「おかしいことをおかしい」と組織で言うには、1人で食えるだけの自立が必要──岡田武史×青野慶久

一人で食えるだけの力がまだない人に、「正しいことは正しいと言いましょう」とは言えません。

FC今治のオーナーとして、今治の地方創生を目指す岡田武史さん。Jリーグ監督のオファーも蹴り、今治をサッカーの観点から再生しようと覚悟を決めている。「岡田武史というキャラクターの信頼貯金が使えるのは3年」という岡田さんに、サイボウズ代表取締役社長の青野慶久が「大きな組織で変革を起こすポイント」を聞く。

「おかしいと思ったことを、それっておかしいよ」と組織で言えるようになるには?

青野:日本にはいま停滞感があります。ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた日本でも、GDP(国内総生産)が下がり、その後は停滞が続いています。

大企業は硬直化していると感じますし、若者からもよく相談を受けます。「わたしたちはどうしたらいいんだ?」と。

岡田さんはチャレンジャーです。大きな課題と戦い、次々に風穴を開けていかれています。そのマインドはどこからくるのか、変革を起こすにはどうすればいいのでしょうか?

岡田:僕の場合は「おかしいと思ったことを、それっておかしいよ」と言っているだけなんです。

青野:そう思っていても、なかなかそうは言い出せないと思います。そうやって我慢しているうちに、おかしいことをおかしいと言えなくなり、組織に染まっていく......。岡田さんはなぜ挑戦し続けられるのでしょう。

岡田:僕がそう言えるのは、そんなに大したことはないけど、自分1人の力で生きていけるからだと思うんです。食べていくぶんには困らない状態にあるというのが大きいかなと。

若い方にとって、「会社にたてついて、給料がもらえなくて首になる」というのは怖いことです。会社をやめて、路頭に迷うことになったら困りますから。

一人で食えるだけの力がまだない人に、「正しいことは正しいと言いましょう」とは言えません。自分が食べるに困らないくらいになれるかが重要かなと。

岡田武史さん。1956年生まれ。大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学でア式蹴球部所属。大学卒業後、古河電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。 引退後は、クラブチームコーチを 務め、1997年に日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。その後、Jリーグの札幌や横浜での監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、2010年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城の監督を経て、2014年11月、四国リーグFC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる

青野:「自立した個」であることが必要だと。

岡田:はい。歴史上には潔く、清く正しい道を進んでも、現実を変えていけなかった人はたくさんいます。そのことにより後に続く人が出てくるというのはありますが、きれいごとだけじゃなく、自分で生活ができるようになれていれば、(その道を進んでも)討ち死にはしないでしょう。

青野:私もそういうところがあります。働き方に関する会合で政府に呼ばれることがあって、総務省にダメ出しをしたことがあったんです。後日、小泉進次郎さんに「ああいうことができるのはすごい」と言っていただいたりしました。

なぜそれができるのか。国に頼らなくても商売する自信があるからだと思います。自立したスキルや経験を持てれば、特定の組織に従属しなくても生きていけるのかなと思います。

理論で人は動かない。ワクワクという気持ちを心に訴えかける

青野:みんなマジメに働いているのに、日本はGDPがほぼ横ばいで推移し、アメリカとの差は4倍以上も開いています。その背景には、物の豊かさを追求することから抜け出せていないことがあるのではと思うです。

諸外国では物じゃなく、もっとワクワクすることを始めようという経営もありますが、日本企業はなかなかそれができません。

岡田:変わることを恐れる、ということがあります。大企業の社長では、60歳で就任してから任期4年、といったことがあり、「自分がいる間は......」となるのだと思います。

誰が責任を取るかという課題もありますが、サッカーの監督の場合は「責任を取らない」はありえないんですよ。

青野:そうですよね。

岡田:変革を恐れ、責任を明確にしないという点につながるという点では、昔読んだ本『自由からの逃走』(エーリッヒ・フロム著)が興味深かったです。自由が欲しいと言っているのに、本当に自由になったら責任を持たなければならない。だから、束縛をしてもらって、誰かの責任にしたいという趣旨でした。

既存の組織がもつ権力には、ものすごい力があると感じます。「これが正しい」という理論だけでは勝てません。現状を打ち破り、変えていくには、違うやり方をしないといけません。

青野:そうですね。

青野 慶久(あおの よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。2011年から事業のクラウド化を進める。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。

岡田:そのやり方として僕は、ワクワクするという気持ちを持ち、人の心に訴えかけることが重要だと思っているんです。つまり心を動かすということです。ものの豊かさより心の豊かさが必要では、と思います。

青野:「FC今治には企業という側面もあるが、ビジネスで儲けようというところからは出発していません。物の豊かさより心の豊かさを大切にし、今治という街づくり、やがては社会づくりに貢献する」、と岡田さんが過去に話されていたことの意味ですね。

遺伝子にスイッチが入るような覚悟体験はあるか? 「自分の時代をよくする」ことだけ考えていないか?

岡田:僕は子どものころは赤面症だったんですよ。昔、自分の結婚式で父親が最後にあいさつするのを見て、将来子どもが結婚するときには「自分がこれをするのか......」と。怖かったんです(笑)。

そんな僕が、41歳でワールドカップの監督になりました。その時は「勝てなかったら、日本に帰れない」くらいに思っていました。でも、ある時から、今は自分の持っている力を出すだけ、それで結果が出なければ謝ろうと開き直りました。そこから変わったんですよね。遺伝子にスイッチが入ったというか。

青野:なるほど。

岡田:遺伝子にスイッチが入る状態は、便利で快適な社会だとなかなか訪れません。今の若い人はいつ遺伝子にスイッチが入るのだろう? 困難を乗り越えた時の感動などがどんどんなくなっているように感じます。

僕は、どんなことでもいいので、そのスイッチが入る瞬間を若い人に残していかないといけないと考えているんです。

生物は次世代に命を渡すために生きています。でも人間は「自分の時代がどう」ということばかり考えています。わたしの3人の子どもには、1000兆円の赤字をまだ背負わすの? 環境破壊はずっと起こっている。本当にこれでいいの、と。

「個人的には、すべての要素で80点の平均点が取れる人より、100点と60点で平均80点という人に興味があります。もちろん、チームにはすべての要素で80点が取れる人も必要なのですが」(岡田武史さん)

青野:共感します。

岡田:「地球は子孫から借りているもの、未来に生きる子どもたちから借りているもの、傷つけちゃいけない」、これはネイティブアメリカンの教えだそうです。

青野:そうですか。

岡田:僕は、いまある社会問題のアジェンダは、「未来の子ども達のために」とすると、多くは解決すると思っています。でも日本は「今、今、今」なんです。日本の未来のために、というアジェンダを設定して、心から訴えかけたいなと思います。

青野:岡田さんのFC今治の取り組みを見ながら、「次世代のために、心の面からやっていきたい」という点が心に刺さったし、私もそれをきっかけにコミットしていくと決めたんです。

過去の実績を見ない勇気──人材登用は「客観的に、次の試合で勝つにはどうすれば?」

青野:岡田さんの「人材起用」もおもしろいです。サッカー日本代表の監督をされていた時も、勇気を持って決断をされたでしょうし、まだ活躍していない人も登用していました。人の起用について、どう考えているのでしょうか。

岡田:1998年、41歳でワールドカップのサッカー日本代表の監督になりました。それまでの監督の経験はわずか数ヶ月でした。

そこで考えたのは「客観的に、冷静にワールドカップで勝つにはどうすればいいか」という点を見て、チームを作ったということです。

青野:人材の登用について、リーダーは迷います。けど岡田さんの話はシンプルで、次の試合でどう勝つか、それだけだと。

岡田:若い選手を抜擢するとよく言われますが、過去の実績ではなく、今その場の実績を見て、冷静に決めるということです。

岡田:一方で、別のワールドカップでは、川口(能活)選手をチームキャプテンにしたこともありました。国際試合ではキーパーの3人目は、ほぼ試合に出る機会はありません。

ですが、川口選手はベテランでありながら、自ら率先して残って練習をします。そういう人がチームを引っ張ると、若い人材が腐っていかないんです。

青野:なるほど。

岡田:ワールドカップの最後に、香川真司(選手)を外したこともありました。

あの時の日本代表のレベルでは、犠牲の精神を持ってチームのためにやれる選手が必要でした。自分の才能をワールドカップで試したいという野心ではなく、チームのために100%尽くせるかどうか。チームの経験値やロイヤリティも外せないと思います。

青野:わくわくすることで心を動かし、今勝つための人材起用を考える。これが岡田武史流の社会の動かし方なんですよね。企業経営にもつながると思いました。岡田さんの熱に多くの人が感染していくのではないでしょうか。

FC今治のオーナーとしても活躍する岡田武史さん。2016年8月には今治の街を元気にするインキュベーションプログラム「バリチャレンジユニバーシティ」が実施されました

写真家:Rumiko Tamai

愛媛の地域発信サイト「海賊つうしん。」専属フォトグラファー

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サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。

本記事は、2016年9月15日のサイボウズ式掲載記事「 「おかしいことをおかしい」と組織で言うには、1人で食えるだけの自立が絶対に必要──岡田武史×青野慶久」より転載しました。

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