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2015年11月25日 23時38分 JST | 更新 2016年11月24日 19時12分 JST

移民に「値札」!? 幸福度1位の福祉国家デンマークでどんな議論が起こっているのか

移民にプライス・タグ(値札)を付けるような議論をすべきなのか。

移民にプライス・タグ(値札)を付けるような議論をすべきなのか、国民の間でも意見が割れている――。高福祉国家デンマークで、移民と税をめぐる取材の最中、こんな話を聞いた。2013年の国連報告書で「幸福度」世界一になった国で、何が起きているのか。(文・写真=朝日新聞GLOBE・神谷毅)

■教育費用が影響

「プライス・タグ」とは何とも直接的な表現だが、ここでの議論の文脈では、移民が納めた税額から、医療や教育など政府から受け取るサービスを引いた額を指している。代表的なものは、政府の統計データを使って民間シンクタンクが2013年にはじいた数字だ。

〈写真:議論を呼んだシンクタンクの報告書 photo/Kamiya Takeshi〉

デンマーク商工会議所のヤコブ・ハウンさんはこう解説してくれた。

先進国の出身でない移民、つまり低い水準の教育しか受けられなかった移民は1人あたり年1万7000クローネ(約30万円)、納税額が足りません。つまり、国の財政にとってはマイナスです。一方、先進国から来た高い教育を受けた移民の場合は、1万9000クローネ、納税額の方が多いのです。つまり財政にはプラスです。

GLOBE記事「論争ある福祉国家の『サイズ』」より)

つまりは、教育にかかる費用に左右される面が大きいということだ。ちなみに、デンマークで生まれたデンマーク人も、財政には1人あたり6000クローネのマイナスだという。これまでは北海の石油・ガスの収入が国庫の支えになってきたが、近年は赤字に振れている。

デンマークは2013年の国連報告書で「幸福度」世界一になった国だ。手厚い福祉が評価されている。半面、税金も世界トップレベルの高さだ。消費税は25%、平均的な給料なら半分近くが所得税として集められる。日本では、それぞれ8%、20%台だ。

一方で、デンマークは移民に寛容な国といわれてきた。1960~70年代にかけて、労働力を補うためパキスタンやトルコなどから出稼ぎ労働者を受け入れた。定住する人も多く、いまや人口560万の約1割を移民が占める。デンマークの人たちが避ける厳しい仕事を担う欠かせない存在ともなっている。

だが、今世紀に入って、風向きが変わってきた。今年6月の総選挙では、移民を増やさないことを掲げた右翼のデンマーク国民党が第2党になった。移民は、あまり税を納めないのに、高いサービスだけは受けているのではないか。そんな「ただ乗り」批判が強まる。国民党は中道左派以上に手厚い福祉政策を掲げており、そのためにも移民は受け入れられない、としている。

〈写真:デンマーク・コペンハーゲンの街並み。右の建物は商工会議所 photo/Kamiya Takeshi〉

商工会議所のハウンさんは、「国は医療や教育などのサービスを提供し、国民は高い税を納める。国の運営のためには、この間のバランスを取らないといけません。これは福祉国家ならどこでも直面する問題だといえるでしょう」と話した。ただ、社会の高齢化が進むなかで、移民の労働力は必要だとも指摘する。大事なのは、移民も働いて、そして税を納めることだという。

デンマーク政府は、1992年以降、高い技術を持った外国人を引き寄せるための優遇税制も導入している。現在、個人の所得税は普通なら最高税率が56%の累進課税だが、この優遇策では当初5年については一律26%と半分以下の水準だ。これまでに優遇策を適用されたのは約7000人。出身国の上位は、インド、中国、米国、パキスタン、ロシアだという。

■国境閉ざせば魅力失う

冒頭に紹介した数字は、あくまで一定の前提を置いた試算に過ぎない。景気動向にも左右されるので、「いま計算し直せば違う結果が出る」という指摘もあるようだ。

さらに、こんな指摘もある。首都コペンハーゲンに拠点を置く難民支援NGOの代表、ミケラ・ベンディクセンさん(47)の見方だ。

確かに、移民は国の財政にマイナスという見方も強くあると思います。でも、それは短期的に、ものごとを見た場合です。足元でいえば、それは確かに事実でしょう。しかし長い目でみれば、そうした見方は意味をなしません。まず、移民や難民に閉鎖的であるという国のイメージが世界に広がれば、高い技術をもった外国人にとってもデンマークは魅力的でなくなってしまいます。

〈写真:NGOの事務所で、卓球をして交流する難民と支援者たち photo/Kamiya Takeshi〉

中東やアフリカからの難民が押し寄せる欧州では、彼らを受け入れる「コスト」を懸念する議論も目につく。だが、ベンディクセンさんはこう続ける。

例えば25歳で外国からやって来た難民なら、すでに教育にお金がかかる時期は過ぎている。働き始めれば納税をして財政に貢献できるのです。これは、ある意味で皮肉ですが、自分の子どもを持つよりも、外国人を招き入れた方が良いという理由にもなるのです。いずれにしても短期の視野で移民や難民をみるより、長期でみてほしい。移民や難民は、社会にとって投資ともいえるのです。

別れ際、ベンディクソンさんにこう問いかけられた。「日本の社会はどんどん年を取り、人口も減っているんですよね? デンマーク以上に、働き手も税の担い手も厳しいはずですよね? きっと、政治家や普通の人たちも、移民や難民の問題をかなり切実に考えているのでしょう?」

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人や企業が国境を超えて活動する時代に、国家単位で作られてきた税金の制度はどう対応するのか。GLOBE特集「税と国境」では、「節税」を求めて海をわたる企業の動きなども取り上げています。