偏見や差別を助長する報道はもういらない。LGBTQ当事者が要望書を提出した理由

「個人の性的指向を暴露することは、感染防止につながらないことは歴史から学べます」「韓国のようにゲイの感染が報じられれば、バッシングの根拠になる可能性がある」と発起人は語る。
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LGBTQ当事者や支援者らが提出した要望書
HuffPost Japan

感染症についての報道は、どうあるべきか。性的マイノリティの当事者や支援者らが発起人となり、内閣府とインターネットメディア協会に要望書を提出した。差別につながりかねない報道のあり方に対し、Twitterなどでも繰り返し問題提起してきたノンフィクションライターの石戸諭さんが、発起人らを取材。韓国の事例やHIVの歴史を紐解きながら、ハフポストに寄稿した。

プライバシー暴露は感染症防止に役立つか?

「LGBTQへの偏見、差別を助長する新型コロナウイルス報道はやめてほしい」――。

当事者や支援者が発起人となり、内閣府そしてインターネットメディア協会に要望書を提出した。背景に何があるのか。

要望書提出の発起人の一人、柳沢正和さんはこう語る。「プライバシーを暴露する過剰な報道が、感染症を拡大させていく。今が感染症対策の歴史から学ぶ時です」

柳沢さんは外資系金融会社に勤務しながら、LGBTQ啓発や運動に取り組んできたゲイの当事者だ。

申し入れの契機になったのは、今年5月、韓国のゲイバーで起きた集団感染だ。

韓国政府は感染者の追跡調査として、利用客の携帯電話のデータ、クレジットカードの利用履歴、防犯カメラの映像を利用し、特定を進めた。

柳沢さんたちが、現地の当事者団体に聞き取りをしたところ、メディア上で、感染が広がった店を「ゲイクラブ」と報道したことを受けて、SNS上で同性愛者に対するバッシングが一気に過熱し、YouTuberなど個人も動き出した。

当日店を利用していた人を特定する動きも起きたという。さらに調査の過程で、当事者の家族に連絡が入り、本人が望まない性的指向のアウティング(暴露)も起きた。

これは韓国だから、起きたことだろうか

これは韓国だから、起きたことだろうか。そうではないと柳沢さんは考えている。

懸念する2つの「出来事」が日本でも起きているからだ。第1に、日本政府は濃厚接触者の追跡アプリ導入を目指している。 現状、日本はドイツやエストニアなどとともに、プライバシー保護を優先し、当局が電話番号や位置情報を取得せず、接触者データはアプリを利用した各端末、各ユーザーが管理する方式を採用する方針を打ち出しているが……。

「ITを活用した情報の取得、感染症対策をすべて否定する気はありません。クラスター対策にもつながるのでしょう。強調したいのは、政府が今後、個人の性別、行動履歴を取得するようなやり方に変えることは賛同できないということです。今の政府の方針を変更せず、最後まで維持してほしいと思っています」

韓国で起きたことを繰り返さないために、テクノロジーの活用にも慎重さが求められる。

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KAZUHIRO NOGI via Getty Images

西浦博教授の発言

第二の懸念は厚労省クラスター対策班で、一躍「時の人」となった西浦博・北海道大学教授(理論疫学)の発言だ。

彼は4月11日に掲載され、ヤフートピックスにも取り上げられたネット媒体のインタビューで、「一般市民」には感染が広がっていないといい、「それ以外の方も港区の繁華街などに集積した感染者ばかりです。性的に男性同士の接触がある人も多い」と語った。

私も含めて、わざわざ特定の性的指向に言及したこと、それも「一般市民」との対比させたことについて差別や偏見を助長するのではないか批判の声も上がり、西浦氏はTwitter上で発言を謝罪した。問題はその先にある。

 

「レッテル貼り」につながる危険性

感染を防ごうと柳沢さんたちが調べたところ、東京都内の繁華街などで、ゲイコミュニティーの間でクラスターが発生し、感染が広がったという事実は確認できなかった。

 「新型コロナウイルスは、特定の性的指向によって感染が広がるものではありません。なぜあの時期に、あたかもゲイの間で感染が広がっているかのような情報発信をしたのかはわかりません。これはレッテル貼りにつながります。

確実に言えるのは、こうした発信をすることで感染そのものや感染経路や接触した人を明かしにくくなる人がいるということです。(同じく感染症である)HIVの歴史を思い出してほしいのです」

私が懸念したのも同じことだった。注意を呼びかけるのはいいだろう。だが、中途半端に公開された情報が独り歩きするリスクがある。

その先に起こるのは、立ち寄った場所や接触した相手を言わなくなることだ。経路が追えなくなり、疫学調査も行き詰まる。

韓国ではメディアの報道により、逆に追跡が難しくなり、当局は匿名での検査を行う方針に転換した。その結果、実名での検査に限っていたときに比べて、検査数は8倍以上に増えたという。

柳沢さんとともに共同発起人となった、HIV啓発活動に取り組む「ぷれいす東京」代表の生島嗣さんは「(HIVが拡大し始めたころ、ゲイへの)スティグマが強化され、向き合うことが難しくなった。その結果、HIV検査を受けることのハードルが上がってしまった」と語る。

HIVは1980年代〜90年代にかけて「ゲイの病気」であるというレッテルが貼られたことで、異性愛者でも感染が広がる病気なのに、言いにくい「空気」だけが残り、感染拡大防止という目的はより困難なものになっていった。

 「今、新型コロナ問題の最前線にいる感染症専門家の皆さんは、HIVの歴史を知っています。事実なら何を言ってもいいというわけではないことは、わかっているはずです。仮に、LGBTQの間で感染が広がったとしても、そのような情報は表に出すべきではないのです。

個人の性的指向を暴露することは、感染防止につながらないことは歴史から学べます。西浦さんの発言はインターネットで残り続けます。もし、韓国のようにゲイの感染が報じられれば、バッシングの根拠になる可能性がある。 百歩譲って、残しておくことで感染防止に役立つなら残すのもいいのですが、私は役に立たないと思います」(柳沢さん)

感染症対策で暴露や差別が肯定される懸念 

2つの懸念が結びつく先にあるのは、感染症対策の名の下に、暴露や差別が肯定されてしまう社会だ。韓国の出来事は決して人ごとではない。今の時点で事例から学び、手を打つ必要があるものだ。申し入れにはこう記載されている。

《ゲイ、レズビアン、バイセクシャルといった性的指向においてマイノリティである者にとって、自らの性的指向の暴露(アウティング)は、自身の家族関係や就労環境を不安定なものにし、仲間との人間関係を分断し孤立に追い込んだりしかねないものです。 また、断片的な情報が不必要に表面化することで、当人が実際に性的指向におけるマイノリティであるかどうかにかかわらず、性的指向に関するいじめや嫌がらせを誘発することも懸念されます》

 《出生届に記載された性別とは異なる性を生きるトランスジェンダーにとっては、性別情報は秘匿性が非常に高いことがままあり、特に、法律上の性別と社会生活上の性別が異なる場合に法律上の性別が公表されることは、社会生活上の困難を引き起こし、また、当人の尊厳を損ないかねません》

この要請は新聞協会、NHK、民放連といったマスコミ団体にも申し入れる予定だ。

「要請と努力」はセット、という動き

一方で柳沢さんは、ポジティブな変化も実感している。LGBTQコミュニティから新しいルールを作る動きがでてきたからだ。

一例が共同発起人であり、一般社団法人LGBT理解増進会の繁内幸治さんが作成した新宿2丁目の飲食店向けのガイドラインだ。HIV対策にも尽力してきた岩室紳也医師の協力を取り付け、12ヶ条からなるガイドラインが出来上がった。

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ガイドライン
柳沢さん提供

カラオケを避け、大きな声も出さない。入れる客は減るかもしれないが、できる限り2メートル程度の距離を開ける……。 事業者も客も一体となって、「要請と努力」をセットで訴える。感染症対策のコストを自分たちからかけて、「唯一無二の場所」を守っていく姿勢を示す。

 繁内さんは「今回のようなコミュニティでの感染症の取り組みによって、もし感染者が出た際には、出来る限りの努力をしていたことが、バッシングを防ぐ非常に大きな力になります。皆で感染症対策を考えるプロセスが、コミュニティを成熟させ、行動変容を伴った本当にコロナに強いコミュニティを作ることができます」と話す。

柳沢さんは「人間は表の世界だけでは生きていけません。2丁目のような秘密を守れる拠り所が必要なのです。プライバシーが守られ、安心して自分を出せる場所で三密を避ける。そこに知恵を出すときです」と語った。

 

感染症対策と性的マイノリティーが秘密を守れる場の両立へ

感染症対策と性的マイノリティが秘密を守れる場の両立という、難しい課題に取り組む人々がいる。当然、医療的観点、科学的観点からの報道は重要だ。しかし医療者や科学者の発言や、メディアが打ち出す「ファクト」は、時に社会にはびこる偏見や差別を正当化する働きをもつ。真意は違う、だけでは通用しない世界がある。

LGBTQを追い詰めない感染症対策とは、すべての感染者のプライバシーが守られ、感染経路の特定に協力しやすい対策とイコールである。

LGBTQが「マイノリティー」だから特別な対策が必要なのではなく、個人の人権を守るためにも、感染拡大防止のためにも必要だから取り組むのだ。

関係者の努力を肯定し、再起動を後押しするために「何を報じ、何を報じてはいけないのか」。メディア団体が自発的にガイドラインを作る動きも出てきたが、これだけではまだ不十分だ。彼らの懸念に応え、沿った報道をしていく必要がある。ボールは今、報道側に投げられている。

(文:石戸諭 /編集:南 麻理江)