「病名」ではなく、個人の医療費と経済状況に応じた「難病対策」を

私は、日本人の2人に1人が一生のうちに罹患するといわれる「悪性腫瘍=がん」の患者です。その中でも、罹患率が10万人に1人の希少がん「平滑筋肉腫」を患っています。自分の病気のことを持ち出すのは個人的には本意ではありませんが、私たち「肉腫患者」は「難病」であっても「希少疾患」であっても、「がんの一種」ということで、研究対象にも特定疾患の候補にもなり得ないのです。

2014年の通常国会が、1月24日に召集されました。通常国会の最重要課題といえば、「国の予算を決定すること」です。

今年の通常国会では、難病医療費助成の国の制度が、約40年ぶりに大きく変わることになりそうです。厚生労働省の審議会において、難病患者への医療費助成を「広く薄く」する改革案がまとまり、関連法案が提出される見通しとなったのです。

この新しい制度は、果たして「患者や家族を社会で支える」という基本理念に違わないものになるのでしょうか?

私は現在、東京大学経済学部の松井彰彦教授の研究班"REASE"「社会的障害の経済理論・実証研究」のプロジェクトメンバーとして、長期療養者の当事者研究をさせていただいています。

私は、日本人の2人に1人が一生のうちに罹患するといわれる「悪性腫瘍=がん」の患者です。その中でも、罹患率が10万人に1人の希少がん「平滑筋肉腫」を患っています。罹患してから約9年の間に、13度に及ぶ手術に加え、様々な治療を受けてきました。その闘病にかかる医療費(手術費・入院費・検査費・治療費・薬代など)が莫大な金額になることは、これまで大きな病気を患ったことのない方にとっても想像に難くないことと思います。

加えて、治療中やその後の「就労」の不安定さから、収入が減ったり、仕事を辞めさせられた、または辞めざるを得ない仲間たちが、私のまわりにはたくさん存在しています。また、それらを恐れ、職場で自分の病気を隠し、一人孤独に闘病を続けている人もいるのです。

話を難病患者への医療費助成へ戻しましょう。

助成を「広く」することに関しては、今年4月からの消費税の増税も視野に入れて、年間の事業費を約500億円増やして、対象となる病気の数を56から約300に、助成する人数を78万人から100万人超へと広げようというものです。

すでに難病指定を受けている方々の助成を「薄く」することに関しては、昨年厚生労働省の難病対策委員会から出された「難病に係る新たな医療費助成の制度案」に対して、患者団体から猛烈な反対があり、最終的には一部修正がなされました。

現在は56の難病を特定疾患に認定し、医療費を助成しています。そのうち、国が認定した重症患者の医療費は無料となっています。それを当初案では、医療費助成の対象を300以上に拡大し、そのかわりに世帯収入に応じて、重症患者にも医療費を負担させようとしたのです。

その結果、難病重症者の世帯で、これまで医療費が無料だったものが、年間最大53万円の負担となる世帯も出てきました。これに対して、難病当事者からは、「経済的理由から生命維持に必要な受診を抑制する人や、医療費の重い負担に耐えかねて心中や自殺を考える人が続出するのではないか」という懸念が表明されたのです。

実はこのことは、懸念でも何でもないのです。私のまわりでは、国が認定した難病重症者以外では、すでに起こっていることなのです。

私の罹患している希少がん「肉腫」の中に、GIST(ジスト)という病気があります。私の肉腫には効くというエビデンスのある抗がん剤は存在しないのですが、このGISTには有効な分子標的薬(抗がん剤の一種)が存在します。これは、グリベックやスーテントと呼ばれるものです。これらの分子標的薬は高額であり、毎月高額療養費の自己負担限度額44400円を優に超えます。またこれらの薬は、一時的に服用して治れば終わるものではなく、効く限りにおいて飲み続けなければ、生命が維持できないものなのです。

そんな患者仲間の中には、薬の副作用がつらいこともさることながら、定年を迎えたことや家庭の事情があり、この自己負担限度額が負担になり、自分で勝手に薬を減らした方もいらっしゃいました。この方の場合は、1ヵ月ほど経った時に主治医や私に話してくださったので、なんとか元に戻すことができましたが、そうでなければ生命が危うくなっていたかもしれません。また、薬を減らすだけではなく、薬をやめ通院をやめ、静かに生命をあきらめる患者さんもいらっしゃると聞きます。

現在、「難病」や「希少疾患」といわれるものは5000種類以上もあり、欧州での調査によるとその患者数は人口の6~8%と言われています。

日本においては、難病5000疾患のうち130疾患を研究対象に指定、そのうち56疾患を「特定疾患」として医療費を助成しています。裏を返せば、特定疾患に指定されない限り、難病であっても助成は受けられないのです。

自分の病気のことを持ち出すのは個人的には本意ではありませんが、当事者研究をする立場として取り上げさせていただけば、私たち「肉腫患者」は「難病」であっても「希少疾患」であっても、「がんの一種」ということで、研究対象にも特定疾患の候補にもなり得ないのです。

こういう助成を受けられない難病患者たち=「制度の谷間」に落ちている患者たちは、闘病と並行して、「高額療養費制度」の最高額年間53万円を必死で払いながら、ある時は治療や投薬を自ら減らしたり拒否しながら生きているのです。否、生きることをあきらめざるを得ない状況にある場合もあるのです。

今回の難病重症者でも、特定疾患以外の難病患者であっても、そしてこれになり得ない希少がん患者であっても、すべて同じことではないでしょうか?

今回、助成の対象が広がることは、喜ばしいことではあります。しかし、「病名」で線引きする限りは、永遠にこのようなことが続くでしょう。

私たち患者は、「払いたくない」のではありません。「病気であっても、可能な限り働いたり、税金を払ったり、払える医療費は払いながら、尊厳を持って生きていきたい」と思っています。そのような制度が作られるべきではないでしょうか?

「病名」ではなく、それぞれが実際にかかる医療費と、個人個人の経済状況を鑑みての「助成」が、難病対策には必要だと考えます。

医療経済学のある専門家は、「難病の患者さんにかかる医療費は、一人当たりは高いが、人数は少ないので、総医療費に占める割合は低く、医療費の多くは生活習慣病など慢性疾患に使われている。また、公的な保険制度は難病の患者さんのためにこそ使われるべき。」と言います。生活習慣病の予防や薬の過剰投与削減に向けた改革は不可欠です。また、軽症者の受診や負担のあり方など、医療全体の効率化も必要だと考えます。

今回の難病対策然り、高額療養費制度然り。

これらのことは、「社会保障費を削減しなくてはいけない」という漠然としたものではなく、患者の実態をきちんと調べ、制度のあり方を十分に議論してから決めるべきことだと考えます。

難病は私たちすべてがかかり得る病です。他人事ではありません。

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