sengo70nen

「宝くじに当たるとか、そんなことはどうでもいい。ただ兄弟に会えればいいんです」
解決のために、もっともっと話し合いをしなければいけないと思います。お互いがお互いの立場を理解しながら、膝を交えて話し合うことが大事だと思います。
厳しい表情で宙を睨んでいた少年が、1カ月後には半裸で満面の笑みを浮かべている。
10年来、このフォーラムに参加しているが、今年は憂うつだった。安倍晋三首相の戦後70年談話が出たばかりで、議論がトゲトゲしいものになるのではないかと思ったからだ。しかし杞憂に終わった。
高校生たちによる被曝体験の継承活動に参加して、今後の歴史学習のあるべき姿に触れたように思う。
恨み合いや憎しみ合いは、東アジアの国々が抱えている最大の不幸である。
戦後70年の総理大臣談話は、歴史的な文書となるであろう。これまでのいかなる歴史談話よりも具体的かつ詳細に反省すべき内容、感謝すべき対象(国および国民)を明記した。
今から70年前の夏、日本とドイツはともに第二次世界大戦に破れ、主要な都市は連合軍の爆撃によって焦土と化していた。敗戦から70年目の今年、2つの国が置かれた政治的な状況は大きく異なる。
過去と現在と未来と。隣国の態度にも大きな問題があるが、みずからに問題はないか。もう歴史(問題)はいやだ、と投げやりになってはいないか。
8月にNHKで放送されたいくつかの映像が、「劇的な」印象を私の中に残した。
1875年の雲揚号事件から日清戦争、日露戦争を経て日韓併合に至るまで、日本ではほかでもなく軍事力で朝鮮を威嚇し、自らの目的を貫徹した。これらの日韓関係の歴史を謙虚に直視する姿勢は、安倍談話にはどこにも見当たらない。
ある日本兵の手記は、その前線の悲惨さを生々しく伝えてくれる。
これまでの行革推進本部での検証作業の中で、JSCが設置した有識者会議が議論らしい議論を行わず、単に決定を追認するだけの場であったことが大きな問題だったことが明らかになっています。
日本が、開戦へと追い込まれていった事情について説明されたことも良かったと思います。しかし、ここで検討したいことが一つあります。
戦後70年目の「おことば」。
1945年8月15日、日本の敗戦は、朝鮮半島にとっては日本の植民地支配からの「解放」となった。当時の朝鮮半島はどんな様子だったのか。
終戦から70年という節目の年、安倍政権が進める安保関連法案は国民的な議論を呼んでいる。この夏、私たちは戦争や安全保障についてどう考えたらよいのだろうか。戦争をテーマにした画集「NO WAR!」(美術出版社)を上梓した現代美術家、奈良美智さんにロングインタビュー。私たちの戦争と歴史、希望と未来について聞いた。