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復興事業で3年間は特需、その後も観光客に恵まれた。それが「コロナで前が見えなくなった状態」になったと、南三陸町で民宿「明神崎荘」を経営する佐々木昌則さんは振り返ります。
2016年5月18日、宮城県南三陸町にて、海の環境に配慮した養殖の証である「ASC(水産養殖管理協議会)認証」の取得伝達式が執り行なわれました。
20年以上にわたって南三陸の豊かな海を見続けてきた佐藤さんの目に映ったのは、変わり果てた故郷の海でした。
宮城県漁業協同組合志津川支所の戸倉事務所が手掛けるカキ養殖が、日本では初めてとなるASC(水産養殖管理協議会)の漁業認証を取得しました。
ついこの間、2016年2月23日に、キッズドアに1件のメールが届きました。
東日本大震災から5年にあたり、どんな記事を出すかという会議で、編集部員から出たのは「被災地にとって、5年という数字に大きな意味はないですよね」という言葉だった。
震災の記憶を伝える「震災遺構」として残るのだろうか。「20年後まで県有化」と結論を先送りする形になったことを、地元はどう感じているのか。遺族や生存者の声を聞いた。
東日本大震災の津波で被災した宮城県南三陸町の公立病院が高台の土地に再建されて、12月14日に開業した。
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町の防災対策庁舎が、震災から20年後にあたる2031年まで保存される見込みとなった
宮城県南三陸町の海を見下ろす高台に3月、民宿「明神崎荘」がオープンした。4年前の津波で壊滅的なダメージを受けて営業中止となった民宿を元経営者の佐々木昌則さんが再建したものだ。4年ぶりの民宿経営について、思いを聞いた。