小保方晴子氏に労災は適用されるのか? (榊裕葵 社会保険労務士)

理化学研究所のユニットリーダー、小保方晴子氏は4月9日に謝罪会見を行った。会見は長時間に及んだが、現在も体調不良で入院中だという。理化学研究所での勤怠に関しては、とっくに有給休暇も使い切って、現在は欠勤か休職の扱いとなっていると思われる。

理化学研究所のユニットリーダー、小保方晴子氏は4月9日に謝罪会見を行った。会見は長時間に及んだが、現在も体調不良で入院中だという。理化学研究所での勤怠に関しては、とっくに有給休暇も使い切って、現在は欠勤か休職の扱いとなっていると思われる。

職業がら気になって理化学研究所の任期制職員賃金規程を確認してみたのだが、欠勤の場合(第10条)、休職の場合(第10条の3)、いずれも賃金は無給扱いとなる旨が定められていた。余計なお世話かもしれないが、小保方氏の今後の生活が心配になってしまい、小保方氏のアドバイザーになったつもりで本稿をまとめてみた。

この記事が小保方氏本人の目に止まる可能性は低いだろうが、私は小保方氏と年齢も近いので、あれだけのプレッシャーの中で頑張っている同世代を純粋に尊敬しているし、応援したいという気持ちもあるのだ。

■労災を適用させられる可能性

まず、私がいの一番に考えたのは、小保方氏に労災保険を適用させることができないかということである。小保方氏の体調不良は、自らが撒いた種とはいえ、STAP細胞に関する一連の騒動によるプレッシャーによる精神疾患である可能性が高いと思われる。

精神疾患を患った労働者に対する労災適用の可否判断の基準として、現在実務において用いられているのは、厚生労働省が平成23年12月16日に公表した「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」というものである。精神疾患は通常の傷病に比べ恣意性が入りやすいので、公平性・客観性を期すためにこのような基準が策定されているのだ。

本基準においては、労働者が精神的なプレッシャーを受ける可能性がある業務上の様々なケースがリスト形式で列挙されているのだが、それらのケースに当てはまる事例において、実際に強い心理的プレッシャーを受けたことが精神疾患の原因であると認定された場合には労災が適用されるというルールになっている。

列挙されているケースの中には「会社の経営に影響するなどの重大な仕事上のミスをした場合」や「会社で起きた事故、事件について、責任を問われた場合」が含まれており、この点、小保方氏の場合に当てはめると、精神疾患を引き起こした原因は、業務として取り組んでいたSTAP細胞に関する実験に関する失敗及び、そのことに対する責任追及である可能性が極めて高いことは明らかあろう。

したがって、私は、現在小保方氏が、医学的に見て就労が不可能な心神喪失状態であるのであるならば、法定の手順に則って申請をすれば、労災が適用される可能性は高いのではないかと考えている。

■労災扱いになった場合のメリット

小保方氏が労災と認定されると、次の2つのメリットがある。

1つ目のメリットは金銭的な話だ。労災による傷病の治療費はすべて労災保険によってまかなわれるので、小保方氏には一切医療費の負担が発生しないことになる。

また、労災によって就労ができなくなった賃金補償として、給付基礎日額(3か月分の給料の平均を日給換算したもの)の80%を受給することができる。内訳は、「休業補償給付」が60%、「休業特別給付金」が20%である。内訳についての専門的な説明は省くが、いずれにせよ、小保方氏は就労不能状態が解消されるまで、元の賃金の80%が補償されるということだ。

2つ目のメリットは「解雇されない」ということだ。労働基準法第19条第1項では、労働者を解雇してはならない期間の1つとして、「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間」を挙げている。この解雇制限は、普通解雇はもちろん、懲戒解雇についても適用されるので、万一、小保方氏に懲戒解雇の判断が下された場合であったとしても、就労不能状態が解消され、その後30日が経過するまでは少なくとも解雇されない。身分保障という意味でも労災が適用される場合のメリットは大きいのだ。

■労災扱いがダメでも健康保険を生かし切る

残念ながら労災の適用が不可能だった場合は、入院に関する医療費の負担は健康保険上の問題となる。医療費は原則として本人の3割負担だ。ただし、医療費の負担が一定額を超えた場合には、「高額療養費」の制度により、払いすぎた医療費の還付を受けられることは忘れてはならない。そして、確定申告の際は税法上のメリットとして「医療費控除」の適用も受けることができる。

また、不就労期間中の賃金補償についても諦めてはならない。意外と知られていないのだが、健康保険には「傷病手当金」という制度があり、労災ではない私傷病による休業の場合でも、就労不能であることを健康保険の保険者に申請すれば、賃金の約3分の2が補償される扱いとなっている。補償される期間は最長で1年6ヵ月だ。

なお、労災が適用されなければ解雇をストップさせることはできないが、勤続1年以上であれば(小保方氏はこの要件を満たすと思われる)、仮に解雇されて健康保険の被保険者の身分を失った場合でも、支給開始から1年6ヵ月を経過するまでは傷病手当金を継続して受給することができる。

■裁判で解雇を争う場合は賃金支払の仮処分を

実際に小保方氏に解雇処分が下された場合、普通解雇であれ懲戒解雇であれ、納得ができない場合は解雇無効の訴訟を提起することになるが、訴訟期間中の労働者の賃金を確保する法制度があることを知っておきたい。

解雇が無効か否かの判決が出るまでには、場合によっては年単位の時間がかかり、勤務先からの給料が唯一の生活の糧である労働者にとっては、判決が出るまでの間の生活をどのように維持するかが悩みの種だ。

そこで、「賃金支払の仮処分」という手法を使うのだ。賃金支払の仮処分とは、労働者側からの申立てを受け、裁判所が解雇は無効となる可能性が強いと判断した場合、会社に対して、(裁判所が定める期間内は)賃金を支払い続けるよう命令するという処分である。この仮処分が決定すれば、労働者は当面の生活の糧を心配することなく、訴訟に臨むことができるようになる。

本件の場合、裁判所は、小保方氏の反省の態度や、理化学研究所の組織としての指導責任を踏まえ、「トカゲの尻尾切り」のような解雇は許されないと考えるかもしれない。したがって、賃金支払の仮処分が認められる可能性は相当程度あるのではないだろうか。

■解雇を争わない場合は雇用保険を有利に受給

逆に、小保方氏が解雇自体は受け入れ、次の職を探す方針の場合には、懲戒解雇の適用を回避するよう理化学研究所側と調整することが重要となってくる。懲戒解雇となってしまった場合は、再就職活動にも影響があることに加え、雇用保険の受給においても不利益が生じるからだ。具体的に言えば、懲戒解雇となった場合は、正当な理由がない自己都合退職と同様、基本手当が支給されるまで3ヶ月の給付制限が生じてしまうのだ。

そこで、小保方氏の場合であれば、長期入院により出勤できないことを理由に自己都合退職に扱いすることが落し所としては妥当ではなかろうか。これならば理化学研究所側の顔も立つし、小保方氏も「特定理由離職者(疾病により離職した者)」として、体調が回復して再就職に向けた活動を始めるに当たっては、給付制限を受けることなく、7日間の待機期間の後に基本手当を受給することが可能である。また、条件によっては基本手当の給付日数が優遇される場合もある。労使、どちらにとっても損はない最も妥当な着地点でなかろうか。

働き方に関する記事は以下も参考にされたい。

■結び

以上のように、たとえ懲戒解雇になるかもしれない瀬戸際に立っているとしても、労働者としての戦い方、身の守り方には様々な手段があるのだ。小保方氏ほど劇的な経験をする人はそうはいないであろうが、読者の皆様も、ご自身が、万一、労災や解雇といったトラブルに直面したとき、本稿の内容を思い出していただければ幸いである。

特定社会保険労務士・CFP 榊裕葵

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