「広告ブロック」はネットサービスの生態系を崩壊させてしまうのか?

これからのネット広告市場の主戦場になるモバイル向けに、広告ブロック・ソフトの本格販売が10日前から始まった。広告収益に頼ってきたネットメディア産業に大転換の波が打ち寄せているのだ。
メディア・パブ

「広告ブロック」がネットサービスの生態系を変えてしまうのだろうか。

これからのネット広告市場の主戦場になるモバイル向けに、広告ブロック・ソフトの本格販売が10日前から始まった。広告収益に頼ってきたネットメディア産業に大転換の波が打ち寄せているのだ。

アップルのiOS9の立ち上げ(9月16日)に合わせて、モバイル・サファリ上で広告ブロック機能を実現するアプリの出荷が始まった。2か月以上前あたりから、いくつかのサードーパーティが広告ブロック・アプリを開発していることは、頻繁に伝えられてはいた。その開発者の中にはプロットタイプの段階から、主要ニュースサイトを劇的に高速表示できると、しきりに売り込んでいた。さらにプライバシーを守るためにサイトのトラッキング機能を外せることもアピールしていた。

7月のMIT Technology Reviewの記事でも、複数のアプリ開発者が広告ブロック・アプリを、アップルのアップストアにおいて有料(安価)で販売すると予告していた。わずわらしい広告のために画面表示が遅くなったり、プライバシー行動がむやみに追跡されてたりして、不満を募らせていたモバイルユーザーにとっては、待ち焦がれていたアプリの到来であったのだ。

予告通りにiOS9の立ち上げ日に合わせて、「Peace」($2.99)、「Crystal」($0.99)、「Purity」($3.99)、「Blockr」($0.99)などのブロック・アプリが一斉に売り出された。販売初日から人気を集め、iTune Chartの有料アプリ・ランキングで図1のように広告ブロック・アプリが上位を占めた。

図1 iTune Chartの有料アプリ・ランキング。iOS9の立ち上げに合わせて販売されたコンテンツ・ブロッカーがすぐにランキング上位を占める。日本時間18日の時点では、1位がPeace、2位がCrystal、5位がPurify、15位がBlockrとなっていた

発売してすぐにトップに躍り出たのがPeaceである。開発者のMarco Arment氏は、Tumblrの共同創立者として、またInstapaperの設計者として知られており、テクノロジー分野のライターとしても活躍している。広告ブロッキングの熱心な唱道者でもある彼が開発したアプリなら、ということで多くのユーザーが飛びついた。AppAnnieによる日次ランキングで、事実上の初日(17日)から多くの国でPeaceがトップに立った。ただしドイツでは同国市場向けに力を入れているBlockrが1位となり、日本ではCrystalが3位に顔を出していた。

図2 AppAnnieによる日次ランキング 6か国を例に、iPhone向け有料アプリのトップ2を国別に掲げておく

このように広告ブロック・アプリの滑り出しは順調に進んだのだが、2日目となる18日に思わぬ事件が発生した。トップの座に就いたばかりのPeaceが突如、アップストアの店頭から消え去ったのだ。AppAnnieによる日次ランキングでも、18日からPeaceの姿が見当たらない(時差の関係で豪州では残っている)。2日間弱で3万8000本(調査会社Apptopiaのデータ)も売れた絶好調のPeaceを、売り場から取り払ったのは驚くことに開発者のMarco  Arment氏自身であったのだ。

図3 発売間もないPeaceをアップストアから取り払ったことを、開発者の Arment氏がツイッターで報告

この突然の販売中止は、これからの広告ブロッキング論争の波乱を暗示している。急に販売を取りやめたのは、良質と思われるコンテンツ(広告)までもブロックされていたとの指摘を一部の識者などから受けたためだ。ほとんどのユーザーにとって好評であっても、一部のユーザーから批判の声が出てくるのは仕方がないところがある。それでもその批判の声を受け止めて敢えてPeaceの販売停止に踏み切ったのは、 Arment氏が今の広告ブロッキングの流れに危機感を抱いたためである。

彼はPeaceの販売中止を発表した後も、広告ブロックの有用性を否定していない。彼が広告ブロック・ソフトを開発してきたのは、質の悪い広告が蔓延し、モバイルサービスのユーザーエクスペリエンスが悪化する一方の状況を変えたかったからである。つまり低質な広告をブロックすることである。

広告ブロック・ソフトでは、図4のAdblock Plusの例のように、どのサイトの広告をブロックするかを判定するためにフィルタリスト(ブラックリスト/ホワイトリスト)を用いている。

図4 Adblock Plusのフィルタリスト。Adblock Plusを作ったEyeoは、許容できる質の広告なら有料でホワイトリストに組み込んむことをビジネスとしている。グーグル、アマゾン、マイクロソフトもEyeoに払っている。これはメディアサイトに対する"ゆすり"との批判も。

Peaceでは、フィルタリストとして Ghosteryのデータベースを利用していた。でもGhosteryのリスト作りにArment氏がいちいち関わるわけではないので、リストによるフィルタリングで良質な広告がたまたまブロックされても、すぐには対応できない。彼が期待した広告ブロック・ソフトの役割は、悪質な広告を減らすと同時に、良質な広告を拡大させたかっただけに、わずかであろうと良質な広告がブロックされた事実が我慢ならないのだろう。

ところが、一斉にリリースされたモバイルサファリ対応の広告ブロック・アプリはどれも、Peaceのようなフィルタリングへの戸惑いも見せないで、アプリストアからの撤退を考えもしていない。これらのアプリ提供者のほとんどは家庭工業的で、ブロック・アプリを1人や2人くらいの少人数で2か月少々で作り上げているという。一獲千金を狙った貪欲な姿勢が目立つ。ポップアップや自動動画再生などの押しつけがましい広告にイラついているユーザーの要望に応えることに注力しており、広告ベース依存のメディア業界がどうなるかについてあまり気にかけていない。

貪欲さを見せつけるのは、サイトコンテンツのロード時間の高速化だ。その手っ取り早い方法は、できる限り広告をブロックしたりトラッキングをさせないことだ。Peaceがアップルのアップストアから撤退した18日に、代わって有料アプリ・ランキングのトップに立ったCrystalや、その後を追うPurifyもやはり貪欲だ。要するに、広告をより多くブロックし、高速表示させ、応じてアプリが沢山売れ、儲かるという流れになっている。

Crystalは、ひとつ前のブログ記事でも紹介したように、有力なニュース系メディアサイトのページロード時間が大幅に短縮できることをグラフ化して、発売前から大々的にアピールしていた。その売込みが功を奏したのか、最初の10万本の無料キャンペーンが終えて有料化になっても、順調に売り上げを伸ばしているようだ。Apptopiano調査によると、最初の1週間で約12万本のダウンロード数を得て、約8万ドル弱の売上に達したという。ちなみにフィルタリストにはAdblock Plusのものを活用している。

図5 Cristalは10万本の無料キャンペーンを実施。12時間で10万本を突破したことをツイッターで伝える 

負けじとPurifyも、NYタイムズやHuffPost、Verge、CNNなどの9ニュースサイトを対象にしたロード時間を17日の夕方に測定し、PurityがCristalやPeaceを使った場合に比べ高速化を達成しているとその当日にツイッターで伝えた(図6)。特にNYタイムズのページのロード時間は、PurifyがCristalよりも半分以下に済んでいると主張。Apptopiano調査によると、1週間で約15万ドル以上の売上に到達している。

図6 Purifyは、ニュースサイトのページダウンロード時間が競合のPurifyやPeaceに比べ短いことをアピール。

高速化競争に走る広告ブロッカーは、突き詰めれば良い広告も含めて大半をブロックする方向に進みそう。今のようなネット広告環境が続くと、広告ブロックソフトがすべての広告を表示させない形で使われる機会が増えそうである。広告収益を当てにしているネットサービスの生態系が崩れるとの危機感が出てきたのはそのためである。家内工業的に始めた広告ブロック開発者からすれば、しがらみのない立場で今の生態系を一度リセットすることに抵抗がないのかもしれない。なるべく多くの広告をたたくことに注力する。

でも、現在のネットサービスの生態系では、ユーザーとメディアサイトとの間に黙示契約があり、無料のコンテンツに接触できる代わりに広告の掲載を容認してきた。広告があるからこそ、グーグルのGメールやフォトとかフェイスブックのSNSなどがタダで利用できる。Peace開発者の Arment氏も、グローバルに成功したTumblrやInstapaperをこれまでのネット生態系で育んできただけに、生態系をリセットして混乱状態になってもらいたくないのだろう。良い広告が拡大することに注力する。

このように、広告ブロッキングをめぐる論争は波乱含みである。さらに混乱させているのが、iOS9の広告ブロック機能の仕掛人がアップルであることだ。これまで、広告ブロッカーの対象はデスクトップ(PC)広告がほとんどで、地域では米国よりもドイツ、フランスなどの欧州各国で最も普及していた。一方で急成長しているモバイル広告向けの広告ブロック・ソフトについては、今までアップルもグーグルも公式のアップストアで売らせていなかった。それが今回のモバイル・サファリ上で広告ブロック機能を実現するアプリの開発環境が整え、外部のサードパーティが自由に作り、アップルのアップストアで売ることができるようになった。

アップルが広告ブロックを後押できるのは、広告売上にあまり依存していないからだ。eMarketerの米モバイル広告売上高シェアによると、2015年にはグーグルが32.9%、フェイスブックが19.4%、アップル(iAd)が2.6%と予測されている。売上のほとんどを広告収入に頼っているグーグルは悪影響を受けそうである。でもアップルは広告ブロックを表向きには売り込んでいない。それよりもiPhoneやiPadのモバイルデバイスの売上高を増やしていきたい。アンドロイドとの差別化で、ユーザーエクスペリエンスの向上を強く打ち出している。高速性を実現する広告ブロッカーの役割が大きいわけだ。

またアップルは、iOS9の広告ブロッカーがブロックできる対象をブラウザー(サファリ)の広告だけに限定しており、アプリ内の広告はブロックできないようになっている。つまり、これからの分散型メディアの大物として注目されているApple NewsやFacebook Instant Newsはアプリで提供されるので、広告ブロッカーによってブロックされることがない。アップルとしては、iOS9の広告ブロッカーによりメディア(パブリッシャー)が窮地に追い込まれないように、広告収入を当てにしたパブリッシャーが生きる道を用意したということか。

さて、iOS9の広告ブロッカーがネットサービスの生態系を変えてしまうのか。結論から言えば、今のモバイルブラウザを対象にする広告ブロッカーのレベルでは、広告売上に及ぼす影響は心配するほど大きくなさそう。UBSの予測によると、2016年の米国の総デジタル広告費が1900億ドルとなっているが、そのうちサファリ・ブラウザ上の広告費は全体の3%に相当する48億ドルである。その中で今回のようなサファリ上の広告がブロックされて被る損害は約10億ドル規模と見ている。総デジタル広告費の約0.5%が損害を受けるに過ぎない。サファリブラウザのユーザーの2割が広告ブロック・アプリを利用しているという前提での予測であるので、実際の被害はもっと低いのではなかろうか。さらにモバイルトラフィックがアプリ中心になっているだけに、アプリ内広告をブロックさせない限り、しばらくの間大騒ぎするほど被害が膨大にならないようだ。

◇参考

Just doesn't feel good(Macro.org)

(2015年9月28日「メディア・パブ」より転載)

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