私は福島第一原子力発電所事故以降、同県浜通り北部の南相馬市と相馬市、南部のいわき市において、原発事故からの復興支援調査・提言活動に従事しています。被災者の健康調査や被ばくリスクに関する分析をはじめ、避難に伴う健康リスク等の検証を主に手掛けます。現在は拠点をロンドンに置き、とりわけ国際的な研究成果の発信と政策提言に尽力し、福島の教訓を生かすグローバルな防災戦略作りに参画しています。
11月26日、兼ねてより南相馬市立総合病院と共同で行っていた、福島原発事故後の児童(小・中・高生)の生活環境・様式と、彼・彼女らの外部被ばく量(事故後18-20ヶ月時点:2012年9-11月)の依存関係を調べた研究結果が、英字誌Journal of Radiation Researchで発表されました[1]。論文自体は下記のリンクから閲覧可能です。オープンアクセスです。
原発から10-40km圏に位置する南相馬市は、原発事故後より個人線量計(ガラスバッジ:株式会社千代田テクノル)を使用し、事故当時の市内住民(特に子供や妊婦)を対象に、外部被ばく検査を実施しています[2]。子供に対しては、生活環境を含む日常生活様式に関するアンケート(以降、行動記録アンケート)も実施しており、本研究はそれらの結果を活用した研究になります。
原発事故後、子供達の放射線被ばくリスクを軽減する対策として、福島県では全481の小学校(私立国立含む)の内、65%の学校が、部活動や体育での屋外活動に制限を設けました(2012年末時点)[3]。
今年頭の新聞報道によれば、屋外活動を制限している公立学校は2014年5月時点で2%と減りましたが [4]、ただ放射線による健康被害を不安視されている家庭は依然として多く、例えば南相馬市行動記録アンケートによれば、2012年9-11月時点で約40%の児童の親は、通学中の被ばくが一日の中で最もリスクが高いと考えておられ、小学生のお子さんをお持ちの親の80%が、子供を車で送り迎えされていました[1]。
本研究のきっかけは、このような地域やお子様をお持ちの親御さんが抱いている、子供の被ばくリスクに関する不安や疑問に対し役立つ情報を提供することでした。局地的に空間放射線量が高くなっているところ、所謂ホットスポットを気にされている方もいらっしゃいます。
通学路におけるホットスポットを一瞬通り過ぎること、学校での屋外体育、放課後の屋外クラブ活動、週末の屋外での活動時間、こういった子供たちの日常生活における行動一つ一つが、如何程彼・彼女らの被ばく量に影響しているのかを検証致しました。
結論から言えば、屋外での活動時間(放課後・週末)や、屋外クラブ活動への参加、通学時間といった屋外活動に関連する生活様式には、被ばく量との統計的に有意な関係は認められませんでした。別の言葉で言い換えれば、屋外活動による児童の3ヶ月被ばく量(事故後18-20ヶ月時点)へ寄与は、本解析で検出できるレベルではありませんでした。
一方で、有意な関係が見られたのは、児童らの自宅前空間線量と児童が通う学校の校庭の空間線量でした。具体的には、自宅前線量が0.1μSv/h上がる事で、被ばく量は相対リスク比で1.1倍上昇し(例0.2μSv/h増は、1.1×1.1=1.21倍のリスク増)、また、校庭の線量が0.01μSv/h上がることで、被ばく量は相対リスク比で1.02倍に上がっていました。
【専門的な表記をすれば、0.1μSv/hの自宅前空間線量上昇に対する相対リスク1.10(95%信頼区間1.08-1.12、p
これら結果が意味することは、1日の中で長時間生活する場所の線量が、被ばく量の決定要因であり、例えば通学や外出時、屋外でのクラブ活動等、短時間の屋外活動は、被ばく量には大きく影響しない、という可能性を示唆しています。
ただ、解析対象となった児童のうち、84%が通学時間30分未満、88%が放課後の屋外での活動時間1時間以内、86%が週末の屋外での活動時間2時間以内と、全体的に屋外にいる時間は少なかったので、屋外活動時間が圧倒的に長い児童においては、屋外活動に関連する生活様式と被ばく量との間に、統計的有意な依存関係が生じる可能性は否定できません。
さらに踏み込んで言えば、トータルの被ばく量を下げるためには、ホットスポットを避けることや、屋外での活動を控えたりするよりも、長時間生活する場所の空間線量を低く維持することが効果的かもしれません。もちろん、そのホットスポットの存在が、長時間生活する場所の線量に影響する場合はその限りではありません。
ただ、もう一点着目すべき結果は、本調査期間(事故後18-20ヶ月時点)における、平均被ばく量(実効線量:地面から受ける自然由来の被ばく0.14 mSv/3ヶ月を含む)は、0.34 mSvと、高くはなかったことです。年間被ばく量を粗計算(半減期や被ばくリスクの減衰効果を考慮せず、一律に4倍)すると、1.36 mSvとなります。
これはガラスバッジ使用に関するコンプライアンスの低かった児童(学校や屋外へ持っていかない児童)を除く、計520名のデータになります。
本研究結果が、地域やお子様をお持ちの親御さんの不安や疑問にお答えできるものであれば幸いです。さらに成果が広く周知されることで、今後子供たちの被ばくリスクと健康リスク(例えば屋外活動の制限に伴う運動不足、その結果の肥満など[4, 5])をバランスする際の指針としても、活用されることを望みます。
最後に話が戻りますが、本研究では、南相馬市立総合病院の境原さん、棚木さんを初めとする放射線対策室、医療技術部、医事課スタッフの方々は勿論、金澤院長・及川副院長,そして東大医科学研究所の坪倉先生・上教授,慶応義塾大学総合政策学部の古谷教授、東大理学系研究科の早野教授のご支援を賜り、論文発表に至りました。
【参考資料】
1.Nomura S, Tsubokura M, Furutani T, et al. Dependence of radiation dose on the behavioral patterns among school children: a retrospective analysis 18 to 20 months following the 2011 Fukushima nuclear incident in Japan. Journal of Radiation Research 2015; (Advance Access): 1-8.
2.南相馬市. 被ばく検査. http://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/10,0,61,html (accessed 17 November 2015).
3.The Asahi Shimbum. Stuck indoors, Fukushima children have highest obesity rates. 2012. http://ajw.asahi.com/article/0311disaster/fukushima/AJ201212260025 (accessed 2015 17 November).
4.日本経済新聞. 福島の子供の肥満傾向続く 屋外活動制限、運動不足. 2015. http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG23H5O_T20C15A1CR0000/ (accessed 17 November 2015).
5.Guardian T. Obesity rising among Fukushima children, survey shows,,. 2015. http://www.theguardian.com/environment/2015/jan/27/obesity-fukushima-children-survey (accessed 17 November 2015).
(2016年1月13日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)