健康増進型保険はIoT時代の生命保険となるか:研究員の眼

今や世界の生保会社が健康増進と生命保険を関連づけようと躍起になっているのだ。

経済評論家の荻原博子さんが週刊東洋経済の臨時増刊「21世紀の保険ビジネス」に『生保淘汰時代の商品開発に逆転の発想を!』と題して、「ギフトになる保険『死なせません』」の開発を提唱したのは2002年のことだ(*1)。

当時の文章から、荻原さん提唱の『死なせません』の概要を引くと、以下の通り。

  • 「死なせません」においては、保険に加入した人の健康と安全を守るために最大限の努力が行われる。
  • 加入者は年2回、無料で人間ドックでの各種診断を受けられる。またヘルスメーターや血圧計等、家庭で使える健康チェック機器をレンタルされる。
  • これらにより得られた個人データは電話やインターネットを通じて最寄りの病院に送信され、何かあった場合には、すぐに最寄りの病院の医師が来て、応急手当てをしてくれる。

荻原さんは『死なせません』を、消費者、病院、生保会社、生保営業職員等、「みんなが得するシステム」として提唱している。

その逆転の発想に感銘を受け、誌面のコピーをとって机の中にたいせつに保管して14年。ようやく『死なせません』を話題にできる時が来た。社会が追いついてきたのだろう。

世は、IoT(Internet of Things)、ウェアラブル、AIの時代。今や世界の生保会社が健康増進と生命保険を関連づけようと躍起になっているのだ。

ここ2年ほど、我が国でも、そうした動きが出てきた。

第一生命の子会社ネオファースト生命は『健康増進につながる保険』の開発を標榜している(*2)。日本生命も買収したオーストラリアのMCL等から情報収集に努めている(*3)。

この7月21日に、住友生命がディスカバリー社およびソフトバンクと連名で、「健康増進型保険」の開発に関するプロジェクトの立ち上げを発表したのは、そうした試みの最先端と言える動きである。

ディスカバリー社は、健康増進プログラムと生命保険を結びつけた商品の現時点での最高峰と目される「バイタリティー・プログラム」を、自社または各国の提携生保会社を通じて、南アフリカ、英国、米国、中国、シンガポール、オーストラリア、ドイツ等の国で販売し、その契約者数は約 350 万人に及んでいる。

バイタリティー・プログラムでは、保険加入者の、フィットネスジム、1日たりの歩数、運動(アプリ計測)等、健康増進活動等への年間を通じた取組みがポイント化される。

そして、ポイントの累計数値によって年間のステータスが決定され、そのステータスが高いほど、受けられる年間の保険料割引や、提携パートナー企業が提供するサービス等の特典内容が魅力的になる。

各保険加入者に健康目標が用意されることもあるそうだ。日常的な健康増進活動の実行状況は、最新のウェアラブル技術を備えた機器(アップル・ウォッチ等)により記録され、連絡される。

その日本での提携先に住友生命が名乗りを上げたわけだ(以上、前述の発表資料より)。

荻原さんが「電話やインターネットを通じて」と書いておられた関連情報の連携は、ウェアラブル端末という飛び道具を得て、一気に実現性と詳細性を増した。例えば、腕時計型のウェアラブル端末では、歩数や心拍数、睡眠の質などを、無理なく取得することができるという。

こうした健康増進と生命保険を絡めるやり方は、これからの生命保険事業の一つの行き方になるのだろう。「長生きしたければ生命保険に入れ」と言われる時代が到来するかもしれない。

とはいえ、解決しなければならない課題もまだまだ多い。

腕時計をつけていることすらうっとうしくて外しがちな自分自身に照らして考えると、日常的にウェアラブル端末を身につけているのはたいへんだ。

保険料を安くするためにウェアラブル端末を着け続ける人がどれぐらいいるだろうか。この点は、今後、ウェアラブル端末が、コンタクトレンズ、下着、皮膚に貼り付ける電子刺青等へと、より負担感のない形へと進化していく中で解決できるのかもしれない。

また私のように、夜更かし、運動不足、飽食といった、自慢できない生活態度を持つ消費者は、日々の怠惰な生活ぶりが保険会社につつぬけになるどころか、保険料で差をつけられてしまうという商品構成を好ましいと感じるだろうか。

どうも、2002年に比べて、技術の進歩が行きすぎるぐらい進んでいるので、知られたくない事実までが知られてしまいそうなのだ。

技術の進歩で得られる情報の量と質が飛躍的に向上する時代、こうした情報の活用に関する消費者の意向をどう考慮すればいいのだろうか。

結果、こうした商品が、いわゆる健康に意識高い系の人々にだけ訴求することとなって、彼らの保険加入と保険料値引きは促進されるが、それ以外の一般の人々にとっては、契約内容が不利になってしまうということにならないだろうか。誰かが傷ついたり、損をしたりする商品ではちょっと興ざめだ。

ともあれ、こうした商品の開発は、ようやくスタート地点に立ったばかり。今後ますます、開発競争は熾烈化するだろう。

荻原さんが提唱された、「みんなが得するシステム」としての『死なせません』が実現することを、心から期待している。

【関連レポート】

(*1) 荻原博子『生保淘汰時代の商品開発に逆転の発想を!』 週刊東洋経済臨時増刊「21世紀の保険ビジネス 2002年版」2002年7月31日参照

(*2) ネオファースト生命ホームページ「健康増進の取り組み」http://neofirst.co.jp/company/kenko.html 参照

(*3) 日本生命「先端ITを活用したイノベーション創出取組について http://www.nissay.co.jp/news/2016/pdf/20160729b.pdf 参照

(*4) 住友生命 Discovery Lt d. ソフトバンク「新規プロジェクト『Japan Vitality Project』に関するお知らせ~『健康増進型保険』で日本をもっと健康に~」 http://www.sumitomolife.co.jp/about/newsrelease/pdf/2016/160721.pdf 参照

(2016年8月31日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 主任研究員

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