「子どもたちに接する教員側もスキルを磨いていないといけなくて、結構必死です」
こう話すのは品川女子学院(品女)の酒井春名先生。ICT(情報教育技術)チーフを担当している。品女は「社会で活躍する女性を育てる」という哲学のもと、品川で90年の伝統を持つ。学校全体にクラウドを導入し、生徒会活動や授業、教員間の非公式の連絡に活用している。
「教育現場のIT化が教員を救い、学校全体を活性化させる」と話す酒井先生に聞く、IT教育の正しい道筋。子どもにどうITを教えるかではなく、ITで子どもの将来を作り出すための考え方、実践法とは?
子どもにどうITを教えるかではなく、ITを子どもの将来に還元する
品川女子学院。結婚や出産という女性のライフイベントを考慮に入れた現実的なキャリア教育「28プロジェクト」、世界のどの教育機関にも先駆けた生徒1人1台のiPad mini一斉導入を進める。文部科学省が定める国際的に活躍できる人材を育成する学校「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」にも指定され、東京の女子教育をけん引する実力校として注目を集める
――学校のIT化というと、生徒への教育にいかにITを組み込むか、スキルアップにどう役立てるか、という話が多いですが、品女の場合はまず「先生方のIT化」が印象的ですね。
酒井:子どもたちに直接接する教員側も、スキルを磨いていないといけなくて、結構必死です(笑)。子どもたちもITも、進化する生き物ですから。
――先生方も生徒さんも成長するというイメージですね。
酒井:教育とは「生き物を相手にするもの」です。だからこそ、「進化する」という考え方を大事にしなければいけないと思います。
――ITで教育の成長を促すためにやっていることはありますか? 例えば先生間の情報共有とか。
酒井:部署の会議でも、議事録を取ってシェアしたりします。新しい教員が入ってきても、その議論を見せると今まで大事にしてきたことなども理解しやすいですね。
書式フォーマットのシェアもしているんですよ。知識を共有して無駄な仕事を省き、極力顔を合わせ、その分リアルでなければならない仕事に従事できるように心がけています。
教育は個人プレー型からチームワーク型に変わらざるを得ない
――書式フォーマットのシェアというのは、企業では一般的ですが......。
酒井:教員の仕事は、これまで個人の資質によるところが大きかったんです。ベテランのノウハウは新人教員の育成上最大のポイントなのに、「見て盗め」のような部分もありました。
――頑固職人の徒弟制度のようですね?
酒井:ええ。ノウハウを出さないこだわりのある人もいました。学校全体や教員というチーム全体でのスキル向上を考えると「そこ戦っている場合じゃないから!」という感じです。
酒井春名さん。品川女子学院 ICT教育推進委員長、情報科主任、家庭科教諭。2014年度高校2年生(205名)に1人1台iPad導入、校内での教員研修などの推進役を務める。同年にはオーストラリアの学校と交流授業の実施などにも取り組み、iPadをツールとして使うための新しい授業に取り組む。社会に開かれた授業を展開する同校の旗振り役でもある。2013年Apple Distinguished Educator
――個人プレー型からチームワーク型の教育にシフトしていく、と。
酒井:例えば情報教育担当の私なら、校外のセミナーなどで得た知識をクラウドに上げて、「見てください」と共有します。それを見るだけでも、いまみんながチャレンジしていく世の中の流れを知ることができる。教員の間で情報のベースがそろうんですよね。
――みんなで課題を解決するための「情報のベース」ですよね。
酒井:はい。学校という社会もまた生き物です。生徒も教員も保護者も巻き込んで、情報を囲わずにどんどん共有したほうが、学校としてうまく回っていくんですよね。
――柔らかく流動的でフットワークの軽いチーム作りが、学校でも大事なのですね。
酒井:そう思います。生徒たちがクラウドを使っているのを見て「校内のパソコンでないと見られない情報は不便だ」「外からもアクセスしたい」という声が教員から上がって来たのは、先生たちも動いている証拠ですね。
激務で業務パンパンな教員をつぶさないために、ITができること
――つい最近も国のアンケートが「負担」というニュースが話題になりました。
酒井:いま、世の先生たちの業務はパンパンなんです。業務量は増えるばかりなのに、ITを導入することは新しい技術を身につけることになりますので、より労力も時間もかかる。業界として抵抗が強い。
そういう教育現場の出口のない慣習のようなものを、スクラップ&ビルドしてあげたい。要するに、既存の仕事をITで簡略化して、新しい物を入れていく。IT化のなかなか進まない学校にいる教師仲間の現実を見ると、本当に大変そうだなと。
――業務の効率をチームではなく、個人の力量や努力でしか向上させられないとなると、いずれつぶれてしまいますよね。
酒井:教員のペーパーワークの多さといったらもう。出張1つにしても、さまざまな申請書がありますから。オンラインで済ませば手間は1/10にもなる。
出席簿にしても当校内ではデータでつけていますが、最終的に文科省に提出するものは「紙に手書きで」と指定されています。欠席数は手計算ですので、ミスを無くすのは難しい。学校内ではデータ化しているんだから、手書きは思い切ってやめるなどの決断が必要ですね。
ペーパーワークは授業のクオリティとはまったく関係ない
――ペーパーワークは、先生の学校・授業のクオリティ自体とは関係ないですよね。
酒井:そうなんです。教師の業務をどこで減らせるか、労力を削る方策を考えていかないと。その分、新しい授業を考える時間が増やせるのですから。
――まず教師自身がITを使って効率化を進め、時間的余裕を生み出す。これが別の課題を解決するきっかけにもなると。
酒井:小テストやノート提出をいちいち見ていたら大変ですよ。小学校の先生は顕著で、業務量が多すぎて休み時間もお昼もありません。
――公立校は、先生一人が受け持つ生徒の数がかなり多いところもたくさんありますね。
酒井:公立は人員の異動もあるので、安定かつ継続的に校内のIT化を率いる人材がなかなか育たないんです。現場の改革が個人の先生の力量に依存してしまっているんだと思います。
教育とは「他人の人生」に向き合うこと。責任を果たすために実践し続ける
――IT化によって、先生同士の関係性にも変化はありましたか?
酒井:当校ではプロジェクト学習のメンター間で指導方法などを相談し合います。ほかの業務では、アドバイスするのは一定のキャリア以上の先輩教員が多い中で、プロジェクト学習では先輩が一方的に若手に教えているわけではなく、ベテランも質問し、若い人が答えることもある。もっとフラットな関係性なんです。
酒井:情報やノウハウの共有と可視化によって、情報差が力量やキャリアの差になりにくくなっているのですね。
酒井:ええ、アクティブラーニング(*)が流行っているので、教員が生徒に、またはベテランが若手に知識を授けるという縦のヒエラルキーはもうないと言ってもいいですね。
(*)課題の発見と解決に向けて主体的・協働的に学ぶ『能動的学修』で、次の学習指導要領の全面改訂の目玉とされる
――現場ならではの実感のこもった話です。
酒井:子どもたちに対する責任感、とでも言うのでしょうか。教育に携わるものとして、教員ならみんなそういう思いを持っていると思うのです。自分が目の前にしているのは「他人の人生」ですから、責任があります。子どもたちがうちの学校でよかったとニコニコして幸せでいるのを見たいんです。
子どもと接するのだから、大人も挑戦して、生き生きしていないと。そういうモデルケースになれたらいいなと思います。
聞き手:和泉純子/執筆:河崎環/写真:尾木司
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本記事は、2015年10月7日のサイボウズ式掲載記事「まずは先生がITの恩恵を得るべき──品川女子学院で奮闘する酒井春名先生」より転載しました。