もしスティーブ・ジョブズが日本の工場で働いたら? 出口治明APU学長がめざす、これからの人材教育

「人は一人ひとり、みんな違う」
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Apple共同創業者・故スティーブ・ジョブズ氏(左)と立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明学長
AFP時事/HuffPost Japan

「大学は、10年後の日本を映す先行指標だと思うんです」

そう語るのは、立命館アジア太平洋大学(APU)学長・出口治明さんだ。1月に「ライフネット生命保険」創業者から大学の学長へ。異例の転身は大きな話題となった。

世界約90カ国から約6000人の学生が集まるAPUで、出口さんはどんな教育を目指すのか。そのヒントは、ロンドン駐在時代に出会ったイングランドの初等教育にあるという。「人は一人ひとり、みんな違う」。APUが目指すダイバーシティの形とも通じる。

学長就任から1カ月を迎えたいま、出口さんが思い描く人材教育について聞いた。

■「大学こそがダイバーシティの母体になるべき」

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Kei Yoshikawa/HuffPost Japan

――学長の選考過程で、選考委員会にミニ講演をされたそうですね。どんなことを話されたのでしょうか。

簡単に言えば、日本の置かれている現状って「貧しくなる」か「高齢化で出ていくお金を取り戻す」しかないということですね。

世界で最も高齢化が進んでいる国ですから、なにもしなくても1年経てば1つ歳をとって出費がかさむ。予算ベースで年間5000億円ずつ出費が増えていくわけです。そうなると、「貧しくなる」か「その分を取り戻す」かの2択しかない。

「取り戻す」ということは経済成長を目指すということです。単純にいえば人口×生産性。でも、人口は簡単には増えない。そうなると「貧しくなる」か「生産性を上げる」かの2択しかない。

生産性を上げるために大事なのは「長時間働いてもあかん」と自覚することです。アイデアやダイバーシティが大事です。

僕は、大学は10年後の日本社会を映す先行指標だと思うのです。大学で学んで、色々な発想を得た人が、社会に出て働き、大学で行った基礎研究が将来の日本の競争力のもとになる。

だから大学こそがダイバーシティの母体になるべきです。そうでないと、馬車馬のように働いても、もう生産性が上がらない。僕はそのように社会を見ていますよと、そんなことを話しました。

■「東大だけが頑張っても、日本の大学の地位は上がらない」

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東京大学の本郷キャンパス内にある安田講堂
時事通信社

――確かに、大学って将来に向けて種を蒔く時期なんでしょうね。

僕自身は、(イギリスの教育専門誌が発表する)THE世界大学ランキングでトップ100校の中に日本からわずか2校しか入っていないことが悲しいし、恥ずかしい。日本の経済規模とか人口を考えたら、こんなもんじゃないだろうと。10校くらい入っても全然おかしくないですよね。

でも、それは個々の大学が切磋琢磨して、世界の中での地位を上げていくことでしか成し得ないと思うのです。

山と一緒で、裾野が広くならなければ頂上は高くならない。だから、東大だけが頑張っても上がるわけでもない。日本の大学全体の裾野が広くなって、みんなが競争することによって、日本の大学全体の地位が上がっていくと思うのです。

すでにAPUは、国際的な機関から認証を得ています。例えば、アメリカのマネジメント教育の国際的な認証評価機関に「AACSB」というのがありますが、日本で認証されたのは慶應義塾大学大学院と名古屋商科大学とAPUの3校しかない。

こうした国際的な認証を受け、APUは2017年のTHE世界大学ランキング日本版で24位になりました。創設わずか17年ですよ。立命館の本体が22位ですので、これはすごいことだと思っています。

APUの先輩のみなさんが、がんばってここまで育ててきたものを、さらに上を目指してもっとランクを上げていく。それが僕の仕事だと思っています。

■日本に足りないのは「中長期的なビジョン」

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Kei Yoshikawa/HuffPost Japan

――目先の目標ではなく、日本の大学全体の地位を上げることを考えている。

日本の経営者は、中長期のビジョンをつくることが苦手ですよね。ある企業の経営者に話を聞いたら、「次の経営計画は3カ年で考えている」と。

でも、国連ではSDGs(持続可能な開発目標)という2030年に向けた壮大なプランを作っています。

APUでは2年ほど前に、是永駿・前学長の下で「2030年ビジョン」をつくっています。APUで学んだ人が世界各地に散っていって、それぞれの持ち場所を見つけて、そこでAPUで学んだことをベースに行動を起こして世界を変えていくというプランです。

創設わずか17年で、卒業生およそ1万5000名が140ほどの国に展開し、がんばっている。一つの大学から140の国に人材が散らばっているって、すごいことだと思います。

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APUの外観
立命館アジア太平洋大学

別府にあるAPUのキャンパスに初めて行ったときは、約90の国から若者が集まってる様子をみて「若者の国連みたいだなぁ」と感じました。

ダイバーシティあふれる環境で学べる日本人の学生も、すごくいいチャンスを与えられている。そんな大学のかじ取りを任せられたからには、大学の地位を少しでも上げていきたい。

イギリスの大学評価機関QS(クアクアレリ・シモンズ社)の世界大学ランキングのアジア地域編では、APUはまだ200番台の終わりのほうですけれど、これを200番台の前半に、次は100番台に。それから100番以内へと着実に上げていくことを目指してがんばっていきたいと思います。

■「最もグローバリゼーションが必要な国は、日本だ」

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1853年7月、ペリーの浦賀来航(ペリーの日本訪問報告書に掲載されたペリー上陸の模様)
時事通信社

――生命保険畑をずっと歩まれてきたので、違う業界のトップになることに不安はありませんでしたか。

もちろん知らない世界ではあります。でも、「知らない」というのはファクトなので、今から勉強していくしかない。

不安に思ったら不安が解消するかといえば、解消しないですよね。過去は変えられないし、変えられるのは今日からしかない。これから一所懸命に学んでいきたいと思います。

日本は、近代の高度産業社会を基礎づけた3つの要素、化石燃料も鉄鉱石もゴムも持ってないわけですから、むしろ先進国の中では1番にグローバリゼーションに対応していかないと、栄えることはできない国です。

アメリカのように化石燃料が「山ほど出るで!」という国は自国ファーストで生きていくこともできるでしょう。でも、日本は平和な世界を築き、その中で自由に交易をやることによって、豊かな国をつくるしかないのです。

世界の先進国の中で、最もグローバリゼーションが必要な国は日本だと思っています。

世界を目指せる最先端の大学で、新しいチャレンジする機会が与えられたということは、とて楽しいことです。僕自身、本当にドキドキ、ワクワクしていますよ。

■「人間、一人ひとりが違うことは当たり前だ」

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Kei Yoshikawa/HuffPost Japan

――APUのように多様性を重んじる教育機関がある一方、生まれつき茶色い髪の生徒に黒染めを強要した高校があったという報道もありました。多様性や個性が認められる社会になるために、日本には何が必要なのでしょうか。

めちゃくちゃな話ですよね。

多様性については、僕が日本生命時代にロンドンに駐在していたときに経験したエピソードが参考になると思っています。

当時、僕は日本生命のロンドン事務所長を勤めながら、日本人学校と日本人向けの病院の管理を担当する日本人会の理事もやっていました。

その時に知った、ロンドンの幼児教育の話がとても印象に残っています。

ロンドンの幼稚園では、はじめにまずクラスの全員をお互いに向かい合わせに立たせて、相手をじっと見つめさせるんですよ。

――見つめさせるだけ?

はい。子どもたちはクラスの全員とそれをやる。終わったら先生が「同じ人はいましたか?」って聞くんです。そうしたら、一卵性双生児がいない限り「みんな違う」と答えるわけです。

そして先生は次の質問を出すんです。「じゃあ、考えてることは一緒ですか、違いますか」って。

すると子供達は「外が違うんだから、中も違うよね」と答えるわけです。そして「それなら感じたことや思ったことは、言わなければ相手に伝わらないよね」と、みんな納得する。

「一人ひとりが違うことは当たり前だ」と小さな頃から教えるんですね。これがイングランドの教育だったんです。

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Kei Yoshikawa/HuffPost Japan

――面白いですね。

一方で、日本は戦後、製造業の工場モデルが社会を引っ張ってきた。製造業の工場モデルにふさわしい日本人を育てようとした。

「みんなで決めたことは守る」「協調性が高い」「空気を読める」という能力なんですよ。そうでないと(工場の)ベルトコンベアーが止まりますよね。でも、例えば、ベルトコンベアーの前に(Apple創業者の)スティーブ・ジョブズを立たせたらどうなると思います?

――指示は聞かないかもしれませんね...(笑)

ベルトコンベアーが止まっちゃいますよね(笑)。でも、いまや日本の産業における製造業の割合は4分の1を割り込んで、サービス産業が中心になっている。ジョブズのような人間を育てなければ、この国の陽はまた昇らないんですよね。構造的にそういう状況に来ている。

もっともっとダイバーシティにあふれた人材の厚みや、とがった人間が大事になる。そのためにAPUはあるんだと思っています。もっともっと、自分のとがった個性を大事にする学生と教育や研究をやることは、日本のためにもなるし、世界のためにもなると思ってます。

「2030年ビジョン」にあるように、ここで学んだ人が行動して、それぞれの持ち場で世界を変えていくんだと信じています。