THE_BLOG

人生を長く生きるには

ふと疑問に思ったことがあるんです。「あっという間」に時間が過ぎる人生と、「ゆっくり」時間が過ぎる人生って、どっちが「長く人生を生きてること」になるのかなって。
This post was published on the now-closed HuffPost Contributor platform. Contributors control their own work and posted freely to our site. If you need to flag this entry as abusive, send us an email.

何と、ふと気づいたらもう7月最終日!

更新が空いてしまってごめんなさい。

・・・って、私は先月末も同じこと言ってるんですけどね。(;´Д`)

実のとこ、最近ブログ以外にも個人的に色んな活動に手を出しておりまして、それらがとっても忙しいんです・・・。

それで、私としては間が空いてるという感覚は正直なところあんまりなくて、ほんっと「あっという間」な感じなんです。

色んな人と会って、色んな人と話して、色んな事を聞いて、色んな事を考えて。

多分皆さん分かっていただけると思うんですけど、楽しい時間がすぐ過ぎちゃうあの感じ。

確かに忙しくて大変なんですけれど、こうして好きなことをやって充実した日々を過ごせているってのは、これってすごく幸せなことなんだろうなーって、ひしひしと感じています。

それで、幸運にもそういう日々を過ごしていて、ふと疑問に思ったことがあるんです。

「あっという間」に時間が過ぎる人生と、「ゆっくり」時間が過ぎる人生って、どっちが「長く人生を生きてること」になるのかなって。

「あっという間の人生」というのは、先程も書いたように色んな事が起きて、楽しいことも多くて、充実しているおかげで時間が早く過ぎたように感じる人生のイメージです。

「ゆっくりな人生」というのは、辛いことやしんどいことが多くて「もう早く終わってよ~」て思っちゃう不幸な人生・・・というとあまりにもマイナスなイメージなので、そうではなくて、特に何も起こらない日常だけどのんびりのんびーりと気ままに生きる人生のイメージの方です。

先程は前者の「あっという間の人生」を幸せだって表現しましたけれど、後者の「ゆっくりな人生」だってやっぱりいいなーって思いますよね。

なかなか両立が難しいのが残念なところです。

で、私の疑問ってのは、寿命が同じだったとしたらどっちが総合的に見て長い人生だったってことになるのかなと。

お分かりの通り、これはただの素朴な疑問で、だから何って話ではないんですけれど、ボーっと考えるのが好きな私はついつい気になっちゃったんですよね。

単純に考えると、色々なイベントで充実した人生の時間の経ち方はあっという間で、のんびーり過ごした人生は時間の経ち方がゆっくりに感じるってことなんですから、最終的にはのんびーり過ごした人生の方が「あー人生長かったなー」ってことになりそうな気がします。

でも、そうでない考え方もあるんじゃないかなって思ったんですよ。

実際に私自身が過去を振り返る時のことを考えてみると、「あっという間」だったなーって感じるのって、その「あっという間」の流れの最中か直後の時で、大昔を振り返る時ってそういう感じって薄れてくるような気がするんです。

例えば、小学校の夏休みのことなんて、当の小学生の頃の私からしたら「あっという間だったなー」って思ってたはずですけれど、大人になった私が振り返って思うのは「あっという間だったなー」って感覚ではなくて「色んなことしたなー」「色んなことがあったなー」ってことなんですよ。

つまり、最近のことでない大昔のことって、「時間の経ち方」じゃなくって「思い出の多さ」で振り返るんですよね。

そういう意味では、「あっという間」の人生だったとしても、最期に人生を振り返った時に思うのは「あっという間だったなー」という感覚よりも「色々あったなー」の方が強いかもしれないんじゃないでしょうか。

それで、ひいては「色々あったなー、長い人生だったなー」ってなるってことも考えられるんじゃないでしょうか。

でもこう言うと、「色々あった人生」が何でいきなり「長い人生」ってなっちゃうの、って思われたかもしれません。

実はここが今日の私の話の本当の肝なんですけど、そもそも長いとか短いとかの「時間の測り方」ってものが2種類あるんじゃないかって思うんです。

例えば、「あっという間」とかの「時間の経ち方」で言う「時間の測り方」は、どうして「あっという間」と感じられるのでしょう?

多分、「時計を見たら何時間も経っていた」とか、「外を見たら日が暮れていた」とか、何かを参照して「あっという間」って評価していますよね。

つまり、客観的な時間軸というものが存在して、それに合わせて時間というものを捉えているんですよね。

逆に言うと、客観的な時間軸が存在しない時、時計が見られない時とか外の明るさが分からなくて夜なのかお昼なのか分からない時、そういう時はそんな「客観的な時間の測り方」はできないんです。

その時できるのは「主観的な時間の測り方」しかありません。つまりその間に「何をやったか」「何が起きたか」です。それでしか測れないんですよ。

だから、そういう主観的な時間が支配する状況では、「色んな事があった」が「長い時間だった」になるってことなんです。

大昔を振り返った時に「あっという間」感が薄れて、「色んな事があったな」感が強まるのは、その当時の客観的な時間軸をもはや参照することが出来なくなったからなんですよ。

そう、きっと私たちは「時計」を二つ持ってるんです。

本物の時計などの客観的な基準に時刻合わせをしている「時計」と、石碑に歴史を記すように思い出が刻まれた「時計」と。

だから、片方で長くない人生が、もう一方では長いことだってあるのです。

というわけで、最初の私の素朴な疑問ですけれど。

私の中での結論は「時計が違うだけで、どっちも長い人生なのかも」ってことになりました。

つまんない答えに思われるかもしれません。

でもね、私はこの結論で良かったって思うんです。

ゆっくりのんびり生きる人も、色々やって充実した人生を生きる人も、

どっちもある意味では人生を長く生きてるってことで、

人生を大事に味わって生きてるってことで、

人生をとっても楽しんでるってことなんですから。

だから、

「生き急いでる」なんてもう言わせないし。

「何も成してない」とももう言わせない。

どちらにしてもそれはその人の人生で、恥じることなんてないんです。

さあ、自分の人生、自由に過ごしましょう♪

P.S.

なので、私は今後もゆっくり生き急ぐことにします(・∀・)

(2014年7月31日「雪見、月見、花見。」より転載)