ウェブメディア『soar』の長文記事は、なぜ“生きづらさ”を抱える人を励ますのか?

病気の人もLGBTも就活も、横断的に「生きる知恵をシェアする」メディア。「誰もがよりよく生きられる社会にしたい」という願いは共通しているから。
工藤瑞穂さん
写真/土田凌
工藤瑞穂さん

近頃、多様性を受け入れようという動きから、「生きづらさ」について語るメディアが増えました。

多様な困難がある人々のストーリーを発信する非営利のウェブメディア「soar」も、そのひとつ。

「人の持つ可能性が広がる瞬間を捉え、伝えていく」ことをコンセプトに、「マイノリティ」だけではない、さまざまな「生きづらさ」にスポットを当てて発信しています。

soarに登場する病名は初めて聞くものも多く、なかなか出合えない当事者の声を聞くことができる貴重な情報源です。それと同時に、「病気」「障害」「LGBT」「子育て」など、カテゴリによって細分化されたメディアが多いなか、soarではこれらの題材をすべてフラットに扱っていることも特徴です。

このことについて、NPO法人soar代表の工藤瑞穂さんは「悩みはそれぞれ違うように見えるけれど、お互いにヒントをもらったり、横断的に知恵をシェアし合えたら」と話します。

ほとんどの記事が1万字を超える長文ですが、全文無料で読め、広告などはあえて入れずに月1,000円からの寄付によって成り立っているこのメディア。個人からの寄付を募ることにはどんな意味があるのでしょうか。

「soarの価値観に賛同したと表明してもらうことが大事だと考えているからです。寄付でのサポートや、SNSでの記事のシェアなどを通じて、『誰もが可能性を生かせる社会がいいよね』と言ってくれる人を増やすことが、この社会の空気感を変えていくし、苦しい人の励ましになると思うんです」

自分とは縁のない病気や、マイノリティの当事者から、生きる知恵を得ることができる。そして、共感を表明することで、誰もが生きやすい社会にしていけるーー。soarは限られた人のためにあるのではなく、よりよく生きられる社会を望む、すべての人のためにあるメディアなのです。

soarのウェブサイト
soarHPより
soarのウェブサイト

活動4年目を迎えたsoarは、サイトのリニューアルに向けてGoodMorningでクラウドファンディングを実施中。

工藤さんは、人々のストーリーを通じて、何を見つめてきたのでしょうか。そして、soarの記事を通して、読者に何を伝えようとしているのでしょうか。

身内が統合失調症になって実感した、「情報を知らない」ことの弊害

工藤瑞穂さん
写真/土田凌
工藤瑞穂さん

——工藤さんがsoarの活動を始めた理由の一つに、身内の方が病気になった経験が影響していると聞きました。

はい。10年ほど前、私の身内が統合失調症になったことがきっかけの一つです。とてもまじめな人だったんですが、仕事で無理をしすぎてしまったようなんです。

統合失調症は、幻聴が聞こえたり、幻覚が見えるという症状があります。当時はうつ病についてもあまり知られていなかった時代なので、何もできないままに病状が悪化してしまいました。

——元気だった人が変わっていく姿を見るというのは、本人だけでなく周りも辛いですよね。

本当はもっと早く助けることができたのではないかと、何度も考えました。

そこからいろんな情報を探していくなかで、北海道の浦河町にある、精神疾患のある人たちの活動拠点「べてるの家」を知ったんです。一般的には、精神疾患にかかるとお医者さんに治療してもらうと思うんですが、「べてるの家」では統合失調症の人、ソーシャルワーカー、お医者さんがごちゃまぜになっていて、地域でともに生活しています。

ソーシャルワーカーの向谷地生良(むかいやち・いくよし)さんが1984年に立ち上げた施設なんですが、とても革新的なんですよ。

——どういったところがですか?

有名なのが「幻覚&妄想大会」。年に一度開催される「べてるまつり」というお祭りのコンテンツなのですが、病気のある人たち自身が見た幻覚や聴いた幻聴の内容、それによって起こしてしまった事件や病気への対処法が発表されます。そして、1年で一番面白いエピソードがあった人や、周囲に影響を与えた人が表彰されるんです。

soar内記事「『安心して絶望できる人生』は、苦労を受け入れることから始まる。『べてるの家』のべてるまつりで学んだこと」より
soar内記事「『安心して絶望できる人生』は、苦労を受け入れることから始まる。『べてるの家』のべてるまつりで学んだこと」より
soar内記事「『安心して絶望できる人生』は、苦労を受け入れることから始まる。『べてるの家』のべてるまつりで学んだこと」より

——タブー視されていたことを、面白いコンテンツにしてしまう。それはたしかに革新的です。

これまで、幻覚や幻聴は怖いもの、触れてはいけないタブーとされてきたけれど、彼らが見ている世界って実はとても豊かなものであったり、私たちに新しい世界を教えてくれたりする。

病気の人たちが笑い合ったり励まし合ったりしながら、前向きに弱さを捉えている光景を見たときに、病気っていうのは治らなくても幸せになれるんだと思いました。

——病気を必ずしも悪いものとせずに、ポジティブに受け入れていくと。

病気になると、好きなことがなかなかできなくなってしまいます。周囲の人の優しさがゆえに、機会を奪ってしまうことがあるからです。きっと身近な人が病気になったら、思いやりの気持ちから「やりたいことがあっても、病気が治ったらやったらいいよ」とか、「仕事しないでゆっくり休んでて」と声をかけることが多いと思います。

でも、人は生きているなかで誰しもが苦労していくはずです。その「苦労する」という経験を、病気によってじわじわと奪われていってしまう。「べてるの家」では、自分たちのもとに苦労を取り戻していくことを実践しています。

私はそういう場所があることを知らなかったので、身内を連れていけなかった。情報を知っているかどうかが、人生を大きく変えてしまうこともあります。だからこそ、こういう場所や活動を広めていきたいと思いました

まったくのメディア未経験から編集長に

——「べてるの家」のような場所を知ってもらうために「soar」を立ち上げ

工藤瑞穂さん
写真/土田凌
工藤瑞穂さん

はい。でも、インターネットで発信しようという考えにたどり着くまでには時間がかかっていて。そんなある日、一緒にsoarを立ち上げたモリジュンヤが「マイノリティをテーマにしたウェブメディアがあったらいいよね」って突然言い出したんです。

「でも僕が編集長になるっていうより、思いがある人がやった方がいい」と言われたときに「私じゃん!」って。それまでメディアの仕事なんてしたことないし、編集やライティングもしたことがなかったのに(笑)。

——えっ! 前職は何をされていたんですか?

日本赤十字社の公務員でした。私、「なりたい」って思ったものに、明日からなれるって思っているんです。だから、「自分は編集長になればいいんだ、メディアを作ろう」って、すんなり思ったんですよね。

——インターネットでの発信以外には、どんなことを検討していたのですか?

「場づくり」です。一般的には、困難がある人への支援活動って、対人支援がほとんどなので、最初はそういった可能性についても考えていました。

そうして模索しているなかで、対人支援の活動をしている人たちはすでに十分すぎるくらいにいるけれど、困難のある人たちがそこに出合えていないことが問題なのではないかと思うようになりました。そこを結びつけるための情報があれば、いろんなものがひっくり返っていくんじゃないかなって。

病気の人もLGBTも就活も、横断的に「生きる知恵をシェアする」

「soar」には「舞い上がる」という意味があり、鳥が羽ばたくようなイメージを込めているそう。ロゴは、可能性が羽ばたいて空を見上げたあと、羽根が落ちているというシーンを表している
soar公式ホームページより
「soar」には「舞い上がる」という意味があり、鳥が羽ばたくようなイメージを込めているそう。ロゴは、可能性が羽ばたいて空を見上げたあと、羽根が落ちているというシーンを表している

——soarの記事を読むとどれも長文ですが、あえてそうしているんですか?

はい。現在進行形で困難があって情報を求めている人に対して、より詳しい情報を届けたいからです。多くの情報のなかから自分にとって必要なことを、それぞれ見つけてほしいと思っています。

読んだ人が自分との共通点を見つけていくには、「こういう出来事があった」という事実情報だけじゃなく、「そのときどんな風に感じたのか」という微細な感情の動きの描写が必要だと思うので、そこを丁寧に書いていますね。

——コンセプトにある「人の持つ可能性が広がる瞬間」は、どんなときのことを言うのでしょうか。

私たちが取材対象としているのは、なんらかの理由で可能性にフタをされている人たちです。その理由はさまざまで、病気や障害の場合もあれば、貧困や格差のような社会の仕組みのせいであったり、人とのコミュニケーションに悩んだり、大切な人を亡くして悲しみに暮れているという状況かもしれない。または、自分らしく生きていないという状況もあると思っていて。

そうした事情を抱えた人たちが、心を回復させたり、辛かった気持ちを前向きにさせた瞬間って、可能性のフタが開いた瞬間だと思うんです。その瞬間というのは、他の誰かが可能性を広げるためのヒントになるかもしれないですよね。

例えば、LGBTの人が、障害のある人の哲学に影響を受けて励まされたっていいじゃないですか。

——たしかに「soar」では、病気も障害もLGBTも、カテゴリで分けずフラットに扱っていますよね。

業界自体が区切られていることは多いんですが、「誰もがよりよく生きられる社会にしたい」という願いは共通しているので、カテゴライズされたコミュニティしか見ないのではなく、お互いがやっていることにヒントをもらったり、知恵をシェアし合うことを、横断的にできたらいいなと思っています。

インターネットでポジティブな連鎖を生み出したい

工藤瑞穂さん
写真/土田凌
工藤瑞穂さん

 ——別々のジャンルの生きづらさを持っている人たちでも、生きづらさを共有しあうことでポジティブになれるのでしょうか?

自分の弱さや感情を言葉にして誰かに伝えることができたときって、ちょっと人が強くなれる瞬間だと思います。逆に言うと、人が苦しいときって、自分の気持ちを誰ともわかち合えない瞬間であったりする。

自分のことを言葉で語ることができて、誰かと弱さを共有できることは、とてもポジティブなエネルギーを持つと思います。

——弱さは一見ネガティブに感じますが、それが誰かに打ち明けられることで逆にポジティブな方向に向かうんですね。

誰かが弱さを言葉で共有する、それを見た別の誰かが励まされる。そんなポジティブな連鎖を、soarはインターネット上で生み出していきたいと考えています。

以前「べてるの家」の向谷地さんが、「精神疾患は今の社会を反映している」とおっしゃっていて。

「精神疾患の人たちがべてるの家で回復してきたとしても、ひとたびインターネットを開いてしまうと、ものすごく攻撃的な言葉が溢れていて、まるで自分の言葉かのように話し始めてしまう」と言うんです。つまり、社会に溢れている、いろんな悪い言葉を吸い取って病気になっているんだと。

だからこそ、「インターネットに悪い言葉じゃなく、いい言葉を増やしていってもらいたい。メディアはいい言葉を世の中に増やしていく力になる」と、励ましの言葉をいただきました。

「人」と「病気」「障害」は切り離して考えなければはならない

——人と対面でご飯を食べることに不安症状のある「会食恐怖症」の記事のように、病気や障害として認識されていなかったものも多いと思います。「私は病気だったんだ」と気づくことは、その人にとってポジティブなことなのでしょうか?

工藤瑞穂さん
写真/土田凌
工藤瑞穂さん

確かに私たちがお話を伺ったなかでは、発達障害名の診断がついたことで「障害者になってしまった」とショックを受けたという方もいましたが、同時に「安心した」という声が多かったです。その方は、人の気持ちを理解することができないのは、自分の性格が悪いんだと思っていたそうなんです。でも障害があってできなかったんだ、と自分を受け入れることができたと。

それに病気や障害名がわかれば、治療を受けて治すことができる、こんな工夫をすれば生活していけるという見通しがたちますよね。もちろんまだ治療法のない病気もありますが、何もわからず不安なまま生きるほうがきっとつらいことだと思います。

——たしかに自分のできないことが障害や病気によるものだとわからないと、自分のことを責めてしまい、自己肯定感が低くなることもありそうです。

「人」と「病気」「障害」は切り離して考えなければならないことだと思っていて。病気や障害によって「ネガティブになってしまって仕事が手につかない」とか、「人の気持ちがわからない」といったことがあると、「自分自身」を否定してしまいそうになるけれど、「今はこうしかできないんだ」と自分を受け入れることもできるように思います。

クラウドファンディングに挑戦中

——現在、soarではGoodMorningでクラウドファンディングに挑戦中ですが、成功した際のお金の使い道について教えてください。

soarのクラウドファンディングは2019年4月26日まで行われている
クラウドファンディングGoodMorningページより
soarのクラウドファンディングは2019年4月26日まで行われている

soarは必要としている人に、必要な情報を届けられる「情報のセーフティネット」を目指しています。

ところが、今のサイトのつくりでは情報を探しにくいので、病名や症状で記事を探せるようにしたいです。また、「病気の情報がほしい」というより、ぼんやりとした生きづらさを持っている読者の方も多いので、「感情や悩み」でも探せるようにしたいと考えています。

他には、アクセシビリティを強化します。視覚障害のある人にも優しい色使いにすることや、視覚障害のある人のための画面読み上げソフト対応(一部除く)といったところですね。これによって、障害のある方だけでなく、子どもやお年寄りなど、soarをご覧いただく皆さんにとってより親しみやすく使いやすいものにしていきたいです。

昨年リリースしたsoar teaは、「優しい回復の時間」を持つために生まれたブレンドハーブティー。クラウドファンディングのリターンのひとつ
写真/土田凌
昨年リリースしたsoar teaは、「優しい回復の時間」を持つために生まれたブレンドハーブティー。クラウドファンディングのリターンのひとつ

——soarは月々の支援で運営されているとのことですが、広告収入は求めないのですか?

そうですね。立ち上げのときから、「NPO法人にして、寄付で参加していただくかたちでメディアをやっていこう」と決めていました。たくさんの人たちに、「soarの価値観に共感している」と表明してもらうことが必要だと思っていたので。

——表明してもらう?

「誰もが可能性を生かせる社会がいい」と言ってくれる人を増やすことが、社会の空気感を変えていくし、今苦しい人の励ましになると思うんです。

賛同する人がメンバーという形で参加したり、寄付で応援したり、SNSで記事をシェアしたり。一人一人の力は小さいかもしれないけれど、たくさんの人たちの力を集めて活動を広めていくことに意味があると思っています。

——社会を良くしたいというモチベーションがあるから、この活動を続けられるのでしょうか。

純粋に課題解決のためというわけじゃないんです。取材でお会いする人たちって、それぞれに、可能性を広げて羽ばたく「soarな瞬間」を持っています。そうした瞬間に触れることができるので、実は私たちも、みなさんからいただくものが多いんですよ。

そして、その「soarな瞬間」の記事を読んだ読者の方から、生き方が変わったとか、病気に気づいて治療を受けられたというお話を聞くこともある。

「soarを見れば必ずいい解決策が見つけられる」「人生のなかで失敗や絶望があってもsoarが受け止めてくれる」といった、みなさんに希望を与えられるセーフティネットになりたいです。

工藤瑞穂さん
写真/土田凌
工藤瑞穂さん

 おわりに

soarのURLは、soar-world.com
この「world」には、記事を通して、知らない誰かの見ている世界に出合えるように、との思いが込められているそうです。それは、目の見えない人が“見て”いる世界であったり、足のない人が生きてきた世界であったりする。

それぞれの世界は、大変なこともあるけれど、最後には必ず希望を示してくれます。

きっとsoarは、死にたいくらい辛い思いをしている人が、インターネットを通して辿り着く場所でもあるかもしれない。だからこそ、なんとしてでも希望を示していく必要があるのだと、工藤さんは話してくれました。

soarの記事を読むと、誰かが可能性に羽ばたいた瞬間を垣間見ることができ、優しい気持ちになります。そして、なんだか誰かに優しくできそうにさえ思える。

「world」には、インターネットの世界から現実の世界に優しさが拡張していくような意味もあるのではないかーーそう話すと工藤さんは、「素敵な解釈ですね」と、静かに笑いました。

桜
写真/土田凌

(取材・執筆/栗本千尋、編集/BAMP編集部)