8月9日、広島に続いて長崎も68回目の「原爆の日」を迎えた。
1945年8月9日午前2時47分、原爆「ファットマン」を積んだ米軍爆撃機B-29がグアムに近い南国の島・テニアン島の飛行場を離陸。第一攻撃目標の福岡県・小倉市に向かって飛行を続けた。同9時44分、小倉市上空に到着。
しかし、視界不良のため投下目標を確認できず、三度の試行後に攻撃目標を約150キロ南西の「長崎市」に変更。同10時50分、長崎市上空に到着した。
しかし、ここでも厚い雲が原爆投下をはばむ。投下目標は当時の長崎県庁の東、中島川にかかる賑橋(にぎわいばし)付近だったが、雲で市街地の様子が見えない。搭乗員たちはレーダーで目標を探していたが、雲の切れ間からわずかに見えた市街地を目視で確認、原爆を投下した。この間、約10分間。
午前11時2分、長崎市中心部から北北西へ3キロほど離れた、松山町のテニスコート上空500メートルでプルトニウム原爆が炸裂した。
爆発と同時に空中に摂氏数千万度ともいわれる超高温の火球が発生、急速に膨張した。瞬間的にその直径は約30メートル、温度は摂氏約30万度となり、火球は最大で280メートルに達した。特に人体に熱傷を与えたのは、爆発後の0.3秒から3秒までの間においての赤外線であった。熱線により、爆心地付近の地表の温度は3,000~4,000度にも達したとの推定もある。
(原爆で破壊された市街地)
爆心地から500メートルほどの距離にあった城山小学校は猛烈な爆風と熱線に襲われ、1500人以上の教職員・児童らの命が一瞬で奪われた。
戦後、教室として使用していた被爆校舎の一部を「被爆遺構」として保存、児童らの発案により1999年2月に改装された。現在は被爆時の遺物を展示する「城山小平和祈念館」として開放されている。
【長崎市の被害状況】
死者 73,884人 重軽傷者 74,909人 合計 148,793人
罹災人員 120,820人(半径4キロ以内の全焼全壊家屋の世帯員数)
罹災戸数 18,409戸(半径4キロ以内の全戸数。市内総戸数の約36%)
全焼11,574戸 (半径4キロ以内。市内の約3分の1に当る)
全壊1326戸 (半径1キロ以内を全壊と見なしたもの)
半壊5509戸 (全焼全壊を除く半径4キロ以内を半壊と見なしたもの)
原爆投下後、数時間以内に放射性物質を多く含んだ「黒い灰・黒い雨」が一帯に降り注ぎ、熱線・爆風被害とともに強烈な放射線が人々を襲った。今なお、多くの人がその後遺症に苦しめられている。
■世界はまだまだ核兵器であふれている
ストックホルム国際平和研究所(Stockholm International Peace Research Institute=SIPRI)が発行している『YEAR BOOK 2013』によると、2013年1月時点で地球上に存在する核兵器の数は17000発以上。そのうち2000発はすぐにでも発射可能な状態にあるという。
アメリカ・ロシア両国が保有する核兵器の数は計16000発以上。全世界に存在する核兵器の9割以上を占める。続いてイギリス225発、フランス300発、中国250発、インドは90から110発、パキスタン100から120発、イスラエル80発などとなっている。これらの中には、広島・長崎で使用された原爆に比べて数百〜数千倍もの破壊力を持つ「水素爆弾」も含まれている。
これまでに実施された核実験の数では、アメリカが1054回でトップ。2位のロシアが715回、続いてフランスが210回となっている。
核拡散防止条約(NPT)に加盟しているアメリカ、イギリス、フランスは核保有の情報を公開しているが、ロシアは公開を制限しつつある。加盟国の中で唯一、核戦力の増強を進めているのが中国だ。 潜水艦に搭載可能な核ミサイル開発など、実戦を想定した核戦力の強化が進んでいるとみられる。
非加盟国のインド、パキスタン、イスラエルについては正確な保有数がわからないので推定数にとどまる。2005年に核保有を宣言した北朝鮮については10発程度、イランについてもウラン濃縮活動などで核兵器開発疑惑が持たれている。
■唯一の被爆国と使用国で廃絶をリードすべき
アメリカのオバマ大統領は2009年4月、チェコの首都プラハで「核兵器のない世界」を目指すと宣言。核軍縮・核不拡散体制の強化・核テロ防止に取り組む以降を表明した。また、ブッシュ前大統領が拒否し続けてきた包括的核実験禁止条約の批准と兵器用核分裂性物質生産禁止条約の交渉妥協案、さらにロシアとの間で戦略兵器削減の交渉を積極的に続けていくことを約束した。
世界中の人々が理解しなければいけないこと、それは一つの核兵器が一つの都市で使用された場合、それがニューヨークやモスクワ、イスラマバード、ムンバイ、東京、テルアビブ、パリ、プラハなどの大都市であっても多くの人が殺される可能性があるということ。
核兵器の拡散は止められず監視もできない。だから我々は究極の破壊兵器とともにこの地球上で生活することを運命付けられているのだと主張する人もいる。そのような「運命論」は極めて有害であり人類の敵だ。なぜなら、核拡散が避けられないものだと思い込んでしまうことは、核兵器の使用も避けられないと認めてしまっているようなものだからだ。
20世紀に人々が自由のために立ち上がったように、21世紀はすべての人が恐怖から自由になって生きられる権利のために立ち上がらなければならない。核保有国として、また、核兵器を使用した事がある唯一の核保有国として、アメリカは行動しなければならないという道義的な責任を負っている。アメリカだけではこの取り組みを成功させることはできないが、リードし、行動をスタートすることはできる。
だから今日、私は信念とともにはっきりと、アメリカが核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束をしたい。
(2009年4月5日 オバマ大統領の「プラハ演説」)
地球上には世界の都市をいくつでも壊滅させることができるほどの核兵器がまだまだ残されている。核兵器で攻撃された唯一の被爆国である日本と、核兵器を実戦で使用した経験を持つ唯一の核保有国アメリカ。
核廃絶への取り組みをリードできるのはこの二国間タッグをおいて他にないはずだ。
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