“アジアのシリコンバレー”深圳は何がスゴイのか。大湾区構想のカギとなる都市は「世界の実験場」

人工知能・医薬品・ドローン...発展の裏にはある共通したアプローチがあると、最新事情に詳しいエクサイジングジャパン・川ノ上和文CEOは解説する。

「大湾区構想」が中国で進んでいる。

中国政府が進める、大陸南部の都市や香港、それにマカオを巻き込んだ巨大な経済圏構想のことで、2019年2月にその概要が発表された。習近平国家主席肝入りの国家プロジェクトとされ、英語では「Greater Bay Area」と呼ぶ。

その中心的なプレイヤーとして期待されるのが広東省深圳市だ。 

深圳市(南山公園からの眺望)
深圳市(南山公園からの眺望)
Getty Images

中国が推し進める経済圏プロジェクトとはどのようなものか。

そして、計画の鍵を握る深圳の現状と未来は。深圳でビジネスを手がける、エクサイジングジャパンの川ノ上和文CEOに話を聞いた。

■すでに韓国のGDPに匹敵

大湾区構想とは何か。政府の発表した概要を見てみよう。

中国本土では広東省の広州市や東莞市、それに深圳市など9市が含まれる。これにかつてポルトガル領だったマカオや、イギリスから返還された香港が入る。全体の面積は約5.6万㎢。九州全体のおよそ1.5倍の広さにあたる。

域内の人口は約7000万人。GDP(域内総生産)は1兆5000万ドル以上で、すでに韓国とほぼ同じ規模だ。

これらの地区にはそれぞれ個性がある。

まず、マカオと聞けば「カジノ」が思いつく人も多いだろう。国際IR(統合型リゾート)都市として発展してきた基盤がある。

そこに国際金融都市の香港と、中国本土の9市が加わる。このエリアは安い人件費で発展してきた地域と、起業を目指す若者が集まる「アジアのシリコンバレー」深圳がある。

こうした地域の強みを海上橋などで物理的にもリンクさせ、経済発展を促すのが構想の目的だ。

香港とマカオをつなぐ港珠澳大橋(2018年撮影)
香港とマカオをつなぐ港珠澳大橋(2018年撮影)
AFP=時事

計画は2035年が一つの区切りとされ、「経済力やテクノロジーを大幅に増強し、国際競争力をつけ、イノベーションで発展を遂げる地域にする」ことを目指す。

■深圳で感じた“変化”

大湾区構想において重要なプレイヤーの一つが、香港に隣接する広東省の深圳市だ。

アメリカと中国の貿易戦争にも登場する通信機器メーカー・ファーウェイや、「ウィーチャット」に代表されるSNSの開発・運営などを手がけるテンセント、それに「ファントム」シリーズを世に打ち出したドローンの世界最大手・DJIなどが拠点を構える。

DJIの“Mavic 2”(上海)
DJIの“Mavic 2”(上海)
Getty Images

工場労働者の中にも、高い技術を必要とする作業をこなす熟練工が多いとされるうえ、華強北(ふあちゃんべい)地区など大規模な電気街があり、ITやテクノロジー系の起業家たちが集まる「生態系」が出来上がっている。

この街の変化を、現場でビジネスを展開する人はどう感じているのだろうか。

深圳で現地企業と日本企業の橋渡しを行う「エクサイジングジャパン」のCEOでありながら、ドローン産業にも携わる川ノ上和文さんに話を聞いた。

エクサイジングジャパン川ノ上和文CEO
エクサイジングジャパン川ノ上和文CEO
Asami Kawagoe

ドローン産業のリサーチのため、2016年から深圳に関わり始めた川ノ上さん。街の著しい変化を肌で感じてきた。

まずは車の変化がありました。私が深圳に行き始めた頃(2016年)はまだガソリン車のタクシーが普通にあったんですけど、2年でほぼ見なくなった。EV(電気自動車)は、ナンバープレートを見ればわかるので、一般車でも特にEVが増えたかなと思います。

サービスとしては、無人カラオケボックスとかも2年前とかにぽろっと現れ、今や各商業施設にはほぼ入っているまで広がった。一個のビジネスが始まり、荒れて、条例が作られ、淘汰が進み...こういうスピード感はすごく面白いなと。深圳は、特に色々な方面で進んでいるのは感じますね。

変化しているのは産業だけではない。政府ぐるみで力を入れ、成長を続けるのが教育だ。

その象徴的な例が南方科技大学だ。2011年に設立されたばかりにも関わらず、イギリスの教育情報誌が発表した「アジア大学ランキング」で41位にノミネート。これは大阪大学の一つ下の順位だ。

深圳は、“研究をすることで補助金や研究金与えます”というインセンティブが非常に高いんです。人材を集めるためにはいい先生を呼ばないといけないということで、今の南方科技大学はお金を出してでも(実績のある)先生を集められるパワーと環境を用意しています。

いい先生がいると「その先生から学びたい」という学生が集まってくるので、優秀な人が集まってきます。 

南方科技大学の公式サイト
南方科技大学の公式サイト

■世界の実験場所

起業家や優秀な研究者、学生たちが集まる深圳。川ノ上さんは、その理由として、豊富な予算に加えて「実験場所」としての魅力があると分析する。

例えば、人工知能に関しては基礎研究が行われるのは(主に)北京なんですけど、北京では失敗できないじゃないですか、国の顔なので。

応用とか社会実装を試す、データを取る場所という感覚で深圳を使うのがあると思います。

自動運転でもそうですし、“研究のデータを取れるからうち(深圳)でやりませんか”というアプローチがあります。

もう一個はバイオテクノロジー。中国全体でもそうですが、製薬で世界に打って出られる企業は非常に少ないんです。一方で、高齢化だったり、どんどん社会が成熟していく中で、医薬品系やバイオケミカル系は非常に大事だという認識が高まっています。

そこで全国的に医薬ベンチャーがスタートしているわけです。深圳に限って言うと福田地区に、香港と連携したバイオテック産業パークがあるわけです。

医薬では、基礎研究は香港が強い。ただ香港は人口が少ないからデータは取りにくい。“臨床データを取れますよ”とか、そういう風に深圳を使ってもらう。AIと同じアプローチですね。国家単位でやっているビジネスの深圳の扱いはこういう感じですね。

実験場所やデータを蓄積する場所としての深圳。自動運転やAI、それに医薬品などの領域が例として挙げられたが、ドローン産業に関わる川ノ上さんもその恩恵を受ける一人だ。

ドローンの技術開発を手がけるスタートアップ「エアロネクスト」中国法人の代表も務める川ノ上さんは、深圳は開発のヒントに溢れていると感じている。

コンシューマー(消費者)向けのプロダクト市場は(ドローン最大手の)DJIが獲りました。DJIのポジションを取りに行った企業はたくさんあったわけですが、結局勝てなかった。
すると、これまで競争してきたドローンマーケットは転換をしないといけない。産業用の部分、BtoB(事業者)向けが徐々に広がっていきました。

警察の利用に特化したとか、消防とか測量とか...特定の領域に特化してアクセサリを作っていかないと、とアプローチが広がっていったんです。

エアロネクストは、産業用ドローンのマーケットにプラスして、DJIのコンシューマー向けのドローンができていない領域を開拓する必要があります。

『DJIのドローンで出来ないことはなんだろうか』『重心を安定させないと空中で作業できないシーンはなんだろうか』...という声が必要なんです。

中国では政府がまず買うんですね。買わせることによって民間企業にお金が流れる。産業ドローンの購買の40%くらいは政府機関なんです。購入した政府機関でドローンを使ってみると、色々なニーズが生まれていきます。“こここうならないの?”“雨のとき使えないの?”とか、使ってみたら改善してほしい領域が出てくる。

理詰めで考えてマーケットに出すのではなく、フィードバックを受けながら調整していくことができるので、よりマーケットが求める機能を備えたドローンが生まれてきたんです。そういう細分化をしていったメーカーが集まっている場所は中国にしかない。

■“大湾区”の未来は

大湾区構想の主役の一つとなりそうな深圳。構想の区切りとなる2035年の深圳はどうなっているのか?川ノ上さんに予想してもらった。

どうでしょうね...この10年間でこれだけ変わったのを見ると予想できないんですけど、製造業の国の中で、中国のプレゼンスは相当上がっていますよね。

その頃には産業ロボットのレベルは今より上がっているでしょうし、中国という場所を製造拠点ではなくて、ある程度の質が出せる付加価値をつける場所に使うようなイメージその中で深圳という場所に人材が集まっている分、スピード感が出せると思います

それが製造業に関しては目指している場所であり、10年もするともっとウミガメ(※)の人口も増えているはずなので、もう少し国際色に豊かになっているかもしれません。今は英語も通じないですけど、もう少し外国人の優秀な人材にビザを出して、学校とかの研究者をメインに、そういう知見を取り込もうとすると思います。

15年もすると成熟していくので平均年齢も上がっているでしょうし、今ほどのスピード感はないんじゃないかなと思います。今の上海まではならないでしょうけど、ちょっと手前の上海くらいにはなっていそうな気はしますよ。

※ウミガメ...海外で就業・留学し知見を得たあと、中国へ帰国する高度人材。中国政府はこうした人材を呼び戻す政策を進めている。

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