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2015年01月18日 15時30分 JST | 更新 2018年03月06日 22時31分 JST

LINEやFacebookが息苦しい人に――ビジネスモデルの知識があなたを自由にする(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第4回)

PLANETSチャンネルにて好評毎月連載中の 尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』 の過去の掲載回を、月イチでハフィントン・ポストに定期配信していきます。

※この連載の最新回(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第6回「リクルートが儲かり続ける理由――強力な3つのループが生んだ「幸せの迷いの森」」(1月15日配信))はPLANETSチャンネルに入会すると読むことができます。

※ 冒頭の試し読みが公開されています NHK出版 『ITビジネスの原理』

初回の連載でも書いたように、僕はずっとプラットフォームビジネスの立ち上げに関わってきました。現在も組織の長として、プラットフォーム運営の魅力や楽しさを社員に伝えようと日々奮闘しています。

ただ、なかなか日本人にはこういう「アーキテクチャ」を巡る議論がわかりづらいのかもしれないと思うこともあります。どうしても、ハッカーやアーキテクチャのような言葉に「支配」のようなマイナスのイメージだけを抱く人も多いようです。

今回は、まさにSNS運営の持つ負の側面を話します。前回はSNSの正の側面を語りましたが、今回はその危険性について分析します。ただし、僕はそれを知らせて、皆さんをSNSから遠ざけたいのではありません。

では、なぜそんな話をするのでしょうか?――それは、こうした話を知ることが現代のリベラルアーツになると思うからです。

かつて大学で教えるリベラルアーツでは、言語と論理学が重視されていました。なぜならば、それを知ることによって人間は、自分の生きる社会の政治や法律、文化の仕組みを知り、自由(liberal)になれたからです。日本語ではリベラルアーツは単に人文科目くらいの意味で使われていますが、本来のリベラルアーツとは、そういう人間を自由にしてくれる技術のことなのです。

しかし今日、私たちの社会生活にはFacebookのようなSNSなどが深く浸透しはじめています。そうしたプラットフォームサービスは、私たちの生活を左右するインフラになり始めており、一種の公共性を担うようになってきました。

ここから見ていけば分かるように、現代のプラットフォームが抱える様々な問題点は、別に悪意を持って皆さんに不利益を与えようとして、生じたものではありません。こうした歪みは、単に彼らが営利企業であり、市場でいかに価値を出していくかを考える中で、結果的に生じたものがほとんどです。しかし、そのことが私たちに息苦しさや不自由を感じさせています。こうした営利企業のビジネスモデルの追求が生み出す弊害を、僕は「ビジネスモデルの重力」と呼んでいます。

そうだとすれば、僕たちは彼らプラットフォーマーたちの「ビジネスモデル」をよく知り、その「重力」から適度な距離を保つべきでしょう。ここから話す知識は、まさに論理学や言語がそうであるのと同様に、きっと情報社会に生きる私たちを「自由」にしてくれる技術だと僕は信じています。

そう――現代において「ビジネスモデル」とは、リベラルアーツの一科目なのです。

それでは、ここからSNSにおける「ビジネスモデルの重力」から生じる負の側面を話していきましょう。僕が特に問題だと考えているのは、以下の3つの論点です。

1.過剰なパーソナライゼーション

2.後発的多動症

3.ソーシャルゲームにおける過剰な社交性の煽り

ここからは、以上の3つがどういう問題なのかと、それがどのように解決されていくかの展望を語っていくことにします。

SNSの「負の側面」――1.過剰なパーソナライゼーション