連合は、なぜ「企業におけるイノベーションによる新たな価値の創出を推進するための支援」を最重点政策に掲げたのか。「働く人」はいったいどのような影響を受けるのか、その問題意識と課題について春田連合経済政策局長に聞いた。
潮流に乗り遅れてはいけない
―第4次産業革命をどう考える?
「第4次産業革命」と呼ばれるイノベーションは、日本の産業・企業の競争力強化や市場拡大につながるものであり、積極的に進めていくべきというのが、連合のスタンスだ。「働く人」への影響など、その進展に伴い懸念される問題もあるが、現在のグローバルな生産体制の中で日本だけが立ち後れてしまうと、欧米主導の標準化が進み、ものづくりの世界地図が塗り替えられてしまう可能性もある。
懸念は懸念として対処しつつ、この潮流に乗り遅れないよう、スピード感をもって政府と産業界と研究機関が総掛かりで取り組んでいく必要がある。そう考え、2017年度の「最重点政策」に掲げた。
―働く人には不安もあるが...。
不安はもっともだ。国際労働運動においても、当初は人間の仕事が奪われるという強い危機感が示されていた。しかし、今は、この歴史の潮流を受け入れ、何をなすべきかを考えなければいけないという認識が共有されている。
もちろんどんなに技術が進化しても、機械に任せていい仕事と人間が人間たる仕事がある。人間の労働の価値を最大限尊重することは大前提であり、行きすぎた自動化・機械化にはハドメをかけていく必要がある。その上で、今、重要なことは、この流れから取り残されそうな企業や人を支援し、みんなで底上げをはかっていくことだ。
「学び直し」で新たな仕事に
―具体的な方策は?
第4次産業革命が進めば、人がやっているルーティン作業を人工知能を搭載した機械が担うようになり、従来より少ない要員・管理者で生産できるようになるだろう。代替される仕事の雇用は減少する。
しかし一方で、機械の設計開発やメンテナンスの仕事の重要性は高まり、雇用も大幅に増えるだろう。課題は、新たに求められる人材をどう確保するか。
そこで重要なのが、今働いている人たちの「学び直し」だ。より高度な知識を得たい人はもちろん、自動化で仕事を失った人たちも「学び直し」によって新たな機会を得られる仕組みをつくっていくことが必要だ。イノベーションを担う人材が十分確保できなければ、このチャンスを生かせないばかりでなく、限られた人材に仕事が集中して長時間過密労働になる危険もある。
―日本の「学び直し」の現状は?
日本の高等教育機関への25歳以上の入学者の割合は、OECD平均を大きく下回る。職業能力開発総合大学校の調査によると、社会人が学び直しする際に想定される課題として、「仕事が忙しい」、「費用がかかりすぎる」が上位を占めている。
欧米では、ILO140号(有給教育休暇)条約に基づき、サバティカル休暇(研修休暇)が広く制度化されているが、日本は、140号条約が未批准で、働く人たちは学び直しをしたくても、制度が未整備である。
また大学・大学院の学費は高額で、個人で負担するには重すぎる。企業のOFF−JT(職場外訓練)においても、特に中小企業や非正規雇用の労働者はその機会を十分得られていない実態がある。
人材の質と労働環境を高めていくことこそ、産業全体のレベルアップにつながる。産業・雇用・教育の一体的な政策を通じて、長時間労働の是正、学費の低額化や経済的支援、有給教育休暇の制度化などを進めていく必要がある。
時短とワーク・ライフ・バランスの確保を
―働き方への影響は?
生産体制が変われば、働き方も変わる。働く人を守る立場から、ワークルールの整備やワーク・ライフ・バランスの確保をいかに進めるかは、労働組合の大きな課題だ。
2次の産業革命が起きた20世紀初頭の年間総労働時間は世界的に約2600時間。それから1世紀を経て、ヨーロッパは、現在約1300時間、日本は約1900時間。同じ産業革命を経てきたのに、年間で600時間もの差が出ている。
今後、第4次産業革命が進行する中でも、労働時間が減少せず、高密度労働・強ストレス社会になって、心身の健康が損なわれるのではないかという懸念もある。
多様な働き方として在宅勤務も可能になるが、家族と過ごす時間が増える一方、労働時間管理が難しく、多くの仕事を抱え込んでむしろ長時間労働化することも考えられる。
第4次産業革命が、過労死を増加させるようなことは絶対にあってはならない。ドイツでは、労働組合も参加して「Work 4.0」という議論が始まっているが、そういう動きも参考にしながら、働き方の変化や多様化が、労働時間短縮、ワーク・ライフ・バランスの実現につながるよう、労使でメリット・デメリットを整理し、ルールを整備していかなければと考えている。
中小企業の支援強化を
―産業政策における課題は?
1つは、スマート工場などの生産システム構築に向けた、サプライチェーンを含めたさまざまな規格の標準化。経営基盤が弱く対応できない企業も出てくるだろうが、それを放置すれば、企業間の格差が拡大し、第4次産業革命の推進力もそがれてしまう。産官学が連携して早急に「標準化」のルールをつくり、中小企業を中心に支援を強化していく必要がある。
2つめは、技術流出防止策やサイバー攻撃に対する防御策の充実。情報があらゆる場所でネットとつながるようになると、中小企業の利益の源泉である独自のノウハウが流出する可能性がある。「安全とセキュリティ」対策も、産業全体で取り組むべき重要課題だ。
第4次産業革命は、日本の産業にとって大きなチャンスだ。これを生かすには、誰も置き去りにしないこと、そして新たな価値創出の源泉である「人」への投資を強化し、全体的な底上げをはかっていくことこそカギになる。
▲ 有給教育休暇とは、教育を目的として所定の期間労働者に与えられる有給休暇とされる。そして、この休暇は
1. あらゆる段階での訓練
2. 一般教育、社会教育及び市民教育
3. 労働組合教育
の3種のものに限定され、これ以外のものはこの条約の適用対象ではない。加盟国は、このような有給教育休暇の付与を促進するための政策を策定し、適用する。政策の策定と適用については、公共当局、労使団体、教育訓練機関が参画するものとされる。有給教育休暇のための財源は、費用をまかなうに足りるほど十分な額であるだけでなく、永続的なものでなければならない。
春田 雄一 連合経済政策局長
※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年8・9月合併号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。