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2015年06月10日 00時00分 JST | 更新 2015年06月10日 00時09分 JST

「逆境ですら楽しめる人はいる」パリの国連で学んだ人生の楽しみかた――ノンフィクション作家・川内有緒さんに聞く

ノンフィクション作家・川内有緒(かわうち・ありお)さんの来歴は、あまりに奔放でユニークだ。

日本大学芸術学部からアメリカの大学へ進学。卒業後はワシントンのコンサルティング会社などを経て、31歳のときにフランス・パリの国連本部に転職。だがわずか5年半で国際公務員という恵まれた肩書きを捨て、日本に帰国後はノンフィクション作家に転身した。

約2000倍の倍率を勝ち抜いて国連の正規職員に採用された川内さんは、なぜその地位を捨ててノンフィクション作家となったのか。前編に続き、2014年に出産した長女の子育てを楽しみながら執筆活動をする彼女に、いまの暮らしについて聞いた。

kawauchi

■「とにかく辞めよう」と思ったら、気分が楽になった

――約2000倍の倍率を勝ち抜いて得たポストとなると、普通の人はそうそう手放さないのでは。

国連は、あまりにも入るのが大変なので、もう1回入り直すことは絶対にできない、ということだけははっきりわかっていました。それに25年間勤めあげて高額な年金を貰う人がほとんどなわけだから、1、2年働いただけで「ちょっと違う」と辞めるのは違うのかも、せっかく得たチャンスを組織の中でどうにか活かせないか、ということはずっと考え続けていました。

でも、私はせっかちなので、やっぱり何か面白いことがないと続かない性格だったんですよ。そもそも私のキャリアって一見ステップアップしているようで、実は自分の行きたい方向じゃないところにどんどん積み上がってしまった感があったんです。

最初の一歩を深く考えずに踏み出したせいで、うまい具合に転がっているようでいて、そのズレが延々と広がっていく感じが自分の中にはあって。人によってはその状況に気持ちを合わせられるのかもしれないし、私もそういう風にできると思っていたんです。でも結局はできなかった。

普通は次を見つけてから辞めるんだろうけど、それだといつまでもここに居てしまう気がするから駄目だ、とにかく一回辞めよう!と決めたらすっごく気分が爽快になりました(笑)。

■どう時間を使うか、どう仕事をするかを、自分で決められる自由

――退職後、日本に帰国したのはなぜでしょう。そのままパリの企業に転職する選択肢もあったのでは? 

日本でも暮らしてみたかったんです。日本のシンクタンクに勤めていたときも海外出張ばかりだったので、15年間ほぼ海外にいたから一度日本に戻ってもいいかなって。久しぶりの日本は意外と居心地がよかったですね。でもそれは環境というよりは、自分の働きかたを変えたことが大きいのかもしれない。

どういうふうに時間を使うか、どういう仕事をするかを、自分で決められるようになった。それが一番自分にとって重要だったんだと思います。だからどこの国で働くかというよりも、それが実現できる場所が日本だった、ということなんでしょうね。もし「もういいや」と思ったら、またどこか違う国に行きますよ。

――国連在職中にスペイン・バルセロナ在住の日本人男性と結婚された。バルセロナとパリの別居婚を続けていましたが現在は?

私が帰国した数カ月後に夫も帰国して、結婚3年目にして初めて同居生活を始めました。子供は欲しいけどパリとスペインで別々に暮らしている間はちょっと育てるのが難しいかもね、っていう話は前々から夫婦でしていて。いつかはどこかで人生を合流させたいね、という気持はありました。

■人生はよくないことの裏面に、必ずいい面がある

――2014年11月には初めてのお子さんを出産されていますが、「(結婚とは)洋上を漂う二艘の小舟だ。二つの舟の上から、お互いに『頑張って! もっとこいで!』と声をかけ合う、それが私の理想の結婚のカタチ」(『パリの国連で夢を食う。』より)という価値観は現在も変わりない?

あー、やっぱり子供が生まれると変わりましたね。娘には私たちしかいないのだから、この子が幸せになるためだったら、家族みんなができれば一緒にいたいな、と自然に思うようになりました。もちろん無理に一緒にいなければいけない、というわけじゃないけど。

夫はフリーランスのライターですが、私に輪をかけた楽天家で、とにかく馬鹿みたいにポジティブな人(笑)。でもそんな彼と出会えたことで自分も自由になれた。私の人生にものすごく大きな影響を与えてくれた人です。結婚したときは国連に勤めていましたし、当時は「フリーの人って大丈夫?」って周囲に心配されていた部分もあると思うんですよ。でも、いまは夫婦でフリーになっちゃった(笑)。

もちろん経済的に不安定な面はあるけど、娘が生まれてからは家族で一緒にいられる時間がすごく長い。多分、普通の会社員の人よりずっと長い時間を一緒に過ごせています。だから、「ああ、人生ってよくないことの裏面には、必ずいいことがあるんだ」と気づくことができましたね。

■「人生を楽しもう」それが私がパリで得た財産

――子育てをしながらだと、時間の使いかたも変わってきたのでは?

「一日が短い!」って毎日思っています。今までは夜も当たり前のように仕事ができたけど、今は夕方までには全部終わらせないといけない。執筆業は、今は出産前から書いているテーマがあるので、そのフィニッシュ作業に追われています。

――どんな作品ですか?

ちょっと一言で説明するのは難しいのですが、大切な人が亡くなったときにどんな風にその人を悼むのか、多様化している悼みかたについて、色んな人から話を聞いたノンフィクションです。悲しい話ではなくて、悼むという行為から浮かび上がってくるその人らしさを表現できればと思っています。

――最後に、作家であると同時に親として、これから我が子にどんなことを伝えていきたいですか?

人生を、楽しんでほしい。私がフランスで得た大きな財産がそれだと思うんですよ。フランス人って本当に楽しむのが上手で、ストレスがたまってても楽しむときはバーンって楽しんじゃう。『パリでメシを食う。』にも書いた日本人の鍼灸師の先生もそうですけど、逆境ですら楽しめる人はいる。だから最後に「楽しかったね」って言えれば人生はいいんじゃないかな、って思っています。

私が親として娘にやってあげられることは何だろう、って最近ずっと考えてたんですけど、「人生を楽しんでいる人にたくさん会わせてあげる」ことなのかなって気付いて。私の周囲にはホントに面白くて素敵な人がたくさんいるんですよ。彼や彼女からいろんないい影響を受けて、「こういう風に人生を歩みたいな」っていつか彼女が思ってくれたら幸せですね。

阿部花恵

川内有緒(かわうち・ありお)
東京都出身。ノンフィクション作家。日本大学芸術学部卒業後、アメリカ・ジョージタウン大学にて博士号を取得。アメリカのコンサルティング会社、日本のシンクタンク、フランス・パリの国連機関勤務を経て、フリーランスに。現在は東京を拠点に、面白い人や物を探して旅を続ける。『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』『バウルを探して~地球の片隅に伝わる秘密の歌~』で第33回新田次郎文学賞を受賞。

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