コロンビアで亡くなった一橋大学出身・井崎亮さんの事件から、私達旅人が改めて考えるべきこと

事件当日に彼を受け入れた宿のオーナーとして、数か月経った今、改めて「旅の安全」について皆さんにお伝えしておきたいことがあります。

2016年11月19日午後4時頃、世界一周中だった一橋大学の学生である井崎亮さん(当時22歳)が、コロンビア・メデジンの閑静な住宅街で2人組の強盗に遭い、拳銃によって命を落としました。

事件当日に彼を受け入れた宿のオーナーとして、数か月経った今、改めて「旅の安全」について皆さんにお伝えしておきたいことがあります。少し長くなりますが、最後までお読みいただければ幸いです。

(※井崎さんの事件については、日本での報道とは異なり、携帯電話は盗られておらず、タブレットは所有していませんでした。現場の防犯カメラでは携帯は出していないことが確認されており、財布の入ったバッグを強奪されたというのが真実です)

少し大げさに思われるかもしれませんが、中南米に足を踏み入れた瞬間から、他の大陸で培った旅のノウハウや成功体験を一旦、全て忘れてください。

例えばインドではこんなことがあるでしょう。真夜中にリクシャの運転手と数ルピーをめぐって、自分がどのエリアにいるか分からないまま路上で口論する。こんなことは旅人の通過儀礼のようなものと言われるかもしれません。日本人宿では、旅行中に強盗と戦った「武勇伝」を語る人に出会うこともあるでしょう。

ところが、そうしたことが中南米で同じように起こり、同じやり方で対処できるかというと、答えは確実に「ノー」なのです。

旅に出て、トラブルはつきもの。それを乗り越えた時、自分が一皮むけたような実感を得るかもしれません。それはツアーで観光地を巡るだけでは経験できない、ひとり旅の大きな醍醐味でもあります。以前に盗難被害などで悔しい思いをした人も、他の人の武勇伝を聞けば「次は自分も」と思うかもしれません。

しかし、もしそうした経験がある人も無い人も、違う大陸・文化圏にひとたび足を踏み入れたなら、全く違う常識がそこにはあるということを肝に銘じるべきと思います。その常識からひとたび外れたなら、すなわち少なくともここ(中南米)では命の危険があるということです。

言い換えれば、世界は一つのルールの元に存在しているのではなく、常にその土地に生きている人の肌にしみ込んでいる不文律があり、旅人はそのことに敏感にならなくてはいけないのだと思います。

またそのために現地の言葉を覚える努力をし続けることは、どこかで自分の身を守るということにも繋がるのではないでしょうか。

私も多くの旅人に出会い、大半の皆さんが安全に気を付けて旅をされているのは承知しています。それでも今回の事件以降、私自身の危惧が未だ拭えないのは、以下の理由も一つとしてあるからです。

旅情報をブログで得る時代、残念なことに、書き手は旅人にとって有益な情報ばかりでなく、事件、強盗、旅人自身による法律違反など、センセーショナルな見出しで人目を引こうという人も少なくない現状があります。自分が知る限り、事実をおおげさに書いていると思しき人もいますし、またはトラブルをあえて求めて旅をしているような人もいます。

もしそうした人たちのストーリーが多くの旅人の目に触れれば、他の旅人への影響があることは否定できないように思います。事実、ガイドブックでの日本語情報量が少ないコロンビアにおける旅のルート、アクティビティや宿情報は、旅人がブログランキング上位の人たちを追従する形で確立されてきた経緯があります。宿主から見る限り、ブログの影響力は手に取るように分かります。

「安全に旅をして、無事に帰国する」

このことがどれだけ尊いことか、そしてそのためにはどうするべきか、今一度考える必要があるのではないでしょうか。

自分も旅を始めて数か月後、有名な観光地に行っても感動が薄れている、と思ったことがあります。そんな時、スラムのような場所に足を踏み入れて「もっと見てみたい」という高揚感を覚えたことを思い出します。

旅に慣れ、飽きが来た時のいわゆる「旅ずれ」から来る行動パターンでしょう。コロンビアに来る人は旅慣れた人が多く、そういう危険な場所にあえて単独で行きたがる人も中にはいます。しかしながら、現地に住む者からすれば相当なリスクを負った自殺行為の何物でもありません。

そして旅人を受け入れる側に立った今、思うのです。自分は「現地の常識」を本当に何も知らず、「ただ運が良かった」だけなのかもしれない、と。

強盗や恐喝のような事件に遭遇した時、世界のどこかでは状況次第で取り返しのつかない結果になる可能性があります。残念ながら毎年発表される「世界都市別殺人率ランキング」(https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_cities_by_murder_rate) のワースト50に入る都市のほとんどは中南米ですが、コロンビアの首都ボゴタと第二の都市メデジンはかなり以前からランク外(アメリカからは数都市ランクイン)であるという事実を、皆さんはどう受け取られるでしょうか。

旅人の多くが「もっと滞在すればよかった」という中南米。私も人の優しさに触れ、この土地が好きで住んでいる日本人のひとりです。私自身は一度も強盗等に遭ったことがありませんし、銃声すら耳にしたことがない、そんな生活をしてきました。時間が経てば経つほどに、この土地と人を愛する気持ちは大きくなる一方、そこには厳然たるこの土地のルールや暗黙の了解が存在することを、井崎さんの事件によって今回、改めて痛感した次第です。

あの息の詰まるような一週間、彼の顔、最愛の息子さんを亡くされても気丈に振舞われたご両親、友人達の哀しみは、自分の肌の感覚として一生残っていくでしょう。そしてこのことをこれから皆さんに伝えていくのが自分の役目だと思います。

これから旅立つ皆さんも、現在進行中の旅人の方も、どこかで井崎さんという前途有望な若者がいたことを思い出してください。旅慣れている人ほど、今一度折に触れて、ご家族のことを思って、必ず生きて帰ると心の中で誓ってください。ひとりひとりの皆さんが無事旅を終え、帰国後もより充実した人生を送られることが、今の私にとって何よりの願いです。

最後に、コロンビアで旅人が知っておくべきルールをお伝えしたいと思います。これは他の国に言えることもあれば、事情が違う国もあるかもしれません。国や土地が違えば注意点も違うということを再度強調したいと思います。

※このルールは今回の事件の理由ではありません。私が普段感じていることを書いています。

1.新しい街に到着したら、歩き回る前に必ず危険なエリアを宿の人に聞くこと(得てしてターミナル周辺は治安が悪い場所が多いです。何もわからないうちにバスターミナルから宿まで歩いて行こうと思わないように)

2.外国人向けの宿はダウンタウンに集中しているとは限らないので、予約サイトなどで上位に来ている宿がどこのエリアにあるのか確認する(値段だけ安い宿は危険なエリアにあることがあるため)

3.携帯電話を出して歩かない。地図はなるべく紙に書いてから出かける

4.民族衣装や後ろからでもバックパッカーと分かる格好をなるべく避ける(よほど暑い海岸沿いを除いて、コロンビア人は短パンにサンダルという恰好はあまりしません)

5.夜遅くなってしまった場合、タクシーアプリ(Uberも可)を使うか、お店や知り合いの人にタクシーを呼んでもらう。流しのタクシーはなるべく避ける

6.万が一強盗に遭った場合、絶対に抵抗しない(これは当たり前のことですが、旅人の間ではこれを鉄則として共有するべきと思います)

皆さんの旅の安全を心から祈っています。

※この記事は井崎さんのご両親とお話しさせていただいた上で発信しています

2017年2月6日

Casa Shuhari (コロンビア・メデジン市)

オーナー 江俣 悠輔

(2017年2月7日付Facebookの投稿を転載)

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