1月29日夜、東京都内で行われたトマ・ピケティ氏の来日講演会。
昨年7月の月刊連合紙面で一足早くピケティ氏の著書『21世紀の資本』を取り上げていた連合古賀会長が、熱気ムンムンの会場の最前列で「生ピケティ」に質疑応答で、鋭い質問を投げかけた。
(撮影/朝日新聞社)
■「GPIF改革」にダメ出し!
日本の年金積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、ハーバード大学の基金と同じことをするべきだと言ったつもりはありません。米国の大学基金はハイリスクな投資先や高度なデリバティブ(金融派生商品)で運用していますが、年金積立金で同じような投資をするのは適切ではありません。
r(資本収益率)>g(経済成長率)の法則を示しましたが、rは変動性とボラティリティ(ばらつき)が高いことを考慮に入れなければなりません。富裕層が余裕資金で行う投資と、生活に必要なお金の投資は違います。
ピケティ氏のこの発言は、パネルディスカッションに登壇した西村康稔内閣府副大臣が、GPIFの資産構成を見直してリスク資産の割合を増やすと説明したことに端を発した議論への返答だ。
西村副大臣は「ピケティさんが本で書かれたように、資本が大きければ利回りが大きくなる。小さい資本だと収益性は低い」、「3.5兆円規模のハーバード大学の基金が過去10年間で10%の利回りなのに、世界最大120兆円規模の日本の年金積立金はわずか3%」、「所得の低い人であっても集めることで収益が取れる」と発言したのだ。
この発言に対して、連合古賀会長が客席最前列から噛みついた。
年金積立金が、国内債券中心から国内外の株式での運用に大きくシフトする問題点をまさに突くものだった。
「西村副大臣、GPIFは出してほしくなかった。年金積立金のほとんどは労使が拠出したお金です。それをあまりにリスクの多い投資に回すのはいかがなものか。拠出している労使の意見を反映できる体制を構築しなければ、われわれは自分たちのお金が高リスクの資産に取り入れられてしまうことに反対せざるを得ない」。図らずもこのとき、会場から拍手が起こった。
冒頭のピケティ氏の発言は、こうしたやり取りを踏まえて出されたものだった。では、アベノミクスに対しては、ピケティ氏はどう評価を下したのか?
(撮影/朝日新聞社)
■アベノミクスの矛盾を喝破?
アベノミクスに対する論争を巻き起こすつもりはないが、私の見方では、消費増税は正しい方向ではありません。
それよりも低・中所得者の所得税を下げ、固定資産税を増やす。そのほうが現実の日本経済の状況に合う。特に若い世代にはプラスになります。紙幣を増刷するのがいいことなのか。税制を見直すよりも紙幣を増刷するほうが簡単なことは確かですが、増やしたお金は資産や不動産のバブルを生むだけで、適切な人が恩恵を受けるとは限りません。インフレを起こしたいのであれば、賃金を増やさなければなりません。
欧州と米国、そして日本もそうですが、金融政策に依存しすぎています。むしろ財政改革、教育改革、累進制のある税制が必要です。インフレ率は、日本にとっても2〜3%あったほうが望ましい。金融緩和や紙幣の増刷だけでは不十分です。
ピケティ氏は、米国で最も格差が拡大していると指摘した。なぜ米国で一番広がっているのか。何が格差をもたらすのか?
格差をもたらす要因としてグローバル化を挙げることができますが、それだけでは説明がつきません。グローバル化だけが原因なら、すべての国で同じように格差が広がるはずですが、そうではないからです。欧州・日本・米国を比較すると米国で最も格差が広がっていて、日本は米国と欧州の中間です。
グローバル化以外に格差拡大をもたらす要因の一つは、教育の機会の格差でしょう。ハーバード大学の学生の親の平均年収は、米国のトップ2%の水準に相当する。まるで所得トップ2%層の師弟から選んで入学させたかのようです。
労働政策も影響していると思います。最近、日本でも労働規制緩和の議論が進められていますが、不平等な労働政策の導入によって賃金交渉力が弱められる。米国で言えば労働組合の力が弱まり、賃金がかなり下がった。その一方で、米国のトップ経営者の報酬は、前例のない水準に上昇しています。所得税の最高税率が高ければ、そもそも高額報酬をもらおうというインセンティブは働きません。累進性の高い所得税が必要です。
格差拡大のダイナミズムは、グローバル化だけでなく政策制度に起因する要素が大きいのです。各国がさまざまな政策を選択することで、グローバル化の便益をもっと広範囲の人たちに提供できるようにすることが重要です。
ここで古賀会長が問うた。
「グローバル化だけが格差の原因ではないとしても、グローバル化の激化が私たちの働き方や暮らし方に大きな影響を与えていることは事実です。世界における議論のなかでは、『グローバル化・民主主義・国家主権』の3つは並立できないグローバリゼーション・パラドクスの関係にあり、民主主義と国家主権によって、グローバル化をある程度コントロールしていくべきとの考え方も示されている。では、どう実現すればいいのか。具体的な手立てはあるでしょうか?」
■インクルーシブなグローバル化を
富裕層が理解すべきなのは、グローバル化は「財政的な正義」を伴わなければならないということです。
多くの人々がグローバル化は自分に有利でないと感じれば、それはリスクになり、反グローバル化やナショナリズムにつながっていく。フランスで極右が台頭していることは恐ろしい問題です。すべての人がグローバル化から便益を得られるようにインクルーシブ(包摂的)な形にしなければなりません。
グローバル化と民主主義は複雑な関係にあります。グローバル化は機会をもたらすチャンスであると同時に、社会的なまとまりにとっての脅威にもなる。TPPなどの自由貿易協定の交渉の機会を利用して、各国はグローバル化と「財政的な正義」が両立可能だと世論に示すべきでしょう。つまり、貿易自由化によって財政的な透明性を高めるのです。少なくとも多国籍企業に共通の法人税を課税しなければ、グローバル化はリスクになりかねません。
では、リスクを避けながら格差を解消するには、どうすればいいのか。古賀会長の質問が続く。「技術革新によって雇用が二極化することで、格差が広がる可能性もある。通り一遍の能力開発や職業訓練では解決できない課題だと思うが、どうでしょう?」
最善の対応は、教育への投資をすることです。世界のトップ大学の9割は米国にある。将来、技術変化が起こっても多くの人が対応でき、バランスのとれた成長を達成するためにも高等教育が必要です。欧州や日本は、もっと高等教育に投資をするべきだと思います。
ピケティ氏は、こんな言葉を残して日本を去った。
人口減少の日本で、格差に対抗するために最も重要な政策は人口を増やすこと。それには男女平等です。女性が労働市場で働きやすくし、父親たちの子育てへの関与を促す。そうでなければ子どもの数はどんどん減っていくでしょう。
シンポでは、「格差拡大が経済成長の足を引っ張っている」というOECDの最新の研究結果に、ピケティ氏が賛同の意を表すシーンも見られた。
ピケティ氏の指摘に思わずポンと膝を叩いた向きも多いのでは。さて安倍政権のブレーンの皆さんはどう受け止めたのだろう。
(文責 編集部)
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年3月号」記事を編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。