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2015年01月27日 01時16分 JST | 更新 2015年03月28日 18時12分 JST

在宅診療を通して医師が見たもの[1]

在宅診療の大切な役目があります。お家で最後まで暮らしたお年寄りが、静かに自宅のベッドで最期の時を迎えるのをサポートする仕事です。

「在宅診療」を知っていますか? 自宅で立ち会う「死」はタブーなどではなく、もっと正しくて温かいものです。それは、様々なものが絡み合って織りなしてゆく一つの物語――。

在宅診療というのは、まだ馴染みのない地域も多いと思います。

私は地域の勉強会や講演会で在宅診療の説明をする場合には、戦後の社会の変遷の話をします。戦前・戦後は、バイクや自動車を持っているのはお医者さんだけでした。だから病人が出ると、お医者さんがバイクや車で往診に来てくれたのです。ところが、日本はその後、高度経済成長を経て、一家に一台、田舎へ行くと一人一台の社会になった。こうなると、お医者さんを待つより自分から行った方が早いので、逆にお医者さんは駐車場を持ったクリニックを構えて患者さんを待って診察するようになります。私が育ったのはこんな時代です。

そして今、高度経済成長を支えた人たちが、高齢や病気のために車を運転できなくなってきた。子供の頃、熱を出すと、母に抱えられ近くの診療所に連れて行かれたものですが、動けなくなった大人たちを連れ出すのは大変である。そこで今度は、我々お医者さんが病院を出て、動けない患者さんをお家で診察する番だというわけです。

もうひとつ、在宅診療の大切な役目があります。お家で最後まで暮らしたお年寄りが、静かに自宅のベッドで最期の時を迎えるのをサポートする仕事です。

一般に「死」というのはタブーであり、自宅でそれが起きると気づいたご家族は一様に動揺されます。戦後の数十年、病院で死ぬのが当たり前であった頃、死は医療の敗北として捉えられた時期もあったと思います。

しかし私たちが人々の自宅で立ち会う死は、もっと正しくて温かいものです。この人が晩年を過ごした部屋で最期まで生き抜いたこと。彼または彼女が最期まで生きようとするのを支えた家族や、仕事とはいえ誰かの人生の最終章に関わってきた介護スタッフの思い。様々なものが絡み合って一つの物語を織りなしてゆく。

私には医師として、亡くなったことを診断して死亡診断書を作成する義務がありますが、それ以外に、いつもその場に居た人に亡くなった人のことを尋ねて、一言二言でも話してもらうことにしています。思いを言葉にしてもらうことで何かを共有したい。これは人間の人間らしい営みではないでしょうか。

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◆在宅診療を通して医師が見たもの[2]

川島 実 

京都大学医学部医学科卒業。在学中にプロボクサーデビューし西日本新人 王(ウェルター級)に輝く。29歳でボクシング引退後、自給自足生活を求めて奈良へ移住。奈良→京都→沖縄→山形の病院で医療経験を積み。震災直後から、 山形から宮城県気仙沼市立本吉病院へボランティアとして通う。2011年10月同病院の院長に就任。2014年3月、同病院を退職し、現在はフリー。