産むという決断をしたことで、具体的にやらなくてはいけないことがはっきりしてきた。
僕はMと、今後どのようにして産むことを実現させようか話し合った。
僕たちは話し合いがしっかりとできる関係だった。これは本当によかったと思う。
Mには、こんなことになっているのに留学を瞬時に辞退しない時点で腹が立つと言われたし、僕もMに対して、自分の立場でしか物事を考えられないのか的なことを言ってしまった。
それでも、お互いすぐに相手の立場になって考えることができたと思う。
最重要で最大の難関が、親に認めてもらうことだった(特にMの親)。
親に認められるのと勘当されるのでは、全然違う。ずっと親を気にかけながら生活するのは避けたかった。
しかし、Mの両親には認めてもらえる気がしなかった。
顔を合わせたことがないだけでなく、Mは付き合っている人がいることすらも親に伝えていない。
当時、僕が知っていたことは、
Mは小学校からずっと私立の学校に通っており、大切に育てられた1人娘である。
Mの帰りが遅いと怒りの電話がかかってくる。
Mから聞いていた話では、Mの父は優しめだが、母はとても強い人。
Mの進みたい道と、母がMに進んで欲しい道は異なることが多く、Mは強い意志で無理やり反発して育ってきた。
Mの母は実家と絶縁状態で、Mは祖父母を片方しか知らない。
恐怖は大きかった。
が、絶対になんとかしてやろうというくらい強い思いは持っていた。
子に幸せになって欲しくない親がいるはずがない!
僕がしっかりしており信頼されれば、また、僕とMがうまくいくパートナーだと思ってさえくれれば、その時点で許してくれるに決まっている。
しかし、「どうしよう!?」という部分が多すぎては頼りなさすぎる。
意思だけではなく、自分たちの今後をもっと具体的に考えてから親には伝えようと思った。
それから数日後、大学の授業が始まる前に、2人で履修している大学のドイツ語インテンシブクラスのクラス分け試験があった。
試験が始まる前、僕はMに、2年間お世話になっていた教授2人に事実を打ち明けることを提案した。
理由は、
親に言うのはきつかった。
信頼できる教授たちで、密にお世話になっていた。
誰かのアドバイスが欲しかった。
事実を隠して人と接するのが辛かった。
ドイツへの交換留学が決まっていたので、辞退しなければいけなかった。
この試験では1年間の目標について等、面談があり、そこで留学についても話さなければならないかもしれない。
もはやそれどころではなかった僕は、嘘をつきながら事実を隠していくほど余裕がないと思った。
Mは少し迷ってはいたが、言おうということに賛成してくれた。
皆の面談が終わった後、教授2人と僕とMの4人が教室に残り、事実を打ち明けた。正確には覚えていないがこんな感じで切り出した。
「僕たちの間に子供ができました。産むつもりです。今後どうなるかはまだわかりませんが、頑張ります。留学は本日辞退の手続きをしようと思っています。」
教授の1人は心から喜んでくれて、おめでとうと祝ってくれた!
暗いムードで、打ち明けたため、予想外の反応だったが、祝ってもらったことは素直に嬉しく泣きそうになった。
最初に打ち明けてよかったと思った。ずっと罪人になった感覚で、自分たちが祝福される立場にあるんだなんて考えたこともなかった。
もう1人の教授も驚き戸惑いながらも、おめでとうと、祝ってくれた。
あとで、メールを書くといって励ましの言葉をもらい、その日は終わった。
2人に伝えただけで、ものすごいことを成し遂げたような達成感だった。
帰りがけに学生部へ立ち寄り、事情を話し、留学の辞退をお願いした。
受理された。
複雑な気持ちだったが、何も考えないようにした。それが自分の決断なんだろうと。
文:柳下拓也