容赦のない爆弾の雨、プロポーズの言葉、そして母になった瞬間…。映画『娘は戦場で生まれた』ワアド監督に聞いた

「沈黙したら全てが滅ぼされてしまう。」──ワアド監督が娘を抱えながらも戦地アレッポに留まり、カメラを回し続けた理由を語った。
© Channel 4 Television Corporation MMXIX

シリアが「戦場」と呼ばれるようになった2011年から、間もなく9年が経とうとしています。人々は当初、自由を求め立ち上がり、平和的なデモを繰り広げていました。

ところがそんな市民たちを待ち受けていたのは、時に街を壊滅させるほどの武力を用いての、政権側による封じ込めでした。ロシアをはじめ政権の後ろ盾となる勢力によって、市民を巻き添えにした無差別攻撃も続いています。これまでに、内戦前の人口の半数以上が避難生活へと追いやられています。さらに反体制派最後の拠点となっているシリア北西部イドリブ県などで、昨年12月以降だけで約90万人が避難生活へと追いやられたことが国連により報告されています。

過酷な状況が続く中、映画『娘は戦場で生まれた』が、日本国内でも2月末から公開となりました。

監督を務めたワアド・アルカティーブ氏は、外部から街を訪れたジャーナリストの視点ではなく、激戦地となったアレッポの街の生活者、そして女性の視点から撮影を続けました。容赦のない爆弾の雨にさらされ、昨日までの生活の場が一瞬で瓦礫と化す中、それでも彼女はささやかな喜びを積み重ね、記録してきました。

プロポーズの言葉、妊娠が分かった日、変化していく体、そして、母になった瞬間…。

部屋の隅に置かれた無線機からは戦況を伝える声が絶え間なく響き、子守唄を歌いながら、母子は爆撃のとどろく夜を越えていきます。娘のサマ自身をも危険に晒してしまうかもしれない中で、なぜワアド監督は、揺れ動きながらも故郷に残る決断をしたのでしょうか。映画に込めた想いを伺いました。

2020年2月26日、Skypeでのインタビューの様子
2020年2月26日、Skypeでのインタビューの様子

安田:反体制派の拠点となったアレッポは、2012年7月以降、激しい空爆にさらされてきました。自分が日常を営んできた街が無残に破壊されてしまう様子や、それでも生き抜こうとする人々の姿を、なぜカメラに収めようと思ったのでしょうか?

ワアド・アルカティーブ監督(以下、ワアド):2011年にシリアで革命が起きた時、私たちは、本当に人生を変えられる、そう願っていました。けれどもその後、アサド政権が人々への暴力を用いたために状況は悪化し、さらにロシアやイランがそれを支援し始めたのです。私たちは自分たちの国のため、自由と尊厳のため、安心して自分たちの家で暮らす日常のために闘い続けてきました。その間、化学兵器が使われたり、何千もの人々が逮捕され殺されたり、多くの人々が暮らしていた場所を追い出されてきました。そんな状況の中、自分が闘う唯一の方法が、自分たちの声で、自分の見方から、何が起きたのかを伝えることなのではないかと考えたのです。今シリアで起きていることは「内戦」という言葉が使われがちですが、これは内戦ではありません。戦争であり、攻撃されているのは私たち市民です。いつかシリアが自由になったとき、私が撮影してきた映像が、私たちに対して行われてきた犯罪の証拠となればと思っています。

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安田:家々や病院までもが空爆されたり、幼い子たちが巻き込まれたりする様子が映画の中で映し出されています。カメラを回しながら、とりわけ心が痛む時、心が苦しくなる時というのは、どういう瞬間だったでしょうか。

ワアド:カメラを回し続ける中、心苦しくなる瞬間というのは本当にたくさんありました。ただ実は、当時よりも今の方が辛いと感じています。なぜならあの時アレッポで起きていたことが、今もシリア国内で繰り返し起きているからです。現在イドリブ県(シリア北西部・反体制派最後の拠点とされる)では、毎日たくさんの方が殺され、昨日も幼稚園にロケット弾が撃ち込まれたばかりです。ロンドンにいる今のほうが楽、ということは一切ありません。アレッポを離れて三年たった今も、状況は悪化し続けているんです。

安田:今、イドリブで起きているような状況の中に、ワアドさんもアレッポで2016年まで身を置いていたと思います。身の危険を感じることも多々ある中で、娘のサマちゃんや夫のハムザさんと一緒に、もっと早くアレッポを去るという選択肢もあったのではないでしょうか。それでもアレッポにとどまって、カメラを回し続けたのはなぜだったのでしょうか。

ワアド:もちろん、日々危険に身をさらしていました。けれどももし、沈黙し、何もせずにいれば、私たちのすべてが滅ぼされてしまうんです。もちろん、アサド政権によって、既にたくさんのものが破壊されてはいましたが、そこで闘い続けなければ、本当にすべてが失われると感じたのです。その闘いをやめ、国外に行ってしまえば、それまで重ねられてきた、たくさんの方の死や犠牲を無にすることになります。だからこそ、そこで闘い続けることは当然のことだと感じていました。

もうひとつ、夫のハムザは医者であり、自分はジャーナリストだった、ということもあります。医者の担う役割がどれほど重要であるか、私たちは分かっていました。過酷な状況の中で、人々が私たちの役割を以前よりもさらに必要としていると感じていたのです。この映画を観た方は、なぜ早く国を去ることを選択しなかったのかと思うかもしれません。包囲される街に残ったことを、不思議に思うかもしれません。でも皆さんも、同じ状況の中に身を置いていたら、同じように感じたのではないでしょうか。

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安田:映画の中では、残酷な状況が映し出されるだけではなく、夫ハムザさんからのプロポーズ、妊娠が分かった瞬間のことや、出産のときの気持ちなど、ひとりの女性としての感覚が大切にされていると感じました。

ワアド:一人の女性としての自分を描くことで、目の前の現実をいったん離れて想像力を働かせることができたんです。この先に対する未来、希望。例えばウェディングドレスは何にしよう、ウェディングの日はどのように過ごそう、と想像したり。それと同時に、とても厳しいシナリオも脳裏に浮かぶんです。いつ、この幸せが終わってもおかしくない、そしてそれがとても悪い終わり方をするかもしれない、ということも。

それでも女性としてポジティブな感覚を持っていましたし、夢見ることもできました。ハムザとの愛が、私と彼を救ってくれましたし、状況が悪化していく中でも、娘のサマの顔を見ると救われました。親友のアフラやその家族の存在もとても大きかったです。誰か頼れる人がいる、隣にいて見守ってくれている人がいると感じることは、人間として自分たちが、どんな武器よりも強くあれるんだと感じさせてくれます。人生を自分たちの手で作っている、と。

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安田:夫のハムザさんも、親友のアフラさんも、そしてサマちゃんも、ワアドさんに力を与えてくれる存在だと思います。一方、映画の中でワアドさんは、「サマ、私のこと許してくれる?」と語りかけるところもありました。この言葉には、どんな気持ちが込められているのでしょうか?

ワアド:多くの瞬間で、私の感情は混乱していました。虐殺が起き、世界中がそれをただただ見ているだけ、という状況も信じられずにいました。同時に、娘を守れない自分に対しての落胆の気持ちもありました。「許してくれる?」という風に言ったのは、もしサマに何かが起きてしまった時に、それでも彼女は私を許してくれるだろうかという問いかけでした。自分たちが生き延びられるかどうかさえ分からなかったんです。次の瞬間に何が起こるかわからない…。政権軍が私たちのいる病院まで迫っていたとき、サマは置いて行くべきだ、とハムザにいわれました。私たちの子どもだと分からない方が、生き延びられるかもしれないから、と。実際に当時の政権は、親を苦しめるために、親の目前で子どもを殺したり、逆に子どもの目の前で親を殺すこともありました。でも、サマを手放すことはできなかった。自分がやっていることが、いいことなのか、悪いことなのか、それすらも分かりませんでした。それだけのことが起きていることを、一人の女性として、皆さんと分かち合いたいと考えたんです。

安田:今ワアドさんが暮らしている英国は、EU離脱へと舵を切りました。その議論の一つが、難民の受け入れでした。今実際に生活をしながら、この状況をどうとらえているでしょうか。

ワアド:大切なのは、私たち難民は、難民になりたかったわけではない、ということです。たとえば私たちは、シリアの大統領であるアサドが追放されたその瞬間に、祖国に戻りたいと思っています。自分たちの国なのですから。けれどもこうした問題が、残念ながら各政府によって「カード」として使われてしまっているように感じています。難民問題も、IS(過激派勢力「イスラム国」)の問題も、そもそもアサド政権が統治をしなければ、起きなかったことだと思っています。難民になった人々には、それぞれに物語があります。例えば、国に残るためにすべてをかけて闘い、それでも難民にならざるをえなかった、そういう人もたくさんいるんです。私は今ロンドンにいて、英国は大好きな国です。私たち難民は決して、避難先の国の方々の機会や雇用を奪いたくて来ているわけではありません。そして、できることなら早く自分たちの母国に戻りたいと感じています。

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安田:日本では、難民の受け入れに対しては非常に厳しい政策をとってきました。シリアの人々でさえ、ほとんど認定されていないという状況にあります。この映画を日本で見た人たちに、どんなことを考えてほしいでしょうか。

ワアド:アサド政権、そして後ろ盾となっているロシアが、シリアの状況について誤った情報を流している場合もあります。実際起きていることがどういうことなのかを、日本の観客の皆さんにも映画を通して知ってもらいたいです。シリアで起きていることは、日本とまったく関係がないことではありません。今の世界はあらゆるものが互いに影響を与え合っています。日本の場合は、広島をはじめ、苦しんできた歴史もあります。今現在も、違った形で同様の苦しみが他の国で起きているのだということを、改めて感じていただきたいです。

日本は難民の受け容れに厳しい政策をとっているとのことですが、例えばシリアの政治自体を変えたり、今の政権を倒すことができれば、難民問題の根源がなくなるわけです。映画を通して、私たちの苦しみも身近に感じてもらい、何か連帯感が生まれていけばと思っています。日本の方々も私たちシリア人と共にあるんだ、支えてくれてるんだ、自分たちの痛みを感じてくれているのだ、という一体感を感じさせていただければとても嬉しいです。

(聞き手:安田菜津紀/2020年2月26日)

※この記事はJ-WAVE「JAM THE WORLD」3月4日放送「UP CLOSE」のコーナーを元にしています。

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月曜日~木曜日 19:00〜21:00
https://www.j-wave.co.jp/original/jamtheworld/

ワアド監督インタビューをお届けした2020年3月4日(水)の放送は、3月11日までradikoでタイムフリーでお聴きいただけます。(リンクはこちら

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