クリエイティブオフィスの時代へ-経営理念、ワークスタイル変革という「魂」の注入がポイント:研究員の眼

創造性を育み、結果として中長期での経済的リターンを獲得するために必要なことは?

グローバル競争が激化する中で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくためのオフィス戦略が重要になっている。

人と人との直接のコミュニケーションやコラボレーションをより一層促進するオフィス空間からは、画期的なアイデアやイノベーションが数多く生まれるのである。

先進的なオフィスづくりの共通点は、オフィス全体を街や都市など一種のコミュニティととらえる設計コンセプトに基づいているということである。

具体的には、カフェ、広間、開放的な階段やエスカレーターなど、インフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースを効果的に設置し、組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感やつながり、すなわち「企業内ソーシャル・キャピタル」を育む視点を重視していることだ。

加えて、先進的なオフィスは、共通して、省エネ・温暖化ガス削減など地球環境への配慮も志向している。

IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、グラクソ・スミスクライン、ヒューレット・パッカード、プロクター・アンド・ギャンブル、マイクロソフトなど先進的なグローバル企業は、既にこのような考え方を実践しており、世界的には、欧米を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合う時代に入っている(*1)。

例えば、グーグルのオフィスの写真を見ると、オフィス内の移動手段としての滑り台や滑り棒、ビリヤード台、バランスボール、思索にふけるためのブランコ、ゲームや楽器の演奏ができる防音仕様のゲームルーム、奇抜で多様なコミュニケーションスペースや休憩スペース、派手な飾り付けを施した社員のデスクなど、一見すると仕事に関係のないようなものが目に飛び込んでくる。

オフィス内での飲食を無料で楽しめるのも有名な話だ。従業員にとって至れり尽くせりともいえる、個性的で遊び心満載のオフィスづくりがなされている。

グーグルが従業員に贅沢なまでの快適なオフィス空間を提供するのは、オフィス空間が従業員の創造性に大きく影響を与えることを熟知しているからだ。

優秀な人材を採用しているとの確信の下に、創造的で自由な環境さえ提供すれば、優秀な従業員の創造性は最大限に引き出され、イノベーションが生み出されるとの考え方が、経営陣に浸透しているのである。

企業がイノベーションを生む創造性を大切に育むためには、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン(lean)型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」を備えた経営を実践しなければならない。

例えば、従業員が気軽に集える共用スペースは、イノベーション創出のために確保しておくべき組織スラックであるが、リーン型の経営を徹底すれば、仕事に関係のない無駄なものとして撤去されてしまうだろう。

これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求したオフィス空間は個性のない均質なものになってしまう。そうすると、目先の不動産コストは削減できても、それと引き換えに何よりも大切な社内の活気や創造性が失われ、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。

効率性・経済性ありきの戦略は、結局中長期で見れば、経済的リターンをもたらさないと言える。創造性を育み、結果として中長期での経済的リターンを獲得するためには、「組織スラックに投資する」という発想が欠かせない。

さらに、創造的なオフィス空間を活かすためには、柔軟で裁量的なワークスタイルの許容が不可欠であり、働き方にも組織スラックを取り入れる必要がある。

創造的なオフィス空間を用意しても、従業員が決まった勤務時間に縛られたり、インフォーマルなコミュニケーションのためのスペースを利用するのは怠惰をむさぼっているとみなされるような雰囲気が社内に残っていれば、折角の創造的なオフィス空間も宝の持ち腐れとなるだろう。

グーグルでは、勤務時間の20%を自由に使って好きなことに取り組める「20%ルール」を制度化しており、従業員は自分でプロジェクトを立ち上げたり、他のプロジェクトチームに参加したりすることができるという。働き方に組織スラックの要素を制度的に取り入れた好例である。

今、仕事をライフワークととらえ、仕事を通じて社会に貢献することに喜びを見い出すという傾向が若手人材を中心に強まっているように思われる。

創造性豊かで能力の高い人材は、仕事と生活を切り分けるのではなく、融合一体化させる働き方を志向している。このような人材の確保・定着のためには、企業は創造的で自由なオフィス空間の整備と柔軟で裁量的なワークスタイルへの変革をセットで推進することが求められている。

米シリコンバレーでは、ハイテク企業の間で人材の引き抜き合戦が激しく繰り広げられており、企業は優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない。

日本企業では、ワークスタイルの変革を含めたオフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。

クリエイティブオフィスの基本的な設計コンセプト、すなわち「基本モデル」は、前述の「先進的なオフィスづくりの共通点」で具体的に述べたようなものにほぼ固まりつつあり、近未来や次世代のオフィスでも、この基本モデルは大きく変わらないだろう。

この基本モデル自体の構築に各社が知恵を絞る時代は既に過ぎ、もはや、企業がクリエイティブオフィスの基本モデルを一刻も早く取り入れ、それに「魂を入れて」、構築・運用を始めるべき時代が到来しているといっても過言ではないと思われる。

筆者は、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に注入すべき「魂」とは、前述のワークスタイルの変革とともに、何よりも重要なのが各社の経営理念であると考える。

そして、「魂を入れる」とは、経営理念にふさわしいオフィスのロケーションの選択、インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築、オフィスの愛称の選択などを指している。

経営トップは、クリエイティブオフィスを構築する段階で、オフィスに経営理念をしっかりと埋め込み、オフィスを経営理念や企業文化の象徴と位置付けて、全社的な拠り所となる求心力を持つ場に進化させていくことが求められる。

そしてクリエイティブオフィスの運用段階では、ワークスタイルの変革をしっかりと遂行しなければならない。

クリエイティブオフィスの基本モデルに「魂」を注入するということは、基本モデルを各社仕様にカスタマイズして実際に起動させるプロセスであると言える。

クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、未だごく一部にとどまっている。

創造性を育み本格的なイノベーションを生み出せるような組織風土を醸成し、そしてグローバル競争の土俵に立つためにも、一刻も早く、経営理念とワークスタイル変革という「魂」を注入した、創造的なオフィスづくりに着手することが求められる。

(*1) 先進的なグローバル企業のCRE(企業不動産)戦略には、①創造的なワークプレイスの重視に加え、②CREマネジメントの一元化、③外部ベンダーの戦略的活用、という3つの共通点が見られ、筆者は、これらをCRE 戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。

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(2016年3月8日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 上席研究員

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