間でフランス当局により解体され、「キャンプ」の住人はフランス各地の宿泊施設に移送された。

この「カレー・ジャングル」問題を正しく把握するには、国際法、ヨーロッパ難民法、そして最近の英国内での法改正について理解している必要があり、実は欧米のメディアや一部の活動家の間でも誤解が見られる。そこで少し専門的にはなるが、カレー・ジャングル問題を解説してみたい。

最も重要になるのが、EUのダブリン規則とイギリス入管法の「ダブズ改正法案」である。

まずダブリン規則とは、EU圏内に辿り着いた難民による庇護申請をどの国が審査するか、その決定方法を定めたものである。簡単にいうと、優先度の高い方から順に以下の国が庇護審査を担当することになっている。

イ)庇護申請者の「家族」(配偶者、公認パートナー、未婚で未成年の子、庇護申請者が未成年である場合には父母や法定後見人)が既に居住している国。また庇護申請者が未成年の場合には、兄弟姉妹や「親族」(=叔父(伯父)、叔母(伯母)、祖父母)の居住国も考慮。

ロ)庇護申請者に入国を許可した国。

ハ)庇護申請者が非合法的に入国した国。

ニ)庇護申請者が最初に庇護申請をした国。

例えば、イギリスに叔父がいる身寄りのない未成年者の場合、フランス政府はその未成年者をイギリス政府に委託する権利があり、イギリス政府も受託する義務がある。ただし「イギリスにおじさんがいる」と言っても場合、血縁関係のある叔父(伯父)なのか、途上国でよくある「よく知ってるおじさん」という意味なのか、注意する必要がある。

次に「ダブズ改正法案」とは、イギリス上院議員のアルフレッド・ダブズ氏(自身も子ども時代に難民として来英)が提出したイギリス入管法改正法案で、当初は3000人の身寄りのない未成年の難民を、イギリスに親族がいるかどうかを問わず、他のヨーロッパ諸国から引き取ることを提案していたが、最終的には具体的な数値目標無しで今年の5月に可決された。現時点で具体的に何名の未成年の難民がこの修正法の下で来英したのか不明だが、数百人規模で受け入れられるのではないか、と見られている。

このダブリン規則と「ダブズ改正法」に一般国際法のルールを加えると、「カレー・ジャングル」にいる人々は、以下の4つのグループに大別することができる。

  1. 既にイギリスに家族がいる大人
  2. 既にイギリスに家族や親族がいる未成年者
  3. イギリスに家族や親族がいない未成年者
  4. イギリスに家族がいない大人

このうち1. と2. の人々については、「ダブリン規則」の下でイギリス政府に引き取りの義務が生じる。3. については「ダブズ改正法」の下でイギリス政府が引き取りをコミットしているが、実はダブズ改正法の対象は必ずしも「フランス・カレーにいる未成年者」とはなっていないため、カレーにいる特定の未成年者を受け入れる法的義務がイギリス政府に生じる訳ではない。

そして4. の人々に対しては、ダブリン規則の下でも、一般国際法の下でも、イギリス政府に入国を許可する法的義務は一切ないのである。逆に言うと、現在の国際法の下では、どれほど母国で悲惨な人権侵害に遭った難民であったとしても、「フランスではなくイギリスで庇護申請したい」という希望をイギリス政府に認めさせる「権利」はない。

唯一例外となりうるのは、フランス国内での難民の扱いがあまりに残酷で、それが「拷問」や「非人道的な扱い」となっている場合には、欧州人権法の下で理論上は主張できなくもないが、フランス政府がキャンプの住人に移動手段を提供し宿泊施設を手配し、庇護申請を促しているところを見ると、そのような主張は実際には困難だろう。

メディアや活動家の間ではイギリス政府による「カレー・ジャングル」への対応が非人道的すぎるという指摘がある。しかし現在の国際法の下では、一般論として庇護申請者の側に行先を自由に選ぶ権利、行きたい国に入国する権利は無く、また政府側にも庇護申請者の入国を許可する一般的な法的義務はないのである。

「カレー・ジャングル」とその解体は、そのような現在の国際法、難民保護の現実を体現した現象であったと言えよう。

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