先日行われたアメリカ大統領選挙では、ドナルド・トランプ氏が勝利を収めました。世論調査やマスメディアなどによる劣勢という報道とは異なる結果に、多くの人が驚いたことと思います。日本の有識者と言われる人々も、予想外の結果に対し、「分断政治」のはじまりだとか、「混乱の時代に突入する」だとかの様々な言い方をし、これから(日本にとっては悪い方向に)大きな変化が起きるだろうと危惧しています。私も複数のアメリカに住む友人から、「ヒラリー・クリントン氏の圧勝だろう」と聞いていたため、正直驚きました。しかし、異なる2つのデータは、事前にこのような結果になることを的中させていました。
「データ」はトランプ氏勝利を的中!
一つ目は、経済指標からの分析です。イエール大学のレイ・フェアー教授は、GDPの伸び率や物価指数といった経済指標を用いた予測モデルをつくり、公表していました。これは、前回の選挙から今回までの間の経済状況が良い場合には与党の得票率が高くなるというものです。GDP成長率の値が大きく物価指数の値が小さいほど、与党の得票率は高くなると予想されます。彼は2014年に発表した論文で、すでにこの大統領選挙での与党の敗北を予測していましたが、その予測モデルに最新のデータを入れたところ、やはり共和党が勝利するという結果となったそうです。
先日、アメリカに滞在するある事業家にお話を伺うことがあったのですが、彼曰く、「アメリカの70%の世帯がこの十数年間で確実に所得が下がっている。彼らにとって、権力の中枢にいたクリントン氏を積極的に支援する理由は何もない」ということでした。実際、11/10の日本経済新聞に掲載されていたデータをみてみると、1980年から2016年にかけて、実質経済成長率は3.2%から1.5%に鈍化する一方、上位1%の所得層が占める所得の比率は8.2%から17.9%と大幅に上昇し、経済格差は広がっていました。
人々の投票行動を的中させていたもう一つは、インターネットにおけるビックデータ分析です。インドで開発されたAI「MoglA」は、グーグル、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブなどのサイトをスキャンし分析した結果、トランプ氏が勝利すると予測していました。MoglAはインターネット上の膨大な情報の中から「一般大衆がどれだけネット上で候補者のサイトにアクセスしたりその言動を引用したりしたか」を割り出し、その数値が高い方を評価するプログラムを使っています。ジャーナリストの土方細秩子さんによると、「ヒラリーとトランプのツイッターのフォロワーの数を比べると、ヒラリー約1000万人に対し、トランプは1280万人。過去のツイート数もヒラリー9500弱に対しトランプ3万3800強、と圧倒的にトランプが多い。」ということです。(『WEDGE REPORT』、2016年11月7日)
トランプ氏は、選挙中、TVCMを打たなかったことでも有名です。もともとツイッター内での好き勝手な発言が話題になっていましたし、一般に「負けた」とされるテレビ討論の後にも好き勝手を言ってSNSを盛り上げていました。(加えて、日本の小泉純一郎元首相のように敢えて中学生でもわかる平易な言葉を使い、ニュースに取り上げてもらえるようなワンフレーズを多用したことでも知られています。)政治不信・政治離れが進む中では、何よりメディア上で多くの人々の言の葉にのることが大事なのだということを示した結果だと言えます。
「フィルターバブル」の存在
ではなぜ有識者の多くは、今回の選挙結果を当てることができなかったのでしょうか。また、なぜ私の友人たちは、ヒラリー・クリントン氏の勝利を疑わなかったのでしょうか。
拙著『18歳からの選択』の「SNS」の項に詳しく書きましたが、SNSなどによってもたらされた「フィルターバブル」が社会にはやはり根強くあり、マスメディア・有識者・エスタブリッシュメントと呼ばれる人々と一般大衆との間に深い溝が生まれてしまっていたことが影響しているのだと思います。
FacebookのタイムラインやGoogleの検索結果など、私たちが普段接している情報は、私たち自身の属性やインターネット上でとった行動を考慮して一人一人に最適化されたものです。「友達」はたくさんいるのに、タイムラインに出てくる人はいつも同じ、あるいは、PCで隣の人と同じ検索をしたのに、自分と異なる結果が表示された...などということは誰もが経験したことがあると思います。インターネット上の情報空間は、個人にとって「居心地が良い」ように設計されていて、みんなが不快な気持ちならないようになっているのです。しかしそれはすなわち、「自分と異なる価値観と出会いにいくい」ことと同義でもあります。極端に摩擦の生まれにくい環境の中で現代社会のコミュニケーションは生まれていて、ネット上にはそれをベースに同じ価値観でつながる「スモールコミュニティ」がつくられているのです。
格差が急拡大し、少数の富を持つものと多数の持たない者に別れ、いわゆる「中間層」と言われる人たちがいなくなってしまったアメリカにおいて、今回、トランプ氏は中流から落ちてしまった多くの人たちよりもさらに下層の人たちを仮想敵に設定し、移民やマイノリティの人々をやり玉にあげることによって、大衆の心を惹きつけたと言われています。そんな中、「フィルターバブル」によって「大衆」と、マスメディア・有識者・エスタブリッシュメント(大卒の、教養のあるとされる人々)の間に明確なギャップが生まれていたことが作用し、有識者や私の友人たちの判断を狂わせることにつながっていったのかもしれません。ちなみに、私がアメリカに留学していた頃は、アル・ゴア氏とジョージ・W・ブッシュ氏が熾烈な選挙キャンペーンを行う真っ只中でした。当時も事前のゴア氏への大方の勝利予測が外れたのですが、(得票率ではゴア氏が勝っていました)この時は僕の友人も、何人かはブッシュ氏の勝利を当てていたように思います。
多くの人の心を動かすには?
私はNPOの代表として、あるいは地方議員の一人として、社会や政治に参加する人を増やすべく様々な活動を行っています。しかし、もっと頑張らなければならないのですが、社会全体を見てみると、いまだにボランティアに参加する人はいつも同じ、寄付する人は一定数で増えず、政治やまちづくりに関わる人の顔ぶれも変わらないという状況です。私は「2:6:2の法則」と呼んでいますが、社会貢献やボランティアに参加する人は2割、機会があったら参加したいと考えている人は6割、そんなの偽善だ・関係ないと思っている人が2割といった傾向が、統計データによって示されています。
私も含めて、いわゆる「ソーシャル」な活動に携わっているNPOの職員や社会起業家たちが陥りやすいのは、一生懸命自分たちの活動をPRはするのですが、見ている先がやはりマスメディア・有識者・エスタブリッシュメントにどうしても向きがちで、そうすると結局いつもの人が、いつものように世の中をつくり、動かしているから何も変わらないという状況が続いてしまうということです。先ほどの「6割」をみて、働きかけなければ、決して社会はよくなりません。今の「分断の」世の中が嫌なのであれば、「混乱の」政治や経済を避けたいのであれば、あるいは何となく今の社会が窮屈だと感じているのであれば、とにかく、これまで携わって来なかった人に政治やまちづくり、社会づくりの現場に出てきてもらうことが必要です。
今後のトランプ氏の手腕に注目しつつ、私たちは私たちのやり方で「フィルターバブル」を超えて多くの人を巻き込むことを志向し、これからも政治やまち、社会に関わっていければと思います。