遺伝子発現の弱点狙い、増殖抑制に成功

遺伝子発現システムの弱みを狙って、細胞やウイルスの増殖を抑える新手法の原理が発見された。

遺伝子発現システムの弱みを狙って、細胞やウイルスの増殖を抑える新手法の原理が発見された。遺伝暗号のコドンは4種類の塩基3個からなり、64種類(=4×4×4)ある。そのうち使われる頻度が低い低頻度コドンで構成された緑色蛍光タンパク質(GFP)を人工合成し、これを細菌やがん細胞、ウイルスなどで発現させると、それらの増殖の種類を問わず、非特異的に抑制することに、海洋研究開発機構の小林英城(こばやし ひでき)主任研究員が成功した。将来は、がんや感染症の治療に使える可能性をはらむ基礎的な発見といえる。3月13日付の米科学誌Applied and Environmental Microbiologyに発表した。

生物は、遺伝の設計図のDNAからタンパク質を合成する。その際に、タンパク質の材料である20種類のアミノ酸を正しく配列させるために欠かせないのがコドンである。64種類のコドンには、個々の使用頻度に偏りがある。このうち低頻度コドン(10~12種類)については、対応するアミノ酸を運ぶトランスファーRNA(tRNA)の濃度も低く、低頻度コドンと低濃度tRNAとの分子間ネットワークが、一般的なコドンと比べて非常に弱いことが知られている。これは、生物に内在する遺伝子発現システムの脆弱性、弱点と捉えることができる。

小林英城主任研究員は、この脆弱性に注目し、低頻度コドンで主に構成された人工合成GFP遺伝子を大腸菌などで大量に発現させ、この脆弱性を攻撃した。その結果、人工合成遺伝子が低濃度tNAを盛んに消費し、細胞元来の遺伝子発現に使える低濃度tRNAが枯渇して、本来のタンパク質の合成が止まることを確かめた。このため、さまざまな細胞や細菌、ウイルスの増殖が非特異的に抑制されることを見いだした。ヒトの培養細胞でも増殖抑制を実証した。その効果は大腸菌で約4時間だったが、ヒト細胞では48時間と長く持続した。

この研究は思わぬ発見がきっかけになった。深海の微生物の進化に関して遺伝子の水平伝播を実験するため、低頻度コドンの人工合成GFP遺伝子を導入したところ、この遺伝子が発現して、緑色の蛍光は観察されたが、導入した細胞の成育が止まるという予想外の結果が得られて進展した。低濃度コドンの使用は、細胞に潜む弱点で、それを狙えば、攻めやすい。コンピューターへのDoS攻撃に類似した原理だが、生物学に応用された例はないという。

小林英城主任研究員は「細胞レベルの基礎研究だが、生理活性のない遺伝子でも、低頻度コドンを利用すれば、非特異的な抗がん作用や抗ウイルス活性を示す遺伝子へと改変できる可能性を示した。人工合成GFP遺伝子は最近、合成が簡単になって、利用しやすくなった。この実験では、蛍光で判定できるのも役立つ。また、この方法なら、薬が効かなくなる耐性も生じにくい。実用までに多くの実験を積み重ねる必要はあるが、症例の少ない病気やがん、まれなウイルス感染症などの遺伝子治療への応用に結びつけたい」と話している。

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海洋研究開発機構 プレスリリース

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