高級車が買えるほどつぎ込んだ治療費。不妊治療における財布事情とは?

人工授精と体外受精の間には、実に高い高い壁がある。

不妊の検査や治療を受けたことのあるカップルは6組に1組といわれる日本。決して他人事ではない数字だが、不妊治療に関する情報はまだ広く一般に普及してるとはいえない。8年間の不妊治療を経験したライターの神田りさ子さんが伝える、その現実とは?

不妊治療は何が辛い? 治療における「3つの痛み」

「私、不妊治療しているんだよね」。

もし友人に突然そう告げられたら、どうするだろう? なんと答えようか、うろたえる人も多いのではないだろうか。

不妊治療という響きは、なかなか重い。「ものもらいが出来て眼科に通っているんだよね」なんて言葉とは、訳が違う(ものもらいも見た目のダメージは大きいが)。それだけ不妊治療=辛い治療、という認識は定着している。とはいえ、不妊治療は何が辛いのか?というのは、なかなかわかりづらい。

財布の痛み、体の痛み、そして何より心の痛み——。足かけ8年にわたる不妊治療の結果、私はこの3つの痛みこそが、不妊治療の辛さの正体だと思うに至った。今回から3回にわたって、この「不妊治療3大痛み」を紐解いていきたい。......なんだかヒリヒリしそうだけれど。

ヘアサロン代でまかなえる人工授精と、ヨーロッパ旅行に行ける体外受精

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まずは不妊治療における「財布の痛み」について。不妊治療=高額な治療、というイメージを持つ人は多いだろう。それは正しくもあり、間違ってもいる。

「え、意外と安いんですね!?」

不妊治療について、通っている歯科で担当の先生と話していたときに、こんな反応が返ってきたことがある。人工授精を話題にしていたときのことだ。

「人工授精」というと、「人工的に」「受精させる」という言葉の響きから、高度な治療をイメージするだろう。ただし実際は、精子を細いチューブで女性の子宮内へエイヤッと送り込むという、素人には意外と原始的だと感じられる方法だ。

そのせいか、人工授精は保険適応外ながら、費用は1万円〜3万円程度。私がこれまで通ってきたクリニックでは1万5000円ほどだった。

1万5000円なら、おしゃれなヘアサロンでパーマでもかければ飛んでしまう金額だ。そんな金額で「人工授精」といういかにも大それた治療ができるなんて......! これは私がクリニックに通い始めた最初の頃に驚いたことだ。これはジャンルは違えど、同じ医療従事者である歯科医も知らなかったので、意外と知られていないことなのかもしれない。

ただし人工授精は不妊治療の中でも比較的早期に提案されることが多い。一般的に治療の流れとしては、不妊の原因特定のための検査から始まり、大きな原因が見つからない場合はタイミング法、人工授精、体外受精か顕微授精、とステップアップしていく。

問題は人工授精以降なのだ。人工授精と体外受精の間には、実に高い高い壁がある。ケタがひとつ違うどころか、そこに2倍、3倍をかける金額が発生する。クリニックにもよるが、1回の体外受精にはトータル30万円以上かかるのが一般的だろう。卵子と精子を人工的に授精させる顕微授精ともなれば、50万円を超えることも珍しくない。ヘアサロン代でおさまった人工授精に対し、体外受精から先は1回でヨーロッパ旅行にでも行けてしまう金額なのだ。

加えて体外受精以降には、採卵数によっても金額が変わるし、なにやらオプションがあったりもする。「アシストハッチング( 胚移植の際に受精卵の透明帯の一部を開孔して着床率の向上をはかる方法)、しますか?」なんて専門用語で聞かれて、なんとなく「はい」と答えた瞬間、あっという間に数万円が財布から消えていくのだ。

長期化するにつれ麻痺していく感覚......もはやお布施!?

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恐ろしかったのは、治療を重ねるごとに金銭感覚が麻痺していったことだ。私はお金を費やすことが「妊娠への努力」のような気さえしていた。だからヘアサロンでワンランク上のトリートメントを勧められると悩むくせに、治療のオプションに関してはまったく悩まずに「はい」と答えていた。

この感覚は、もしかしたら宗教に近いのかもしれない、と感じることもあった。「信じる者は救われる」、「これだけしたから御利益はあるはずだ」と。そもそもお金をかけて高度な治療しても妊娠できる保証はなく、妊娠できるか否かは神のみぞ知る、なのだ。そんな不妊治療ならではの事情も、宗教との共通項があるような気がした。

実際、高額な治療のときには、夫にふざけて「今日もチャリーンとお布施してきましたよ」と領収書を見せていた。最初はその高額さに目を丸くし、眉間にシワを寄せてクリニックの料金表と明細書を付け合わせしていた夫だが、そのうち慣れてしまったようだ。「チャリーンって小銭を賽銭箱に投げ入れる感じじゃないよね。札束をパサッパサッってお布施していく感じだよね」と苦笑いする余裕すら生れていた。

そんなこんなで足かけ8年。顕微授精を何度も繰り返し、途中には地方のクリニックに交通費をかけて通っていた時期なども含めると、私が妊娠・出産に至るまで費やした金額は、総額500万円を超えた。ヨーロッパ旅行どころか、高級車が買えてしまう金額である......。

「なんだかなぁ」と思ってしまう助成制度

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ちなみに不妊治療に関しては、国や各自治体による助成制度が存在する。地域によっても異なるが、例えば東京都では初回は最大30万円、以降は最大20万円を助成してくれるうえ、区による助成制度も併せて申請できたりする。ありがたい制度だが、申請がなかなか面倒なうえ、もろもろ条件が付いている。

年齢制限もそのひとつで、女性側に42歳までという制限がある。不妊治療は年齢との戦いなので、子供を望むなら早くスタートせよというメッセージが暗にみてとれる。

所得制限もあり、夫婦の前年の合算所得額が730万円未満という条件がある。共働きでともに正社員という夫婦なら、超えている人も少なくない金額だろう。そういう人たちは自力でガンバレというこの助成金......正直、なんだかなぁと思ってしまう。所得額731万円の人の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。

回数制限もあり、女性年齢が39歳までに治療を開始した場合は6回まで、40歳以上になると通算3回までとなっている。

所得制限では引っかからなかった私たち夫婦だったが、この回数制限には引っかかった。6回を軽く超える治療で、晴れて第一子を妊娠したときも、そしてもちろん第二子のときも、助成金は受け取れなかった。

妊娠しなかったときに助成金が出て、いざ妊娠したときには回数オーバーという......こちらもなんだかなぁという思いになった。かといって制限を設けないのも難しいのかもしれないが。

日本との違いが見える、世界各国の助成制度事情

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ちなみにお隣の韓国でも不妊治療には助成金があり、所得制限が2016年に廃止されている。日本同様に晩婚化、少子化が進む韓国だが、日本よりも本腰を入れて対策をしているという印象だ。

少子化対策と言えば、出生率が上がったフランス、スウェーデンでは、体外受精なども保険適応だ。それぞれ43歳未満、40歳未満までと年齢制限や回数制限はあるものの、不妊治療へのハードルはぐっと下がる。

ユニークなのはイスラエルだ。体外受精は無料で、回数制限はなし。子供2人までという人数制限、ならびに45歳までという年齢制限はあるものの、世界でも最も不妊治療がしやすい国のひとつに違いない。同国のマジョリティーを占めるのは、長きにわたって国土を持たず、それでも血を絶やさなかったユダヤ人だ。彼らにとっては、ユダヤの血を引く子こそが国の財産だという認識が強いのかもしれない。

こうした対策と事情ゆえ、イスラエルでは合計特殊出生率(※女性が一生の間に産むとされる子供の数に相当)が3を超えている。これは先進国の中では突出して高い。ちなみに日本は2016年に1.44とその半分にも満たない。

●無事に妊娠・出産したその後も......

Kohei Hara

私は結果的には妊娠・出産したが、妊娠しない可能性だって大いにあった。もしそうだったら、足繁くクリニックに通って治療を受け続け、そして精神的にもダメージを受け、加えて財布からは500万円もが飛んでいったのだ。私は妄信的になっていたために続けたが、治療をあきらめる人もいるだろう。一方でもっと治療費をかけている人だっている。

そして無事子供を授かった私たちだが、これから子育てにお金がかかるというのに、貯金はすっからかんだ。「あのときの治療費があったらねえ......」というのは考えないようにはしているが、それでもふと頭をよぎることがある。そのたびに、せめてもう少し財布に優しい治療だったらなぁと、ため息が出てしまうのだ。

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