「結果を出してなんぼ」の世界で生きてきた経営者。多様性の大切さに気づかせてくれたのは、移住先で育つ子どもたちだった

「フルカイテン」CEOの瀬川直寛さんにインタビューしました。「結果を出してなんぼ」の世界で生きてきましたが、移住や子育てで多様性の大切さに気づき、それが従業員や経営に好影響を与えているといいます【インタビュー】
瀬川直寛さん
瀬川直寛さん
フルカイテン提供

優秀だった人がライフステージが変わった瞬間に優秀ではなくなる。そんな会社にしてはいけないーー。

在庫を利益に変える分析クラウドサービス「FULL KAITEN」を展開する「フルカイテン」のCEO・瀬川直寛さんは、こう力を込めた。

サービスは大手アパレルやスポーツメーカーなどで導入が進み、利用ブランドの年間累計流通総額は2023年12月に1兆円を超えた。世界中で起きている大量廃棄という環境問題の解決も目指している。

この急速な成長を後押しているのは、家族と地方に移住して気づいた多様性への考え方だ。かつては早朝から深夜まで猛烈に働き、在庫の抱えすぎで3度の倒産危機を経験するなど「生きている心地がしなかった」時代もあった。

昔とは違う価値観の中で暮らす瀬川さんが感じた多様性の大切さとは。そして、従業員や経営に与えている好影響とは。

【フルカイテン】

「世界の大量廃棄問題を解決する」をミッションに掲げ、在庫を利益に変える在庫分析クラウド「FULL KAITEN」の開発・提供を行うスタートアップ企業(本社・大阪府)。大手アパレル小売企業や眼鏡小売企業、雑貨小売企業、スポーツメーカーなどで導入が進んでおり、FULL KAITEN利用ブランドの流通総額の合計が2023年12月に1兆円を超えた。社員数は48名(23年11月時点)。26〜27年の新規株式公開(IPO)を見据える。

FULL KAITENロゴ
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フルカイテン提供

理系で育った人間が営業の世界に

ーー瀬川さんの経歴を教えてください。

慶應大学理工学部でAIや統計理論を使った研究をし、卒業後はIT系の企業に計10年以上勤めました。

35歳でベビー服を販売する会社をつくりましたが、この事業で在庫が原因の倒産危機を3回経験しました。この危機を乗り越えていくうちに、在庫分析や売上予測の理論にたどり着くことができ、今に至ります。

ーーIT系の企業ではどんなことをされていたのですか。

大学卒業後、コンパックコンピュータ(現・ヒューレットパッカード)に入社し、営業をしていました。理系で育った人間が営業をすると何かしら強みが生まれる、といった動機からです。

それからは大変な毎日で、午前7時半から働いて帰りは終電。終電がなくなったら歩いて家に帰っていました。ただ、当時は望んでそういう働き方をしており、早く成長したい一心で最も忙しい部署を選びました。

営業のイロハは誰も教えてくれないので、先輩と商談に行った時、「なぜあの場面で発言したのか」や「なぜ会議室を出た後のエレベーターホールで重要な話をしたのか」などをノートに書きとめ、後々質問して教えてもらいました。

そんな経験を積み重ね、1人で商談に行く際は前日にゴールを決めた上、それに辿り着くまでに予想されるお客さんの反応などを何パターンも書き込んで臨んでいました。

すると、いつの間にかトップセールスに。仕事は楽しかったですが、会社が(ヒューレットパッカードに)買収されたタイミングで退職しました。

フルカイテンの「パノラマオフィス伊那」からの風景。ガラス張りで大自然を一望できる
フルカイテンの「パノラマオフィス伊那」からの風景。ガラス張りで大自然を一望できる
フルカイテン提供

独身時代と変わらない気持ちで働いていた

ーーその後は転職を重ね、起業するわけですね。なぜベビー服を売ろうと思ったのですか。

子どもが生まれてベビー服を買いに行った時、赤ちゃんを抱えて動くのはかなり大変だということに気づきました。ミルクやおむつ、自らの荷物、抱っこひもを持ち、ベビーカーを押さなければならない。そんな苦労をしても気に入った服がなく、何も買わずに帰る。

休みも潰れるし、「なんやったんやこれ」と思いました。こんな苦労を子育て世帯がしているのであれば、可愛いベビー服がたくさん集まったECサイトを作ろうと思ったのがきっかけです。

ーー起業となると、サラリーマン時代とは違った忙しさがあったのではないでしょうか。

第一子が生まれてしばらくの間は、非常にダメな夫だったと思います。

起業して大きなプレッシャーがあり、朝から晩まで働くことを疑わず、独身時代と何も変わらない気持ちで働いていました。何としても成功させないと家族が大変な目に遭うのでとにかく必死でした。

3回の倒産危機で「世の中全てが敵」

ーーさらに3回の倒産危機も経験したのだとか。

お金かけるのであれば商品にお金をかけようと、集客のためにどんどん商品を増やしましたが、それが間違いでした。売れ残る在庫が増えていき、会社のキャッシュを苦しめる状態に陥りました。家は段ボールであふれ、2ヶ月先の従業員の給料が支払えない状況になったのです。

なんとか乗り切りましたが、この半年後に2回目の倒産危機。原因は一緒です。

3回目の倒産危機は、在庫を抱えず多くの人に買ってもらうことを考えて送料が無料になる「購入金額の敷居」を下げたことが原因でした。7000円から2000円に下げても購入者が1.4倍になれば利益が出る試算をしていたのですが、1.2倍にしかならず、運送会社に運賃を払う時点で赤字となりました。

いずれもこれまで培ってきた経験や知識を全てつぎ込み、なんとか乗り切りましたが、社内はいつしか冷めた状態になっていました。

ーー瀬川さんも精神的に相当きつかったのではないでしょうか。

3回目の倒産危機の時、社内は「瀬川対その他の従業員」のような構図になっていました。私も倒産危機で気持ち的に追い込まれていましたし、金融機関には個人保証でお金借りているので、倒産した際の債務は自分が負わなければならない。生きている心地がせず、世の中全てが敵だと思っていました。そんな状態で家に帰るので、毎日夫婦喧嘩をしていましたね。

移住先に広がる美しい風景
移住先に広がる美しい風景
フルカイテン提供

フルカイテン設立、そして移住

ーー大変な経験ですね。フルカイテンを設立したのはいつですか?

フルカイテンを設立したのは2017年ですが、この時はまだベビー服の事業もやっていました。翌18年にベビー服の事業をM&Aで売却し、それから社名をフルカイテンにして今の事業だけの会社となりました。

妻に「あなたはこちらの方が向いている」と言われたことがきっかけです。比較的順調に経営を続け、22年に当時住んでいた大阪府から長野県に家族で移住しました。

ーーなぜ移住されたのでしょうか。

子どもの教育環境を変えたいという思いです。仕事とは関係ありませんでしたが、これが後々良い影響を生んでくれました。

まず、日本の教育環境は非常に画一的で、子どもを学力でしか評価しません。特に都会の子ども達は勉強一辺倒、小学1年から塾に行き、毎日習い事があり、「いつ子どもは遊ぶのだろう」という生活をしています。

たまたま勉強が得意な子どもがいたとして、その子の自己肯定感は高まるかもしれない。でも、ダンスが好き、スポーツが好き、といった子どもの自己肯定感は阻害されていく。

私も小さい頃は勉強に興味がなかったし、宿題なんかやった覚えもない。ただ、中学3年の時、担任から「このままだと通える高校ないで」と言われたことをきっかけに勉強を始めました。

つまり、自分の意欲次第なんです。いつ何にどんな意欲を持つのかは人それぞれで、自分の興味があることに一生懸命取り組み、試行錯誤しながら育っていくのだと思います。

そのように子どもたちを成長させてくれる学校が長野県にあり、そこの教育を受けさせたくて移住しました。メディアでも注目されていますが、公立伊那小学校です。

小学校から見える街並みとアルプス
小学校から見える街並みとアルプス
フルカイテン提供

「赤ちゃんって最初から歩いてない」

ーー会社のトップとして移住することに不安はありませんでしたか。

不安はありました。東京で10年、大阪で10年それぞれ働いてきましたし、都会の経済規模も理解しています。

しかし、移住前の22年夏、家族と20日ほど長野に滞在したのですが、社員はみんな私が長野にいることに気づきませんでした。コロナの影響でフルリモートも普及していましたし、「どこで仕事をしても一緒なんや」と思いましたね。

ーー移住後、従業員への接し方を含めて瀬川さんに気持ちの変化はありましたか。

移住したからこそ、ベストを発揮して成果を出していくという思いは強くなりました。一方、従業員に対してはまた別の変化が生まれました。大阪にいた時、今思えば私はまだまだ画一的でした。「結果を出してなんぼ」の世界で過ごしてきたので、結果の見方が凝り固まっていました。

例えば、「自分はこれができるのになぜあなたはできないの?」「なぜAさんとBさんは同じレベルで仕事ができないの?」と思うこともありました。しかし、長野に移住し、子どもが自由な校風で育つ姿を見て、「人によって得意不得意は違う」「得意だと言っている子どもたちの中でも習熟度のレベルが違う」といったことに改めて気づいたんです。

そして、私の子どもが赤ちゃんだった時のことも思い出しました。「そういえば、赤ちゃんって最初から歩いてないな」と。寝てるだけ。寝返りもしないし、首も座ってない。ハイハイが始まったと思ったら後ろに向かってハイハイする。

でも、親たちはそんな少しの変化でも「成長した」と大喜びするじゃないですか。フラフラなつかまり立ちでも「立った」と喜びます。立ったというレベルは誰も問うてはいないですよね。立ったことを喜んでるんです。

そうして拍手をするから、赤ちゃんはおそらく「応援された」という気持ちになり、何回もトライします。はじめから頭ごなしに「なんでシャキッと立たんねん」とは言いませんよね。

でも、よく考えたら自分の社員への接し方は、最初から「なんでシャキッと立たんねん」となっていたのではないか、そんなことを思うようになったのです。

フルカイテンの「パノラマオフィス伊那」に集まったカスタマーサクセスチームのメンバー
フルカイテンの「パノラマオフィス伊那」に集まったカスタマーサクセスチームのメンバー
フルカイテン提供

多様性とは何か。経営に与えた好影響

ーーある意味、従業員の多様性を受け入れて伸ばすということですね。

子育てでは、学力でしか子どもを図らない多様性のなさに抵抗感があり、私は多様性というものをそれなりに捉えている、と思っていました。しかし、全く理解できていなかったと長野に来て気付かされました。

あと、私と従業員との「1on1」にも変化が生まれました。先ほど赤ちゃんの話をしましたが、従業員に「最近の小さな変化や進化は何ですか」と聞くようになりました。

大人になると基本的には謙虚になりますよね。子どもみたいにあれこれできたとは言わない。でも、これって自分が起こしている変化や進化に無頓着になるということだと思います。自己肯定感を高める機会を失いますし、成長を実感できなくなる。

それを私が「最近起こした小さな変化や進化は何ですか」と定期的に聞くと、「こんなことができるようになった」「こんなことにトライしている」と話してくれるようになりました。

従業員は自らの小さな変化や進化を評価してくれているのだと実感できますし、自己肯定感も高まっていきます。成長は「らせん階段」だと思っていて、小さな変化を見逃さず、誰かが「らせん階段を1周ずつのぼっているね」と言ってあげることが大切です。実際、社員の動きは変わってきました。

ーー瀬川さんの多様性に関する考え方も変わり、社員も良い影響を受けているのですね。好調な業績の要因でもありそうです。

数字以外の面でも、社内の仕組みやビジネスモデルそのものの進化は長野に来てから加速しています。改善のスピードが上がり、質も良くなっている。それが数字にも現れてきた、と捉えています。

ウェルビーイングや多様性というのはものすごく大切な言葉だと思います。一方、この言葉自体、どうしても軽く言われているような気もします。結局、多様性とは何なのだろうと考えていたのですが、私の今の結論は、「自分らしくいられること」です。

会社を「自分らしくいられる」場所にするため、経営者は「一人一人の得意・不得意を理解し、パズルのように『得意』を組み合わせる組織」を作らなければなりません。その積み重ねが「私の居場所」となり、そう思ってくれる社員が増えたら「多様性が実現された職場」と言えるのだと思います。

12月15日の全社イベントで撮影された社員の集合写真
12月15日の全社イベントで撮影された社員の集合写真
フルカイテン提供

多様性・ウェルビーイングと経営の両立

ーー長野で学ぶ子ども達の姿を見て、瀬川さんの多様性に関する考え方も変わり、従業員に良い影響を与えている。子どもの純粋な気持ちから学ぶことって多いですよね。

昨日も子どもから学びました。

夕方に妻からLINEがきたのですが、娘2人に「ママちょっと疲れてるの。食材は買っておいたから、2人で夜ご飯を協力して作ってね」と、置き手紙を残して小学校の懇談会に向かったそうです。

夕飯作りは娘たちにとって初めての経験。でも、妻が家に帰ってきたら、長女が焼きそばを、次女がサラダをそれぞれ作っていたそうです。たくさん褒めてあげたのですが、子どもは親が思っている以上に考えて行動するのだなと改めて気づきました。まあ、お皿が一枚割れてたんですけど(笑)。

ただ、これって会社と一緒ですよね。その人の習熟度に合わせて、「これは少し背伸びかな」という仕事を信じてさせてみる。うまくいけば「できた!」という達成感が生まれ、また意欲が引き出される。言われてやるよりも、自分で考えてトライした人は成功体験を知ることができます。

ーー最後に、働き方改革やウェルビーイングと言われていますが、依然として「そういうものは甘えだ」という人もいます。働き方やウェルビーイングを向上させながら経営をしていくことは可能なのでしょうか。

可能に決まっています。むしろ可能にしなければなりません。人は必ずライフステージが変わります。私は20歳代の頃、独身で会社の近くに住み、仕事だけに全ての時間を使うことができました。ただ、そんな働き方は続きません。

例えば、結婚して子どもが生まれてもそんな働き方をしていたら家庭が壊れます。体力も衰えていくし、健康面にも気をつけないといけない。結婚や子育て以外でも、親の介護の問題もあります。

つまり、人は歳を重ねるうちにライフステージが変化していくのです。にもかかわらず、独身の社員しか働けないような会社、そしてそんな人に最適化された評価体系のもとでは、多くの社員が活躍できなくなります。

こんな会社は長生きできません。少子高齢化でどんどん働き手が減っていますが、画一的な働き方、画一的な評価の仕方しか用意されていない会社に若い人たちは就職するのでしょうか。

もし、そんな会社の横に「ライフステージに応じて働き方を変えながら、そのライフステージの中でベストなパフォーマンスを出せるように設計されている会社」があれば、皆そちらに行きますよね。

優秀だった人がライフステージが変わった瞬間に優秀ではなくなる、そんな会社にしてはいけない。働き方やウェルビーイングというものを、これからの会社の経営者はよく理解して、会社の設計を変えなければ生き残ることはできません。

【瀬川直寛さんプロフィール】

瀬川直寛さん
瀬川直寛さん
フルカイテン提供

奈良県出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、外資系IT企業などを経てベビー服のECを起業。在庫が原因で3度の倒産危機を経験したが、その過程で外的要因や予測不能な変化に強い小売経営モデルを創出した。そのモデルを「FULL KAITEN」として2017年にクラウド事業化。現在はEC事業を売却。在庫分析サービス「FULL KAITEN」は中小から大手のアパレル小売、雑貨小売、スポーツ小売など累計約200ブランドが導入している。

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