災害時にも医療を止めないために。「連携の標準化」で目指す、ヘルスケアAIの未来

フィリップス・ジャパンが「Philips Future Health Index 2025 日本版」の発行に伴い、プレスセミナー「災害時にも止まらない医療を」を開催。医療従事者への負担が増大する中、ヘルスケアAIの活用と「連携の標準化」が、有事の際の医療には欠かせないものになっているという。

オランダのヘルステック企業「ロイヤル フィリップス」の日本法人である「フィリップス・ジャパン」は、将来の医療課題に対する患者と医療従事者の意識を調査した「Philips Future Health Index 2025 日本版」を発行した。

Philips Future Health Indexは過去10年にわたり、医療システムが直面している課題において、テクノロジーの観点から調査しており、2025年のテーマは「ヘルスケアAIに対する信頼の構築」だ。

レポートの発行を記念し、同社は麻布台本社にて、災害時医療に関するプレスセミナー「災害時にも止まらない医療を」が開催。災害時医療に携わる専門家や医療関係者などが登壇し、災害時医療に必要な医療機器の整備と課題などについて討論した。

日本の患者は、ヘルスケアAIに懐疑的?

セミナーの冒頭には、同社代表取締役社長 CEOのジャスパー・アスエラス・ウェステリンクさんが登壇し、本レポートの結果を一部抜粋して紹介した。

ウェステリンクさんは、調査の背景について「世界的な人口増加や平均寿命の延伸が進み、医療を必要とする人口も増えています」と説明し、高齢化が進む日本でも医療従事者の人手不足が深刻化していると話した。

フィリップス・ジャパン代表取締役社長 CEOのジャスパー・アスエラス・ウェステリンクさん
フィリップス・ジャパン代表取締役社長 CEOのジャスパー・アスエラス・ウェステリンクさん
フィリップス・ジャパン

調査では医療従事者の65%が、患者データが不完全またはアクセス困難であることにより、診断時間が圧迫されていると回答。5人に1人が1日に45分以上の診療時間を削られているといい、1年間で4週間の労働時間に相当する。また、日本の医療従事者と患者が過ごす時間は、事務作業によって減少傾向にある。実際に患者サイドでも、4人に3人が人員不足によるケアの遅れを感じているという。

調査では、医療従事者の60%が「AIによって患者の転帰が改善される可能性がある」と考えている一方で、患者の同項目への回答は33%にとどまった。さらに「自分のような患者のケアの改善に役立つのであれば、医療におけるより多くの技術の使用を歓迎する」という意見に賛成した患者の割合は全体の56%で、調査対象の16カ国の中で最低順位を記録。医療従事者と患者との間で、需要度に大きなギャップが生じていることが明示された。

自分のような患者のケアの改善に役立つのであれば、医療におけるより多くの技術の使用を歓迎する」という意見に賛成した患者の割合
自分のような患者のケアの改善に役立つのであれば、医療におけるより多くの技術の使用を歓迎する」という意見に賛成した患者の割合
フィリップス・ジャパン

テクノロジーの普及によって、より人間的な医療経験の減少を懸念する患者が多い一方で、AIによる業務の効率化は、医療従事者と患者がコミュニケーションを取る時間を創出することにもつながる。

 実際に、患者自身にAIに求めるメリットを聞いたところ、「間違いが減少する」「医療費が削減される」「患者の健康に役立つ」に続いて、全体の38%が「医師が患者の診察に費やす時間が増えること」と回答。AI導入が人間的な医療経験を確保するための手段となり得る可能性を提示していくことが、信頼のギャップを埋めることに繋がりそうだ。

また、医療従事者サイドからは、データセキュリティに関する安心感やAI使用時の法的責任の明確化など、具体的な指針を求める声が多く寄せられており、ガイドラインの整備が急務となっていることがうかがえる。

災害時にも「止まらない医療」のために今、できること

日本赤十字社 医療事業推進本部参事監 兼 事業局救護・福祉部主幹の植田信策さん
日本赤十字社 医療事業推進本部参事監 兼 事業局救護・福祉部主幹の植田信策さん
フィリップス・ジャパン

トークセッションには日本赤十字社の植田信策さん、同社プレシジョン・ダイアグノシス事業部長の門原寛さん、春日井市民病院(愛知県)院長の成瀬友彦さんが登壇。それぞれの視点から「災害時にも止まらない医療」の実現に向けた、現状や課題を共有した。

植田さんは、医療現場におけるAnticipatory Action(予測型行動)や、災害耐性に優れた地域医療実現のための課題を紹介した。

東日本大震災発生時、被災地から多くの患者を受け入れた石巻赤十字病院(宮城県)では、過去の地震の傾向に基づいた十分な対策によって地震発生から約40分で受け入れ体制を完了したという。迅速な初動対応を実現した背景には、毎年実施している大規模災害訓練や、平時から開催している石巻地域災害医療実務担当者ネットワーク協議会の存在があった。

また、内陸部への病院移転や耐震構造、外来ロビー壁の酸素配管などの「有事への投資」も重要だという。さらに「災害の予見と被害の予測」「リスクの発現防止と被害の軽減」「救助」「克服と復旧」をサイクル化した災害対策と、モノ・コト・ヒトと共に備えを充実させることも大切だと話した。

同病院では、東日本大震災発生後の数ヶ月間にわたり、平時の約3倍の患者が診察に訪れており、医療現場の切迫状態が続いた。その背景にあったのが、雑魚寝をはじめとした避難所の過酷な環境だ。エコノミークラス症候群や生活不活発病、身体的・精神的なストレスなどによる、地震の二次災害が発生していたという。

植田さんは、震災関連死において避難所の環境に係るものが高い割合を占めたデータを提示し、環境改善のために TKB(Toilet, Kitchen, Bed)の充実化を図る必要性を指摘した。

フィリップス・ジャパン プレシジョン・ダイアグノシス事業部長の門原寛さん
フィリップス・ジャパン プレシジョン・ダイアグノシス事業部長の門原寛さん
フィリップス・ジャパン

続いて、門原さんは医療機器メーカーの立場から、設置型医療機器における災害対策について話した。

津波や河川氾濫による水害リスクを低減するためには、医療機器を上層階に設置することが効果的だが、装置の重量やクエンチ(冷却に用いられる液体ヘリウムが何らかの原因で気化し、急激に噴出する現象)のリスクの観点から、MRIなどの医療機器は地下や低層階に配置されることが多い。

そうした課題を受け、同社では現在、クエンチ配管を必要としないヘリウムフリーMRI「BlueSeal(ブルーシール)」を製造・販売している。最新「BlueSeal magnet for 1.5T」は世界で約1700台、日本国内で約140台が稼働中だ。

本製品は、励磁・消磁(磁力の発生を目的とした電流の操作)を病院スタッフが行えることも特徴で、交通インフラが乱れた状況でも活用しやすい。また、軽量化にも成功しているため、上層階への設置が比較的容易となり、トレーラー搭載による可搬性も実現した。

同社が製造・販売するDX化関連の製品やサービスは多岐にわたり、ポータブル超音波診断装置「Lumify(ルミファイ)」や、睡眠時無呼吸症候群の患者へのモニタリングサービス「Care Orchestrator(ケア オー ケストレーター)」など、災害時医療としての活躍が期待されるものも紹介された。

DX化には、「連携の標準化」が不可欠

春日井市民病院(愛知県)院長の成瀬友彦さん
春日井市民病院(愛知県)院長の成瀬友彦さん
フィリップス・ジャパン

災害時対応のDX化に積極的に取り組む病院の1つが、成瀬さんが院長を務める春日井市民病院だ。

地盤が比較的強固な春日井市は、名古屋エリアの災害医療拠点としての役割が期待されているため、災害訓練の強化や、災害時対応のDX化、安定した水や電力の確保に積極的に取り組んでいる。

DX化では 「BlueSeal」のほかに、院内の情報やデータ処理にAIを導入し、被害状況が一目で確認できる体制が整っているという。また、状況に応じた優先順位の提案や、具体的な対応策の提案も可能だという。さらに近年では、LINEを通じた位置情報の共有機能を活用するなど、より手軽で活用しやすい方法も開発している。

成瀬さんは、医療現場におけるDX化は単なるデジタルの導入にとどまらず、現場革新を図るための一手として、多様な視点から実践していくことが重要だと提言した。

パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子
フィリップス・ジャパン

終盤のパネルディスカッションでは、登壇者が今回のテーマをさらに深掘りした。モデレーターは、同社公共政策部長の岩田潤さんが務めた。

「平時でのネットワークづくり」に関して、植田さんは「地域での設備共同利用のためにはシステム構築が必要なものの、十分な広まりに至っていない」と課題を指摘。

病院スタッフがインターネットで他病院の装置利用の予約ができ、診察結果を患者自身もすぐに知ることができる環境を標準化していく必要があると提言した。また、そうした取り組みにはコストが発生するため、病院だけではなく、自治体や政府機関の支援が欠かせないと補足した。

「緊急時の人員確保」というトピックにおいても、連携の標準化は共通のキーワードとして挙がった。成瀬さんは、大都市圏からの外来患者の増大に備えた体制構築の必要性について言及しつつ、「地域の病院の連携はまだできていない状況です。今後の課題としてハッとしました」とコメントした。

門原さんは、医療機器メーカーとしての観点から「災害時に最も重要なのは医療機器の復旧であり、メーカーの中で人員派遣のプライオリティを正確につけることが重要だと感じます」と話した。

最後に岩田さんは「連携の標準化と『人が人を支えていく』という共同意識が世の中に浸透し、医療機器業界もしっかりと役目を果たす。その実現に向けた取り組みを今後も進めていければと思います」とコメントし、セミナーを総括した。

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