1――はじめに
非正規雇用労働者の実態を国際比較する際に重要なのが非正規雇用労働者を区分する定義であるものの、その定義は国によって異なっており、必ずしも収斂していない。
さらに一国の間でもその定義が纏まっていないケースが多く、日本と韓国の場合も複数の定義が存在する。
2――日本における非正規雇用労働者の定義
まず、日本の労働力調査では、非正規雇用労働者を「労働契約期間、以下、従業上の地位」と「勤め先での呼称、以下、雇用形態」により区分している。
従業上の地位による分類では雇用者のうち、1か月以上1年以内の期間を定めて雇われている者である「臨時雇」と日々又は1か月未満の契約で雇われている者である「日雇」が非正規職として扱われている。
一方、雇用形態による分類では、会社,団体等の役員を除く雇用者について勤め先での呼称により、「正規の職員・従業員」、「パ-ト」、「アルバイト」、「労働者派遣事業所の派遣社員」、「契約社員」、「嘱託」、「その他」の7つに区分しており、このうち「正規の職員・従業員」以外の6区分をまとめて「非正規の職員・従業員」として表章している。
しかしながら、2つの定義による正規雇用労働者の割合は大きな差を見せている。
2015年現在従業上の地位(労働契約期間)による非正規雇用労働者の割合は7.6%に過ぎず、雇用形態(勤め先での呼称)による非正規雇用労働者の割合37.5%を大きく下回っている。
図表1を見ると、従事上の地位による非正規雇用労働者の割合は80年代から90年代半ばまでには大きな変化がなかったものの、その後14%弱まで上昇し、2013年から大きく低下していることが分かる。
その理由は2013年1月から労働力調査の調査事項等が変更されたからである。
つまり、労働力調査では「従業上の地位」について「常雇(無期の契約)」と「常雇(有期の契約)」の区分を新たに設けており、今までは「臨時雇」と回答していた者(同じ勤務先で1年以上働いていた臨時雇)が、新たな調査票では「常雇(有期の契約)」に回答したことにより、「臨時雇」の数は減り、「常雇」の数は増えることになったのである(*1)。
一方、日本の非正規雇用労働者の代表的な基準になっている雇用形態による非正規雇用労働者の割合は80年代から上昇し始め、現在までも上昇傾向にある。
神林(2013)は、このように非正規雇用労働者の増加の時系列的趨勢が異なる点に注目し、「非正規雇用労働者の定義の違いは、単なる統計的計測の問題や講学上の文などではなく、労働市場において非正規雇用労働者が担う役割と密接にかかわる重要な論点だと考える必要がある。」と主張している。
日本では労働力調査以外にもいくつかの調査で非正規雇用労働者の規模を把握しているものの、調査により定義は異なる。
図表2は、日本における調査別非正規雇用労働者の定義と割合を整理したものであり、大きく「労働時間」、「勤め先での呼称」、「従業上の地位(労働契約期間)」という三つの定義により区分されていることが分かる。
3――韓国における非正規雇用労働者の定義
韓国においても非正規雇用労働者の定義を巡って政府と労働組合、そして研究者の間に論争が続いている。
IMF経済危機以降非正規雇用労働者の概念や範囲を巡って議論が続いたため、労使政委員会(*2)は2002年7月「非正規特別委員会」を開き、雇用形態による分類基準に合意した。
これによって非正規雇用労働者の範囲には、雇用の持続性を基準にした限時的労働者(contingent worker)や期間制労働者、労働時間を基準にしたパートタイマー、そして労働提供方法を基準にした非典型労働者(派遣、用役、特殊雇用職、在宅労働者等)が含まれることになった(図表3)。
しかしながら「非正規特別委員会」の基準によって非正規雇用労働者に対する概念が統一されることになったものの、それ以降も政府や労働組合、そして研究者が発表する非正規雇用労働者の割合は相変わらず大きな差をみせている。
政府や労働組合とも統計庁の「経済活動人口調査」に基づいて集計をしているにもかかわらず、差が生じているのはなぜだろうか。
その理由は、政府統計は、図表3の通り、「経済活動人口調査」の付加調査から、①契約期間(無期か有期か)、②1日の労働時間(フルタイムかパートか)、③契約関係(直接雇用か間接雇用かあるいは、個人事業主か)といった3つの基準に基づいて有期契約であり、短時間勤務をしており、3者(*3)以上の雇用契約を結んでいる場合と、呼び出し労働、特殊労働、派遣労働、役務労働、家内労働を加えて非正規雇用労働者と定義している(重複は除いている)。
これに対して労働組合の統計では、政府統計で非正規雇用労働者と区分される労働者に加えて、「経済活動人口調査」の本調査において、正規臨時職 ・正規日雇職と区分されている労働者も非正規雇用労働者に含んでいる。
すなわち、労働組合は④賃金、労働条件、企業の福利厚生、公的社会保険制度が適用されているかどうか、⑤勤務場所に持続性があるかどうかによって、社会保険の適用がされず、勤務場所が頻繁に変わっている労働者(図表4の正規臨時職と正規日雇職)を非正規雇用労働者として分類している。
図表4は正規職の中の正規臨時職と正規日雇職を非正規雇用労働者とした分類して非正規雇用労働者の割合を再計算したものであり、その割合が労働組合が発表した正規雇用労働者の割合に近似していることが分かる。
図表5は、韓国の非正規雇用労働者数の推移を2001年から2015年にかけてみたものである。ふたつの数字が並んでいるのは、政府発表の統計と労働組合側の発表とで非正規の割合が違うからである。
2015年8月時点でみると、政府側は非正規雇用労働者の割合を32.5%としているのに対して、労働組合側は45.0%としており、両者のあいだに12.5ポイントの差が生じている。
非正規雇用労働者の概念に対しては国際的に統一された基準はないものの、OECDは国家間の比較のために通常、雇用の限時性を基準とした「Temporary workers」を把握・比較している。
韓国統計庁は、期間制労働者、派遣労働者、日雇い労働者、短期期待労働者が「Temporary workers」に該当すると判断し、毎年8月に関連データをOECDに提出している。
図表6はOECD主要国のTemporary Workersの割合の推移を見たものであり、2014年時点における韓国のTemporary Workersの割合は21.6%でOECD諸国の中でも高い水準であることに比べて、同時期の日本の割合は7.6%でかなり低い。
このように日本の数値が低いのは、労働力調査の従業上の地位(労働契約期間)による非正規雇用労働者の割合をOECDに提出した可能性が高い。
実際、図表1の従業上の地位(労働契約期間)による非正規雇用労働者の推移と図表6の日本のデータを見ると、その水準や推移が酷似していることが分かる。
4――おわりに
日韓両国における非正規雇用労働者の定義は異なり、その定義により非正規雇用労働者の規模に差が出ているものの、労働力の非正規化は両国において大きな社会的課題として扱われている。
韓国政府は非正規職に対する対策として2006年から「非正規職保護法」を実施しており、その結果非正規職の割合は少し減少しているものの、非正規職の処遇水準は大きく改善されておらず、正規職と大きな差を見せている。
一方、日本政府は2015年に「正社員転換・待遇改善実現プラン(5か年計画)」を策定し、非正規職の処遇改善に本格的に動き出し始めた。
さらに、最近は正規職や非正規職という雇用形態に関わらず、同じ仕事なら同じ賃金を支払うべきだという「同一労動同一賃金(Equal pay for equal work)」の導入に向けて積極的な動きを見せているもののその成果が出るまではまだ時間がかかることが予想される。
日韓政府がそれぞれ実施している労働市場の柔軟化政策と非正規労働者に対する処遇改善対策が今後どのような成果を産むのか、また、非正規労働者の規模にはどのような影響を与えるのか、今後の動向に注目したい。
関連レポート
(*1) 労働力調査によると2013年における「臨時雇」と「日雇」の数は前年に比べてそれぞれ263万人と25万人が減少している。したがって、これまでの結果とは表章項目が同じであっても単純に比較することはできない。
(*2) 日本の政労使委員会にあたる。
(*3) ここでいう「3者」とは企業、派遣会社、労働者を意味している。従って、3者以上の雇用契約を結んでいる場合とは派遣業者などを経由して労働者を雇ったケースのことである。
(2016年7月19日「基礎研レター」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
生活研究部 准主任研究員