南シナ海問題で中国に愛想を尽かした中華系国家シンガポール~米軍P8哨戒機配備受け入れ~

なぜシンガポールは南シナ海問題で米国につくことにしたのか?

米国とシンガポールの防衛協力の拡大

2015年12月8日に、シンガポール国防大臣と米国防長官が会談し、防衛協力の拡大で合意しました。プレスリリースには、米軍のP-8ポセイドン哨戒機が、シンガポールに初めて配備(2015年12月7日から14日)されることが含まれています。

米軍P-8哨戒機は南シナ海問題での中国監視

両国公式発表には、米軍P-8哨戒機の配備は記載されていますが、活動内容は具体的には書かれていません。背景として、両国の1990年の覚書 (MOU) と2005年の"安全保障における緊密な協力関係のための戦略的枠組み合意"の範囲と説明されています。ここには中国の名指しや、南シナ海・南沙諸島への言及はありませんでした。

ところが、シンガポール・米国・中国の関係国報道によると、米軍のP-8哨戒機配備は南シナ海への対応であるとされています。

シンガポール報道

南シナ海での軍事行動で、米国が哨戒機を飛ばすことができるようになると、米国アナリストは見ている。海域の紛争地域近くで議論となっている"航行の自由作戦"を米国海軍は10月に実施した

Straits Times: Singapore to host deployment of US Poseidon spy planes

シンガポールから飛び立った米軍飛行機が"航空の自由作戦"を実施するのであれば、シンガポールは問題を持つことになるのでは、という問いにシンガポール国防大臣は、「国際法規に準拠して島を通過することをシンガポールは期待している」、と答えています

Straits Times: P-8 deployment reinforces US presence in Asia-Pacific

米国報道

中国の南シナ海での膨張的な領土主張に地域の緊張が高まっている中で、米国はシンガポールにスパイ飛行機であるP-8ポセイドンを初めて配備した

ニューヨーク・タイムズ: US Deploys Poseidon P-8 Spy Plane in Singapore for 1st Time

中国報道

P-8哨戒機をワシントンが派遣するのに北京が批判。南シナ海への米国の軍配置の企ては地域の「共通の長期の利益」にそぐわないとする。P-8は中国へ米国が挑戦する最前線で近年役割が見られる。中国はこの問題を注視していると中国国防省は発言。「二国間防衛協力は地域の平和と安定に寄与すると期待している」。中国外務省は「南シナ海は平和で安定している」が、米国は「軍隊配備を増強し地域の軍事化を増幅」していると発言。

チャイナディリー: China opposes US sending of spy plane to Singapore

南シナ海問題にこれまで中立だったシンガポール

シンガポールは南沙諸島に権益を主張していませんし、中国と国境も接していません。そのためこれまでは、中国とも他の国とも明確に与さずに、中立か他人事ととして振舞ってきました。

参考(シンガポールの国際問題への立ち位置): シンガポール あるある FAQ - 今日もシンガポールまみれ

今年11月22日に、安倍晋三首相はシンガポールのリー・シェンロン首相と会談していますが、リー首相は「国際法に準拠した形で解決を目指すことが重要」という誰も反対しようがない当たり障りがないことを言って終わっています。

ASEANでは、拘束力を持つ行動規範の策定が求められており、そこにシンガポールも賛同はしていますが、各国での立場の違いから進展の目処も立っていません。

リー・シェンロン首相「南シナ海の平和と安定の維持、航行と上空通過の自由が加盟国全体の利益だ。ASEANと、中国を含む域内諸国は全て、友人として建設的関係を維持したいと願っている」と述べた。

AsiaX: 南シナ海問題は手詰り、リー首相は安定維持を強調

(参考) PRIME MINISTER'S OFFICE SINGAPORE: Transcript of Prime Minister Lee Hsien Loong's Media Doorstop at the ASEAN Summit in Langkawi on 27 April 2015

なぜシンガポールは南シナ海問題で米国につくことにしたのか

速報が出た時に、私は当初、報道内容を疑っていました。これまでの他人ごととしていた南シナ海への中立姿勢から、大きく方向転換することになるためです。

シンガポールは以前から、米国との準軍事同盟国です。1988年にシンガポールは空軍訓練で米軍基地の利用を開始し、1990年にはシンガポールは米軍に自国基地の利用提供を開始しています。

シンガポールは中華系が国民の3/4を占める国家のため、中国べったりとの誤解を受けがちなのですが、中華系・マレー系・インド系の主要民族は対等の権利をもっており、民族への優遇はありません。外交では、共産化を恐れたことと、周囲にマレーシアとインドネシアとのイスラム国家があったこととのバランス配慮で、中国との国交樹立は遅く、1990年になってようやくです。

しかしその後は、中国を経済成長のエンジンとすることで、経済は中国、軍事は米国との関係が深く、外交については小国でもあり多方面の国とバランス外交を取っています。北朝鮮やジンバブエやキューバも含んだ国々と国交を持ち、中国と台湾との等距離外交で中台首脳会談がシンガポールで開かれたのはその成果です。

そのシンガポールがなぜ南シナ海問題で米国につく姿勢を明確にしたのか。予兆は以前からありました。例えば、安倍首相とリー首相の首脳会談で、「公海における航行の自由,上空飛行の自由の重要性」をリー首相が指摘しています。これは一般的な発言に見えますが、そうでは無かったことが判明します。P-8哨戒機配備の理由として、「人道支援災害救助活動(HADR)と海事安全保障活動」をシンガポールと米国があげているからです。様々な場で、リー首相はこれまで航行の自由の重要性を指摘してきています。

貿易国家のシンガポールにとって、5兆米ドルの海運が一年で流れる南シナ海の航行の自由は、中国を刺激してでも、守りたい国益であったようです。

また、シンガポール以外でも、オーストラリアが"航行の自由作戦"に乗り出すなど、南沙諸島に権益を主張していなくとも、中国に領有化されて、航行・航空に影響を受けるのは困る、という考えが幾つかの国で見られるようになってきています。

怒る中国ととりなすシンガポール

今回の報道の反響に一番驚いたのは、シンガポールの可能性があります。理由はシンガポール自身が説明しているように、P-8哨戒機は以前からある1990年以降の枠組みの延長線での配備であり、近年では2012年に米軍の沿海域戦闘艦 (LCS) 配備の合意発表では全く注目されていなかったためです。P-8哨戒機配備が突如脚光を浴びたのは、軍事アナリストがプレスリリースに記載がない南シナ海との関連性を指摘し、シンガポール・米国が共に否定しなかったことが理由です。

中国がとりあえず米国に怒ってみせており、シンガポール国防大臣は新アメリカ安全保障センター (CNAS) というシンクタンクでのスピーチ等で"真意"の説明に走ります。

  • 1990年と2005年の枠組みでの配備で、新しく始めたんじゃないのに
  • 2012年の沿海域戦闘艦配備では、特に騒がなかったじゃないか
  • 米国と米国軍が東南アジアにいるのは、この新興地域の発展にいいことだろ
  • これまでの米軍一辺倒から、マラッカ海峡パトロールのように米軍脱依存の動きもあるし
  • 二国間協力は米国だけでなく、中国とも他の国ともしているよ

中国から米国への明確な批難と異なり、中国からシンガポールへの反応は抑制されたものでした。中国がシンガポールとの強固な友好関係を保持することを選んだだけでなく、シンガポールは事前に中国に根回しして通知していた可能性が指摘されています。また、シンガポールは国防で米国に依存しており、批難した所で配備を変えられないから関係を悪化させるのを避けた、という解釈もあります。

シンガポールは、米国と中国の両方に親密であることを望んでいます。「いったい、どっちの国を向いているんだ」「八方美人もいい加減にしろ」と疑いの目を向けられることを懸念しています。英国の国際戦略研究所 (IISS) の研究員は「(この懸念は)消し去ることはできない」と語っています。米中の間に挟まれた状態でのシンガポールの立場は明確です。米国と中国の両方に親密であり、力の均衡を崩したり地域の緊張を高めたりすることではありません。

シンガポールにとっての幸運は、オーストラリアが航行の自由作戦を開始したことです。直接・間接的に航行の自由作戦を支援する国が増えれば、対中国で多数の国一つに紛れることができるからです。中国は現在のところ米国を中心に非難を表明しています。米国への怒りが収まった時に、配備を受け入れたシンガポールにも矛先が向く可能性があります。南シナ海については反中国を取りながら、中国の経済成長の果実を受け続けられるのか。その時がシンガポール外交のもう一つの正念場です。

本記事は下記の抜粋です。

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