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2018年02月23日 18時11分 JST | 更新 2018年02月23日 18時11分 JST

ついに日本を滅ぼすほどの力を持ってしまったので、政治と情報発信のあり方について考察してみた

自由で開かれたものが最終的には必ず優位に立つ

こんばんは、都議会議員(北区選出)のおときた駿です。

日本を滅ぼす"ブロガー議員"に伝えたい事

http://president.jp/articles/-/24462

都議会自民党の川松都議から熱烈なカミソリレターラブレターをいただきましたので、今日はこちらにお返事をしようと思います。

まず大前提として上記のTweetの通り、こうした手厳しい批判があるからといって、川松都議との人間関係が険悪なわけでもなんでもありません

言論や政策で勝負し、また存在感を示してナンボである政治家として、他の現職都議から公の言論空間で名指しで言及されるのはむしろ誉れであり、大変うれしく思っています。

さて、川松都議の主張は主に3つの内容で構成されています。

1.やみくもな情報発信は、政策実現を遠ざけるだけで逆効果

2.おときたの質問は根拠薄弱で薄っぺらく、ネットで威勢が良いわりに議会で発言は明らかに少ない

3.メディアもこんなダメ議員を重宝するのはやめるべきだ!(ブログソースではなく独自取材をきちんとするべき)

と、私なりの言葉で要約するとこんな感じです。

ここからは主に、もっとも重要な「1」について中心的に述べていきたいと思います。

情報発信・公開に対する考えの違いは、政治家としての根幹に関わるポリシー・信条の問題であると思っています。

私は水面下で作業を進めていることについて書かないと決めています。これは議員活動の情報公開を否定しているのではありません。単純に、表に出せるタイミングまで待っているだけのことです。(中略)

大きなプロジェクトであればあるほど水面下での交渉は難航するものです。裏を返せば本質的な提言は日々のブログには記しづらいものです。私にとっての政策とは「大事に蒔いた種に丁寧に水を撒いて開花させる」ことなのです。

(上記記事より抜粋、強調筆者)

私は川松都議のような考え方のすべてを否定しませんし、そういった「水面下調整」で物事を進める政治家もまだまだ必要なのだと思います。

というより少なくとも、現時点においてはこのスタイルを取っている政治家のほうが圧倒的に多いでしょう。

「水面下で物事を進めているのだから、表に出すな!」

「政策実現を遠のかせるだけだ!」

というのは私が議員に当選して以来、「大物」「ベテラン」と言われる先輩議員たちに何度も何度も繰り返し言われてきたことです。

確かに水面下で物事を調整して、「表に出せるタイミング」で公開すれば波風が立つことは少ないかもしれません。

しかしその表に出す「タイミング」とは、誰が決めるのでしょうか?

これがたいてい遅れているから、政治の意思決定は有権者から見れば常に「いつ、どこで、誰が、何を決めているのかさっぱりわからない」というブラックボックスな状態になっています。

情報公開を否定するものではないと言いながら、事実上、今の時代に有権者が求める情報公開とかけ離れているのです。

私はそのような古い(と敢えて表現します)政治のやり方を続けてきた末路が、有権者から信頼を失った今の政界なのだと思っています。

そして何より私自身が、その古い政治のあり方そのものに強い嫌悪感を覚え、変えたいという想いを持って政治の世界に飛び込んできた人間です。

とりわけ情報化が急激に進展する社会で、物事の調整が整うまで情報を出さないやり方がいつまでも支持されるとは思えません。

もちろんだからといって、すべての情報がリアルタイムで出せるわけではありません。

>音喜多氏は見たり聞いたりしたことをすべて公開しているように見受けられます。(同抜粋)

というのはさすがに川松都議の過大評価(?)であって、ブログとSNSを全力で駆使しても見聞きしたすべては公開できませんし、私とて一定段階の情報は表に出さないくらいの状況判断はしています。

しかしその「状況判断」をする際には、できる限り公開に近い選択をするべきだと思いますし、その判断を広げる挑戦をしていきたいとも思っています。

私にとってブログや情報公開は目立つための手段ではなく、これまで信頼を失ってきた政治のあり方そのものに対する挑戦です。

水面下で物事を進める古いタイプの政治家の方々は、生煮えの情報が表に出れば無知な有権者やマスコミが騒ぎ立て、物事が悪い方向に進むと考えているのだと思います。

しかし私は、できるだけ情報をオープンにすることで多くの人々のチェックの目が働き、物事は良い方向にブラッシュアップをされていくはずだと考えます。

もちろん理想論であり、うまくいく時ばかりでないことはわかっていますが、それこそが民主主義社会において政治家が追い求めるべき原点でしょう。

オープンソースであるリナックスが数多のOSの中で突出した存在となったように、特に高度な情報化社会では、自由で開かれたものが最終的には必ず優位に立つと、自由主義者の私は固く信じています。

情報発信することで世論を喚起し、大きな流れの中で政策を実現に向かわせる手法では、何をもって「政策実現」に至ったかを特定することが難しいため、実績は証明しづらいかもしれません。

しかしながら、私が議会内外で度々主張してきた情報公開や子育て支援・社会的養護等に対する政策が前に進んだことには、一定の貢献があるものと思っていますし、見ている人には(多分)評価をされていることでしょう。

加えて言えば、水面下で物事を進めることが得意な政治家は他にたくさんいるのであって、誰ひとりとして私にそのようなことを求めている人はいないと思います(苦笑)。

国政・都政ともにまだまだ「水面下」が中心となっている政治の世界ですが、それに辟易としている有権者の数は増え続けており、いずれ逆転する時が必ずやってきます。

その時こそ、ブロガー議員が「(古い)日本(の政治)」を滅ぼすのかもしれません(?!)。

最後に2番の、「議会や委員会での発言が明らかに少ない」「根拠薄弱な憶測による質問ばかり」という川松都議からの指摘について少し触れておきます。

川松都議が何をもって「発言が明らかに少ない」としているのかは不明ですが、上記の通りNPO法人が算出した客観的指標において、私の議会質問の回数は都議会の中でも上位にランクインしています。

また市場問題特別委員会や百条委員会の委員を歴任し、NPO法人のランキングでカウントされない委員会の場でも、少数会派であるがゆえに毎回すべての質問に立っていることから、議会における発言が「明らかに少ない」ということはないと思います。

もっとも川松都議は、

「ブログの発信は圧倒的にNo.1なのに、議会質問が20位では明らかに少ないではないか!」

という比較の文脈で指摘しているのかもしれませんが、議会でぜんぜん発言しないかのような印象をもたれる可能性もありますので、ここで改めて述べておくものです。

また、「根拠薄弱な憶測による質問」ということで、百条委員会における「土壌Xデー」質問を挙げています。

おときた駿

参考:

水面下交渉の新事実「土壌Xday」。安全・安心の政治利用は、浜渦・石原都政から始まっていたのでは

http://otokitashun.com/blog/togikai/14421/

ネット上でも「デマ」「捏造」などと断定されることが多いのですが、これは東京ガス側から正式に提出された記録に元づくもので、私以外にも複数の委員がこの事実を指摘し、都議会本会議において賛成多数で可決された最終報告書の中でも認定されています

ウ 安全を軽視した交渉姿勢

この間の都と東京ガスとの交渉は、汚染があることを知りながらも土地の取得を第一に進められていた。さらに、都が政治的圧力とも取れる言動で売却を迫ったことが推察される文書が見つかっている。この文書には、都側の交渉担当者から、「土地の価格が下がって困るだろう」、「知事の安全宣言で救済するから結論を出せ」、などの発言があった旨の記載があり、東京ガスが圧力と受け止めていたことが見て取れる。こうした交渉姿勢は、土地の取得を最優先にするあまり、土壌汚染対策はどうするのかという点が抜け落ちており、安全を軽視したものであったと言える。

(「豊洲市場移転問題に関する調査特別委員会調査報告書」P10より抜粋、強調筆者)

この最終報告書に都議会自民党は反対しているので、評価に対して異論があるのも当然のことだと思いますが、「根拠脆弱な憶測」とまで断定するのには違和感を覚えます。

東京ガス側の交渉当事者がすでに逝去されていることもあり、疑惑はあるものの明確な形では解明されていないというのが、少なくとも現時点における状況ではないでしょうか。

百条委員会に関する私の総括と反省については、こちらのブログ記事も併せてご一読いただけますと幸いです。

いずれにしても、冒頭の繰り返しになりますが、異なる意見をぶつけ合いながら高めていくのが民主主義社会です。

今回の川松都議の問題提起は、情報発信に対する新旧世代の価値観を具現化してくれたように思います。

私は今後も情報発信の重要性と政策実現への可能性を強く信じ、古いやり方で失われた政治への信頼を取り戻すために活動を続けて参ります。

それでは、また明日。

(2018年2月22日「おときた駿 公式サイト」より転載)