仕事は、数字を出すことが何よりも大事。
そんな「数字」の世界を抜け出し、お客さまに届ける「価値」が中心の世界へ飛び込んだ人たちがいます。
ダサいこともカッコつけていることも好きじゃない、けれど商売ももちろん大事。自分たちのことを「ある意味でめんどくさい会社です」と笑いながら、誰よりもおもしろそうに仕事のことを話すのは、株式会社スマイルズの野崎亙さんと山﨑竜馬さん。
お二人に、自分たちの意思とビジネスを両立させる事業のこと、それを支える「有象無象なチーム」のこと、気になる疑問をぶつけました。
ダサいこともカッコつけていることも好きじゃない。価値観と事業を成立させる「ちょうどいい塩梅」
明石:スマイルズさんは、「世の中の体温を上げる」というコンセプトのもと「Soup Stock Tokyo」「PASS THE BATON」や「giraffe」、「100本のスプーン」など独特な事業を展開されており、以前から注目していました。
野崎さんと山﨑さんは、どういった経緯で入社されたのですか?
野崎:僕は京大工学部で環境建築を勉強し、大学院で東京へ来て、最初に家具屋さんのIDÉE(イデー)へ入りました。次にデザイン誌や書籍で知られるAXIS(アクシス)へ行って、デザインコンサルティングに携わり、大手企業や組織に対して、市場調査から企画開発、経営戦略まで、手段としてのデザインを提供するという仕事をしました。
その後、当時のスマイルズの広報女性がイデー時代の同僚で、その人に呼ばれたのがきっかけでここへ。僕はダサいことが好きじゃないし、どぎつくカッコつけていることも好きじゃない。事業と自分たちの意思とを成立させる同じ価値観、感覚がしっくりときて、スマイルズへ入りました。
野崎亙(のざきわたる)さん。株式会社スマイルズで取締役/クリエイティブディレクターを務める。京都大学工学部・東京大学大学院を卒業後、株式会社イデーに入社、3年間で新店舗の立上げから新規事業の企画を経験する。その後、株式会社アクシスで大手メーカー企業などのデザインコンサルティングを担当し、2011年にスマイルズ入社。giraffe事業部長、Soup Stock Tokyoサポート企画室室長を経て、現職。現在、全ての事業のブランディングやクリエイティブを統括している。
山﨑:僕はスマイルズが5社目で、化粧品会社、ベンチャー、開業コンサル、フランチャイジーなどを経てきました。僕は岩手出身なんですが、転職を考えているころにちょうど東日本大震災が重なって。それまでは数字を作って投資を回収して、と、数字しかない仕事ばかりでした。
震災が起きたとき、ちょうど自分の携わっていたプロジェクトが3月1日にオープンしたばかりで、立ち上げ期でもあり人生の勝負どきでもあり、実家に帰れなかったんです。親の無事も確認できず、5月のゴールデンウィークが終わるころまで、連絡もできなかった。
明石:ご両親は、ご無事だったんでしょうか...?
山﨑:はい。ようやく親が仮設暮らしをしているとわかって、被災地を訪れたんですね。すると自宅があったはずのところには何もなくて、写真だとか、自分の幼いころのものが寂しく落ちているのを見て、ハッとして。自分が数字だけの事業の仕方に懸命になっているのを感じて、これでいいのかと悩んだ時に、昔飲んだSoup Stock Tokyoのスープを思い出して調べ始めたんです。
まず価値を創造してから事業化するスマイルズのやり方は、僕の今までの経験と順番が逆のビジネスなんですよね。自分たちがいいと思ったものに共感してもらえる、人に自信を持って「価値」を話せる、それこそ将来自分の子どもにだって自信を持って説明できる、そういう生き方をしようと思って、舵を切りました。
山﨑竜馬(やまざきりょうま)さん。100本のスプーン事業部 事業部長を務める。化粧品会社、ベンチャー、開業コンサル、フランチャイジーなどで経験を積んだのち、2013年株式会社スマイルズへ入社。Soup Stock Tokyo事業部を経て、100本のスプーンFUTAKOTAMAGAWA店の立ち上げを担当。その後当同店SMを経て、2015年より現職。
自分が理解できないような、借り物の理論は続かない
明石:お二人とも、もともとコンサルとして数字を使って極めてロジカルな思考で経験を積まれてきたと思うのですが、スマイルズに入って「価値を創造する」方向へ頭を切り替えていくのは、スムーズにできましたか?
山﨑:僕は相当苦労しました。PL(損益計算書)や収益モデルや単価... 数字から考えてしまう癖が付いていて、それらを一切考えずに、一度作ったデータも消して。
野崎:そうだね、初めはだいぶ苦労していたよね。
山﨑:「お客さまの"心"をつかむにはどうしたらいいのか」と、とにかく考えて実行することだけに集中しました。100本のスプーンが、二子玉川に出店することが決まった時も、小さい子どもを連れたママたちが集まる朝10時半に実際に二子玉川へ足を運んで、子どものママになったつもりでその場の空気や目線、どういう気持ちになるのかを主観的にひも解き、ストックしていきました。
自分が変わらなきゃと思ってやり続けていったら、「ああ、これでいいんだ」と、どこかでスイッチが入ったんですよね。
野崎:コンサルはいろいろなマーケティング理論を使うものですけれど、僕は誰かの数字論理に迎合するのは嫌だと思って、自分が実感した数字しか扱わないようにしていたんですね。
「自分がそう感じているということは誰かもそう感じているはずだ、なぜそれが正解なのか理解できないような、借り物の理論は続かない」と、この会社に来て、改めて思いました。
事業の成功は、お客さまに支持されたあとに「自分たちにも温度が残るか?」
明石:お二人からご覧になったスマイルズさんは、どのような企業ですか?
野崎:僕らは経営側なので、どう見えるかというよりもその"見え方"を作っていく立場ではあるんですが、ある意味で「めんどくさい」会社かもしれないですね。瞬間の価値に過ぎない流行はいやだし、独りよがりもいや。絶妙な、まだ見ぬ価値を求めて提供したいというのが、基本的スタンスです。現場で働くスタッフにも同じ感覚、思いに対して純粋であって欲しい。
でも同時に商売も大事。"価値交換"でお金をいただく大切さを重々承知しているからこそ、クリエイティブ全体を見渡して、使う言葉一つおろそかにできないし、自分たちの一挙手一投足を大事にする。「新しい価値をこのひとに届けたい」と思った方に対して、その体温を上げようとする会社ですね。
明石:スマイルズさんにとって、事業のゴールとは何でしょうか。新しい価値を届けるとは、お店を作って終わりではないのだろうな、と思われるのですが。
山﨑:事業の成功とは「当てた」とか「100発100中」のようなものではなくて、長期的なお客さまとの関係だと考えています。
お客さまに支持され、そして自分の側にも温度があるか。僕たちの側の「お客さまのこういうシーンを実現したい」との狙いが100%実現できているか、そしてお客さまが期待しているイメージに120%応えられているか。そういう短期的なステップの継続がゴールかなと。
野崎:Soup Stock Tokyoのお客さまから「私の『Soup Stock Tokyo』にカレーがあるのはふさわしくない」というご意見をいただいたことがあります。われわれのブランドがそのお客さまにとって自分ごとになっているんですね。そういうお客さまこそ、最大のサポーターでもある。さらにその家族まで含めてサポーターと考えると、利益の先に提供できる価値の可能性が広がる。
利益率など短期的な指標にとらわれるのでなく、その先に何がつながるかを考えています。
"有象無象"のチームにクリエイティビティの爆発が起きた時、成功の連鎖が始まる
明石:新規事業はどうやって始まるのか、企画ができて事業ができるまでの具体的な一連の流れを教えてください。
"休日のスープストックトーキョー"をコンセプトにした自由が丘の「also Soup Stock Tokyo」や「100本のスプーン FUTAKOTAMAGAWA」はどのようにして立ち上がったのですか?
山﨑:100本のスプーンは、現在Soup Stock Tokyoの社長である松尾真継が「自分の子どもを連れて行きたくなるファミリーレストランがない」と発想したところから始まり、神戸三田、あざみ野、幕張(現在は閉店)に「by Soup Stock Tokyo」として展開してきました。
100本のスプーンFUTAKOTAMAGAWAの時は、お客さまのいるシーンを想像してゼロから企画を描き始め、課題解決型ではなく問題提起型で事業コンセプトを店に落としていった感じです。プロジェクトの基幹となるメンバー、5〜6人でスタートしました。
明石:どのような雰囲気の会議なのか気になります。アイデアはどのように生まれ、企画という形になるんでしょう?
山﨑:ほぼ"世間話レベル"でゆるく話し合い、いいねと思ったら、そう思った人が勝手にさまざまな制約を解消するんです。
野崎:僕は勢いで企画を起こしていくタイプですね。自由が丘のalso Soup Stock Tokyoのときは、20人ほどの企画チームにとにかく自由にアイデアちょうだいとリクエストしました。すると100、200の単位で、ユニフォームや、飲食じゃなくてこういう業態でとか、かなりの数のアイデアが上がってくるんです。
それらを全部吸収し、いったんすべて捨てた後、自分の心が動かされた意見を組み込みながら、一から事業計画を作ります。アイデアというものは本質的に他者の影響を受けているもので、自分だけの何かなんて本来存在しないと割り切って。
"コア"の部分をチームで共有した先はチームメンバーそれぞれの爆発対決に持ち込んで、「みんなのアイデアが膨らんで仕方ない」「どれからやろうか」くらいのレベルにあるのが理想的な状態ですね。
明石:なるほど。自分だけのアイデアは存在しない、ということは新しい気づきです。
そういったアイデアを生み出すための、チームの特徴などはありますか?
野崎:僕らは常々「組織的なダヴィンチになりたい」と言っています。まとまったチームというよりも、とにかく"組織自体を有象無象で作ること"が大事で。社内にたくさんいるデザイナーも、それぞれにスタイルが分かれているんです。
多様性のあるチームで同じ一つのコンセプトを考えると、みな背景も発想も違うから、一つの事象に対して多角的なアプローチが生まれますね。
山﨑:おおもとのコンセプトに「それおもしろいね」と共感で人が集まり、自然とチームができあがる。途中経過に関しては手放しですが、結果が出た時にその社員と"振り返り"をすると、その子自身の棚卸しをする中に勝ちパターンができているんですね。
一度成功すると、その社員はまた提案して実現するフェイズに入っていく。その影響が周りの社員にも連鎖して、ほぼ手放しでお店ができるんです。成功の連鎖ですね。
クオリティよりもモチベーションが大事。本当におもしろければどの意見でもいい
明石:社員が仕事を"自分ごと化"できるチーム作りに必要なこととは、何でしょう。
山﨑:スタッフに、3〜5年後にどんな仕事や事業をしたいのか、どんな姿で働いていたいのか、本人が見えていない一歩先の未来を提案してあげるんです。「実現できたらすごいよね、どう思う?」と問いかけて。
すると「成功したらここへ行けるんだ」と、目の前のミッションを"自分ごと"に切り替えられる。仕事のスキルを磨くことに関しても「引き出しがいくつ増えた」という見方ができるようになります。
野崎:僕はイメージしたことを、最大限の熱量をもって、半分泣きそうになりながら「お客さまをこんな状態、気持ちにしよう、喜ばせよう」と訴えかけるんですね(笑)。
延々とディテールに至るまでを語ると、社員のモチベーションが形成されて、勝手にクリエイティブ爆発してくれる。個々の動きはそれぞれに任せ、そのうちスタッフの中から「それでお客さま満足するかな」と自発的に疑問が出てきたら、もうそのスタッフにとってはすでに"自分ごと"になっているんですよ。
明石:クリエイティブで、個性的な人材がそろっているからこそ、チーム内で意見の衝突などは起こりませんか。
チームでぶつかった時の乗り越え方、解決法とは?
山﨑:僕は納得するまで話し合います。衝突が起きても「結果的に必ずいいものは作る」という部分は双方で合意している。どちらかに従うというわけではないんです。
野崎:意見を通す通さないというよりは、同じ方向へ向かっている事が大事。本当におもしろければどの意見でもいいというスタンスなので、スタッフが実行することを止めないし、だからぶつかることもない。
それよりも結果が中途半端だった時に「本当に考え抜いた? 自分がやりたいと言って始めたことなのに、こんなに中途ハンパで、かっこ悪いんじゃない?」と問い直すことはあります。だから僕はたぶんクオリティよりもモチベーションへの要求水準の方が高いんです。
おもしろい仕事をしているか、ではなく「おもしろく仕事をしているか」
明石:お二人は、自分がチームにどういう影響を与える存在でありたいですか?
山﨑:採用にも関わる立場なのですが、採用する側とされる側、お互いが50/50の責任を持っていると考えています。何の事業であれ、その期間が終わった時に、本人がこうなりたいと思い描く姿やスキルに対してその120%を必ず提供したいし、それを持って卒業してほしい。
ですから、それが実現できるようなありとあらゆるサポートをしようと自分の中で決めて、仕事をしています。
野崎:山崎はみんなが意思を発動できるプラットフォーム作りをする人間なんですよね。今年の経営計画発表会では、山﨑が経営陣で初めて最優秀賞を取ったんです。本当に彼にはかなわないと思います。
僕個人は「仕事ってめっちゃオモロイ!」ということを伝える存在でありたい。おもしろい仕事をしているかではなく、「おもしろく」仕事をしているか。常に自分が一番わくわくしながら仕事をしているので、自由が丘のalso Soup Stock Tokyoの準備でも、取締役なのに自分で内装の板をずっと削っていました(笑)。
明石:内装の板ですか!(笑)
野崎:微細な仕事から大きな仕事まで全部楽しもうとするのが、お客さまの感動につながるんだと思います。
例えばコップ1杯のお水の出し方を変えたらすごくおもしろいんじゃないかというアイデアも、取るに足りない行為だからこそ、大きな変化を生み出せるし、可能性があって逆におもしろい。この瞬間の仕事を、マックスでモチベーションを働かせれば必ず良いものができる。自分がいちいち真剣に楽しむという意識をみんなに行き届かせること、それが理想です。
コップ1杯の水の出し方の工夫が、お客さまの感動につながる
明石:価値を中心に考えるのは仕事のあり方として理想ですけれど、ビジネス上は難しい面もありますよね。数字で考えがちなのが世の趨勢(すうせい)ではあります。
山﨑:スマイルズでは、効率の話を出すとみんなしらっとするんですが、効果や社会的意義から話し始めると、キラキラしはじめるんですよ。(笑)
数字よりも「自分がやりたいこと」を基準に取り上げて仕事にしていく、そういうのがスタンダードにならないかなと思います。そういうほうが人間としても楽しいなと。
明石:本日はありがとうございました!
文:河崎 環/撮影:橋本 美花/編集:明石 悠佳
「サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。
本記事は、2016年8月9日のサイボウズ式掲載記事「メンバーのアイデアは「全部吸収して、1度捨てる」──スマイルズの経営陣が大切にしていること」より転載しました。