1――減らない不安
2015年の「国民生活に関する世論調査」によれば、「今後の生活において,「物質的にある程度豊かになったので,これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と答えた人の割合は62.0%で、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」と答えた人の割合の31.9%を大きく上回る。
1972年には「これからは心の豊かさ」だと答えた人の割合は37.3%に過ぎず、「物質的な豊かさ」と答えた人の40.0%を下回っていた。経済成長によって生活は豊かになったことを映していると言えるだろう。
全ての安心がお金で買えるというわけではないが、お金があれば解決できる問題も多い。所得が増えて豊かになれば日々の生活の悩みはずっと少なくなり、不安から解放されるだろうと思うだろう。
しかし、この予想は大きく外れており、1981年に比べて2015年の方が、むしろ「不安や悩みを感じている」という人の割合が増え、「不安や悩みを感じていない」という人の割合は低下している。
2――保険は四角
1990年代初めにバブルが崩壊した後、日本経済は停滞が続いている。それでも、かつては無かった製品やサービスが毎年新たに提供されるようになり、生活は大きく変わり便利になった。
どれだけ美味しい食事でも、満腹になればそれ以上食べたいとは思わないように、物質的な欲求は満ち足りてくれば低下する。テレビもパソコンも1台はどうしても必要だと感じるが、家に10台も20台もあってもジャマなだけだ。
しかし、便利で豊かになったからこそ、今のような生活を維持できなくなったら大変だという不安も生まれる。豊かになれば、それだけ守りたいと考える生活水準が高まって、安心を実現するために必要な資金は増えることになる。
いざというときに使えるお金を用意する方法として保険と貯蓄があるが、安心を保証する商品としては貯蓄よりも保険が優れている。この説明として、「貯蓄は三角、保険は四角」という例えが使われることがある。
保険は加入した瞬間から大きな金額の保証が得られるのに対して、貯蓄で生活上の危険に対応しようとしても十分な資金が貯まるまでには長い年月が必要だ。最初から十分な保証が得られる保険に対して、貯蓄による保証は徐々にしか増えていかないことを形で例えたものだ。
3――貯蓄から保険へ
このように保険を積極的に利用することには個人の保証として優れた点があるが、それだけではなく、日本経済全体にとっても大きな利点がある。
それは、多くの人が安心を手に入れようとするために、モノやサービスが売れなくなるという問題を小さくすることができることだ。
長期間の医療や介護が必要になったり、逆に平均寿命を大きく超えて長生きしたりするということは一部の人にしか起こらない。
高額な医療費や介護費に対応する目的や、逆に長生きしたりしても生活費に困らないようにと多額の貯蓄を行っても、結局使われなかったということが必ずおこる。
安心を手に入れるために、各自が多額の貯蓄を用意して備えるよりも、多くの人が集まって保険の機能を使えば、ずっと少ない資金で同じだけの安心を提供できる。
逆にいえば、日本経済全体では保険を利用した方がずっと多くのお金が消費にまわされることになり、企業の売上も利益も、ひいては人々が受け取る給料も多くなるはずなのだ。
日本経済全体を活性化するために、経済政策として「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズのもとに、投資を優遇するNISA(少額投資非課税制度)ができたが、保険機能の利用を促して貯蓄の必要性を下げる政策も、もっと検討されるべきではないだろうか。
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(2016年4月27日「エコノミストの眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
専務理事