人工知能の台頭、それでも必要な人間力:研究員の眼

仕事をする上で大切な能力とは

仕事をする上で大切な能力とは

仕事をする上で大切な能力とは何なのだろうか。個人の悩みには留まらない。企業の競争力向上や人材育成を考える上でも重要な課題だ。

2000年代、日本で企業の競争力低下や学力低下が問題視された頃、こうした能力を体系化する取組みがあった。

経済産業省は、産学の有識者による委員会での検討を経て、2006年「社会人基礎力」が公表された。「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つを提示し、それを具体的な12の能力要素に分けている(図表1)。

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何かのプロジェクトを成功に導くためには、率先してアクションを起こさねばならない。創造力を振り絞ることも必要だし、何よりチームのメンバーと協力することが必要だ。

この中でも特に、積極的なアクションに必要な主体性(チャレンジ精神)、チームでの協力に必要な柔軟性などは、「人間力」と言い換えてもいいだろう。多くの人が重要性を感じているものだ。

人口の減少

ただし、今その「人間力」の主体である人間は減りつつある。

今年4月の発表によると、今から約50年後の2065年には、日本の人口は8,808万人(*1)となり、2015年の1億2,709万人から3割減の予測だ。

労働人口に当たる生産年齢人口の減少ピッチは更に早く、50年で4割減となる(図表2)。

こうした人手不足への対策の一つとして注目されているのが人工知能だ。

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活躍する人工知能

人工知能は政府の目玉政策でもある「生産性革命」のメニューの一つとして脚光を浴びている。

そして、一部では人的労働を代替しつつある。

人工知能による自動会話プログラム「チャットボット」を活用した問い合わせシステムが好例だが、中でもアスクル株式会社の個人向け通販サイト「LOHACO」のチャットボット「マナミさん」が注目されている。

「マナミさん」は24時間の問い合わせ対応を可能とし、サイトへの全問い合わせの3分の1をカバーした実績がある(*2)。

筆者も実際にマナミさんを試したが、誰かにLINEでメッセージを送る感覚で質問できて使いやすかった。質問への回答も的確で親切だ。「安く買いたい」と入力したらお得なクーポンの情報が提示されるなど、人間顔負けの対応だった。

そうは言っても、チャットボットは想定外の質問に対しては「質問がよく分かりません」といった回答しかできない。変わった質問やクレームの処理は人間が対応した方が確実だ。

このように、現在は限られた機能において活躍する人工知能だが、将来は更に進歩して、人と同じように考えることができるようになると言われている(*3)。人にしかできないと我々が思っているようなことも、易々とやってのけるかもしれない。

未来も大切なこと

しかし、完璧な人工知能の登場までには、まだまだ解決すべき課題も多い。

技術的な問題も然ることながら、特に指摘されるのが倫理的問題と法的問題だ。イメージしやすい自動運転を例にとれば次のようなものがある。

  • 倫理的問題として、乗車者と通行人どちらかが犠牲にならざるを得ない極限状態に陥った時、人工知能はどのような判断を下すのか、あるいは下すべきなのか。
  • 法的問題として、自動運転車の事故や誤作動で犠牲者が出たり、損壊が発生したりした場合に人工知能に責任を問えるのか。

この自動運転の例のように、人工知能が完全に人間に取って代わるまでに解決しなければならない課題は多い(*4)。

内閣府はこうした課題を取り上げ、倫理的問題については、「判断する状況や対象に応じて、人による判断と人工知能に基づく判断のバランスを考慮する」ことが必要という指摘を行っている。また、法的問題については、人間と人工知能の「責任分配の明確化」が重要だと指摘した(*5)。

人間と人工知能のバランスや分配は欠かせない。人工知能の活用が今後一般化しても、人間力が引き続き重要になるという見方も強い。総務省が専門家に行ったアンケート調査(*6)では、回答者の8割以上が、人工知能の活用が一般化する将来において重要だと指摘した項目が2つある。

それは「企画発想力や創造性」と「チャレンジ精神や主体性、行動力、洞察力など人間的資質」だ。前者は冒頭に示した社会人基礎力のうち「考え抜く力」に通じ、後者は「前に踏み出す力」・「チームで働く力」に通じるものだ。

同調査では、人工知能の活用までのステップ別に分けて人間力の必要性を考え、それぞれについて説明もしている。

まず、「人工知能(AI)の企画・設計・開発においては、人工知能(AI)を活用する対象を選定し、システムをデザインすることが重要になるが、そのような場面では、より良い企画を発想、創造することなどが必要とされる。

一方、アルゴリズムを設計・開発する場面では、課題解決能力、論理的思考などが必要とされる。」とある。これは「考え抜く力」のことだ。

次に、「人工知能(AI)の運用においては、カルチャーやビジネスの考え方が異なる組織間の意向を調整することが重要になるが、そのような場面では、多様な他者と円滑なコミュニケーションを行えることなどが必要とされる」とあり、「チームで働く力」に該当する。

最後に「率先した導入を推進する場面では、何事にもチャレンジしたり、自ら率先して行動することなどが必要とされる。」とあり、「前に踏み出す力」に当たる。

人工知能の実用化・活用に向けても人間が果たす役割は大きい。冒頭で筆者が人間力として指摘した柔軟性やチャレンジ精神も必要となりそうだ。

人工知能が発展する将来は、ほとんど全ての仕事が人工知能に奪われ、人間が不要になるといった悲観的な予測も目にするが、人工知能のテクノロジーが進歩しても、人間力の重要性は変わらないということではないだろうか。

(*1) 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計(H29.4)」の中位推計の数値

(*2) 2016年5月19日のアスクル株式会社ニュースリリース( http://pdf.irpocket.com/C0032/VuON/Fw7l/oSd1.pdf )より

(*3) 今現在、世の中に存在する人工知能は全て「特化型AI」と呼ばれ、特定の課題を解決するために作られたもので用途が限られるが、2030年頃までには、人工知能が発展して、人と同じように考えながら様々なことに対処し、多種多様な課題を解決できるようになると言われている。この人工知能は「汎用AI」と呼ばれている。米国の人工知能研究の権威、レイ・カーツワイル氏は、2029年にコンピューターが人間レベルの知性を獲得すると予想している。日本国内でも、東京大学の松尾豊教授や駒澤大学の井上智洋准教授を始めとした有識者が2030年頃の汎用AI出現を前提に、議論を展開している。

(*4) 世の中を大きく変える人工知能については、様々な検討が行なわれている。国内の例として、2016年の5月から17年1月にかけ実施された政府系会議「人工知能と人間社会に関する懇談会」がある。人工知能技術の専門家だけではなく、法律、経済、知的財産、そして教育、哲学、倫理、労働といった様々な分野の専門家が集まり、人工知能と人間社会の関わりのあり方が話し合われた。倫理的問題と法的問題といった論点が課題となるような具体事例を挙げて検討する形態で進められた。会議では様々な事例が扱われた。

(*5) 2017年3月24日公表「人工知能と人間社会に関する懇談会」報告書(http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/ai/summary/aisociety_jp.pdf)より

(*6) 総務省「平成28年版 情報通信白書」(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/pdf/)より

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(2017年11月10日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 研究員

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