海はあなたにとってどんな場所だろうか? 海水浴に花火大会、冬の静かな海原に心安らいだこともあるかもしれない。しかし、開発が進んだ日本において美しいと呼べる海は、そう多く残っていない。
松名瀬干潟。海水浴場として賑わいも見せるが、定期的に海岸清掃が実施されるため、ゴミなどはほとんど見当たらない。
伊勢湾を臨む三重大学では、「環境ISO学生委員会」による環境保全活動が盛んだ。彼らはビーチクリーニングや環境学習の普及に精を出す。大学生といえば勉強にサークル、アルバイト…できることがたくさんある。一体なぜ若い彼らはこの活動に汗を流すのか?
委員長で生物資源学部3年生の河村さんと、同学部2年生の権藤さんに話を聞いた。
大学に入るまで、海に行ったことがなかった
――なぜ、海岸清掃を?
河村:僕は岐阜出身で、大学に入るまで海が身近になかった。なので、入学して、伊勢湾の美しさ…っていうのかな、すごく夢中になりました。下宿先も海に近いのですが、そうするとゴミが気になってくるんですよね。せっかくこんなにきれいな海があるのにもったいないなって。
生物資源学部3年 河村海斗さん
権藤:自分は、福岡の内陸部出身なんですけど、1回も海に遊びに行ったことがありませんでした。昔から漠然と海が好きで、鯨類の勉強がしたいと思って三重大学に入学しました。そうしたら、まず海が大学の目の前にあることに衝撃を受けて。波の音は聞いていると落ち着くし、毎日違う表情を見せる。きれいな日や汚い日、潮の満ち引き、風の強弱……。アニメとかマンガでしか海って見たことなかったのですが、想像していたのと全然違いました。
同学部2年 権藤恒希さん
入学式のときに海岸清掃ができると聞いて、いい機会だなと思って参加したのが始まりでした。実際に生で見て、海が本当に好きになったのが大きいですね。
――学校が海岸清掃にコミットしてるんですね。
河村:はい。「環境ISO学生委員会」は大学の構成員として活動しているんです。サークルとは違うので、僕たちが学内のシステムに発言権があります。キャンパスの内外で、海岸清掃や環境学習をしていて、約100人の学生が在籍しています。
――メインの活動がビーチクリーニング?
河村:海岸清掃はもともとNPOの町屋百人衆という方々がやっていて、ISO学生員会はそこに協力させてもらう形でスタートしました。今は、共同主催にさせてもらっているのですが、やっぱり大人の方々と調整して進めていくのは簡単ではないですね。
権藤:自分たちを認めてくれているからこそ、緊張感があるというか。報告・連絡・相談。学校ではなかなかやらないことが多いです。
海岸清掃の時は、数百人を前にして挨拶することもある。
――どんなゴミが多いですか?
権藤:一番多いのは、プラスチックゴミですね。次がペットボトル。少し前まで海岸は「ごみを捨てる場所」というくらい不法投棄が多かったと聞きました。家電は、粗大ごみに出すのにお金も手間もかかるので海岸に不法投棄したくなってしまうという……。でも、ここ数年ですごく減りました。
河村:僕たちは、卒業生の家電を新入生に無料で渡すリユースプラザという活動もやっていて。そうすれば、卒業生は粗大ごみを出さなくて済むし、新入生は無料で家電をもらえる。不法投棄も減る。
海や川より「家でやるゲーム」の方がリアルを感じてしまう世代
――海岸清掃は何人くらいで実施しているんですか?
河村:だいたい1回250人くらいの人が参加してくれます。
――すごい規模ですね。
権藤:最近は、ハイブリッドカーAQUAを製造しているトヨタの「AQUA SOCIAL FES!!」の協力もあって、参加してくれる人が増えました。それに合わせて、今、海岸清掃をしている松名瀬干潟をラムサール条約に登録できないかと、先生たちと一緒に動いているんです。企業の協力があると、参加している人が増えて盛り上がるし、登録に向けてモチベーションがあがるかなと。
権藤:ただ、僕たち学生が運営に携わって入るものの、若い参加者が少ないのは課題です。参加してくれる方は、自分の父より少し世代が上くらいの方が一番多いですね。とってもありがたいことなんですけど、同世代をもっと巻き込みたい。
――どうして若い人が少ないんでしょう?
権藤:僕もそうなんですけど、昔に比べて自然に触れる機会が少ないんだと思います。そもそも環境問題が他人事というか、無関心になってしまう。イメージですが、昔だと「どこで遊ぶ?」「川! 海!」という感じだったと思うんです。今だと「部屋でゲーム」っていうのが多いと思うので。ゲームの発売日の方が断然自分事。
なので、本当に環境問題について考えてもらうのであれば、「ポイ捨てするな!」っていうよりも、できるだけ小さい時から自然に触れ合ってもらうのがいいと思います。海や森が好きになれば、ごみや不法投棄物があると嫌な気持ちになる。
海岸清掃の際には、環境学習も合わせて行う。干潟にはたくさんの動植物がいることを身体で感じてもらうためだ。
そういうメンタリティが育まれた上で、自分の手で海を綺麗にできるチャンスがあることを知ったら、きっと自然な気持ちで参加してくれるようになると思うんです。
――自然と距離ができてしまっていると。
権藤:だと思います。やっぱり実際に体験しないと愛着って湧きづらいですし。
河村:実際、大学内で「海岸清掃に参加したいか?」っていうアンケートをとると、全然関心のない学生もいて。海がこんなに近くにあるのに、とは思うんですけど。なかなか歯がゆい気持ちになりますね。
権藤:自然を身近に感じないから、ゴミを捨ててしまうのかなって。心のどこかで「自分がゴミを捨てたところで何も変わらない」「自分がやることってちっぽけ」っていう意識があるんだと思います。
でもこれって、逆に可能性を秘めているとも思っていて。みんながポイ捨てすると、ものすごく環境が悪くなる。一方で、微力でもみんなで集まって地球にいいことをすれば、すごく大きな力になる。だから、1人1人の些細な意識を変えるのが大事なんだと思います。
空気を読みすぎて何も言わないと何も変わらない
権藤:活動の中で、地元の小学生たちと環境学習もしています。やっぱり「小さい時から自然と触れ合って欲しい」という気持ちが強くて。ただ、から回りすることも多いです。子どもたちに間違った情報を伝えてはいけないし、間違った解釈をさせてもいけない。本当は海や川に実際に行って、身体で自然を学んでほしいとも思うのですが、4〜50人を率いるのは危険もある。
――「やりたいこと」と「やれること」は違うと。
権藤:はい……。その度に大学の先生には「教える側」としてたくさん指導を受けます。我が強いので、たくさん迷惑かけていますね。めちゃくちゃ意見しちゃう(笑)。
――議論は盛ん?
河村:人それぞれかな…とは思うのですが、僕は学外の方とも意見交換することも多いので。
権藤:自分は、大学に入ってから性格が変わりました。それまでは、空気を読んで何も言わなかった時って損ばっかりしてきたなって(笑)。でも、同世代だと意見を言わない人が多い気がします。学生員会で会議をするときに何も発言しない。後で話を聞くと実は考えがあるんですけどね。
僕は、間違っていても自分のやりたいことって絶対に誰かに伝えた方がいいって思うんです。怒られるかもしれないけれど、指摘されないと同じ間違いを繰り返してしまうし、気が付けないこともあるので。特に学生員会で色んな立場の方とコミュニケーションをとっていると、本当に伝えるのって大事だなと実感します。
――すごい成長ですね。
権藤:まだまだ先輩にも先生にもいっぱい迷惑をかけちゃっているのですが……。変わってよかったなとは思います。
――卒業した先のビジョンが気になります。
権藤:自分は、やっぱり海が大好きなので、水族館で働きたいと思っています。大学の紹介で、鳥羽水族館で飼育員としてスナメリの赤ちゃんの世話をしたことがあって。観察や飼育がメインだったのですが、一緒に泳ぐこともありました。実際に海の生き物と一緒に過ごしたことで、より一層海をきれいにしたいなって思いました。
――ビーチクリーニングはずっと続けていきたい?
仕事の合間をぬって海岸清掃は続けてきたいですね。できれば……子供もつれて(笑)。人も動植物もそうですが、自分以外の生き物と触れ合うことで、見えてくるものってあると思うんです。自分もこの2年ですごく変わりましたし、1人の変化なんて小さいけれど、その積み重ねが環境っていう大きいものを動かしていく気がします。そういう人が1人でも増えていけばいい。
(写真:西田香織)
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