韓国のフェミニズムは盛り上がっているのに、なぜ日本は盛り上がってないの?って言われる件

「自分たちの欲する未来」に対して直球を投げる韓国のフェミニズム文学は確かにまぶしいけれど、私たちにも私たちのことばがあるはずだ。
江南駅女性殺害事件の現場に貼られたポストイット。被害者を追悼するコメントが書かれている
江南駅女性殺害事件の現場に貼られたポストイット。被害者を追悼するコメントが書かれている
AFP

2019年の2月は本当に、韓国のフェミニズムについての話題がそこかしこで聞かれたひと月だった。昨年末に邦訳が発売となった“フェミニズム小説”『82年生まれ、キム・ジヨン』(※1)がヒットしているのは周知のこと。2月には著者のチョ・ナムジュさんが来日し、記者会見や川上未映子さんらとのトークイベントも開催された。

また、同時期には同じく韓国フェミニズムムーブメントのきっかけになった『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(※2)の著者、イ・ミンギョンさんも来日し、都内でいくつかのトークイベントや読書会が開かれた。どの会場も満席で、熱気にあふれていた。

会場やイベントの帰りに必ず話題になったことは、ひとつ。

「韓国ではあんなにフェミニズムが盛り上がっているのはなぜ? 日本では?」

韓国では確かにフェミニズムに勢いがある。昨年11月に行われた調査では、「韓国の19~29歳のうち『自分はフェミニストだと思う』と答えた女性は42.7%、男性は10.3%」だったそうだ。

『キム・ジヨン』がヒットしたのに続き、7人の女性作家がフェミニズムをテーマに執筆した短編集『ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集』(※3)も邦訳が出版された。

もちろん文学作品だけではない。今年の3月8日、国際女性デーの画像を検索してみる。集会やデモに集まって声を上げている人の数は、日本とはちょっと桁違いに見える。

小川たまかさんが聞き手をつとめた、『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』の著者、イ・ミンギョンさんによるトークイベントの様子
小川たまかさんが聞き手をつとめた、『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』の著者、イ・ミンギョンさんによるトークイベントの様子
小川たまかさん提供

10年前には考えられなかった韓国フェミニズムの盛り上がり

『私たちにはことばが必要だ』の訳者のひとりである小山内園子さんは、2007年にソーシャルワーカーとして韓国の女性団体に派遣されていた経験もある。当時を振り返って小山内さんは、「女性の約半数がフェミニストを自認するようになるなんて、考えられなかった」と言う。

「日本よりも“フェミニスト”のイメージが悪かったと思う。“どうでもいいことを騒ぎ立てる女”というレッテル貼りが強くて、フェミニストって言った途端に親が怒る、みたいなところがあった」(小山内さん)

イ・ミンギョンさんも来日した際に、「少し前までは、フェミニストといえば一生結婚するつもりのない女性というようなイメージで語られていた」と話していた。

けれど今は、10代、20代が率先して「自分はフェミニストである」と声を上げている。

韓国で女性たちが声を上げ始めたのは、いくつかの事件がきっかけだったという。

もっとも有名なのは、2016年の江南駅女性殺害事件。共同トイレの中に潜んだ男が見ず知らずの女性を殺害した事件だ。(編集部注:2016年5月17日、韓国のソウル市・瑞草洞で営業するカラオケ店の男女共有トイレ内で20歳の女性客が刺殺された。犯人は殺害動機を「普段から女性に無視されていたから」と語った)

犯人の男は男性の利用客を何人も見送った後で女性を狙った。「女性嫌悪」の感情(ミソジニー)によって引き起こされた殺人だという声が上がり、事件現場は被害者を追悼する言葉を書き込んだポストイットであふれたが、警察はわざわざ「女性嫌悪殺人」であることを否定する発表を出した。このことが、女性たちの心に火をつけた。

実際、韓国では江南駅殺人事件以降「どんなことにも屈しないでいこう」と叫ぶ女性たちが集まって、自分を、そしておたがいを、蔓延する暴力から守りはじめています。数万人で街に繰り出して「MeToo」と叫ぶ、中絶の権利を要求する、違法な盗撮を糾弾するデモを行う。そうやって世の中を変えている真っ最中です。

『私たちにはことばが必要だ』より

また、イ・ミンギョンさんは、近年、韓国で起きたフェミニズム関連のもっとも大きなデモは2018年夏に約7万人が集まった「盗撮事件」への抗議だったとも話していた。韓国で盗撮事件が相次いで発覚していた時期に、女性が男性を盗撮し、ネット上にアップする事件が起きた。すぐに女性が逮捕されたことについて、「男性が犯人の場合は迅速な捜査をしない警察が、女性が犯人だとすぐに動く」と女性たちが怒りの声を上げたのだ。

「当事者意識を持つ」きっかけとなった、セウォル号沈没事故

しかし、これらのいくつかの事件が続いたことだけでは、今の韓国でフェミニズムを支持する人が増えている理由にはならないかもしれない。日本では昨年、財務省元事務次官のセクハラやこれについての麻生太郎副総理の暴言が報じられ、また東京医科大などで多くの医大で女性差別が行われていたことが明るみに出た。

「そんなことがあったら、韓国では5万人規模のデモが起こる」と、韓国人のフェミニストたちは言う。日本と韓国では、何が違うのか。

「韓国の女性は声を上げることに慣れている」と言うのは、『私たちにはことばが必要だ』のもうひとりの訳者である、すんみさん。

「韓国は植民地時代を経験し、軍部政権がありました。つまり何かと戦わなければいけなかった歴史を持つ国なのです。それからセウォル号沈没事故(編集部注:2014年4月16日に大韓民国の大型旅客船「セウォル」が全羅南道珍島郡の観梅島沖海上で転覆・沈没した事故。修学旅行中の高校生ら約300人が犠牲になった。救助活動の初動や、事故当日の朴槿恵(パククネ)前大統領の動静がはっきりしない「空白の7時間」が問題になった)も大きかった。

あの事故は、安全を蔑ろにして経済を優先するとか、それを知っているのに目をつぶるとか、そういった韓国の社会問題が凝縮されていた。そして、もしかしたら自分も死んだかもしれない、自分も加害者かもしれないって当事者感覚を主に若い世代が一気に共有しました」

自分も社会の構成員であり、当事者のひとりである。その感覚をセウォル号事件で共有したからこそ、江南事件が起こったときに「これは私の話かもしれない」と当事者意識を持って問題に飛び込んだ女性が多かったのではないかと、すんみさんは言う。

お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科に所属する大学院生の濵田真里さんも、韓国のフェミニズムに関心を持ったひとりだ。今年の1月には韓国に短期の語学留学をした。

「転機として朴槿恵大統領の退陣を求めたキャンドル革命(編集部注:2016~17年に起きた、職権乱用・機密文書漏洩・収賄などの疑惑が発覚した朴槿恵前大統領に対して退陣を求める大規模なデモ。デモ参加者がろうそくを持って集まったことから、この名がついた。同大統領は弾劾訴追を受け、2017年3月に失職)のことを話す人が多かった。

キャンドル革命は、若者が多く参加したデモ。1980年代の軍事政権を倒すための抗争とは違って、平和的な子どもも若者も参加できるデモで、1700万人も人が集まった。そういう話を聞くと、声を上げることに対する感覚が日本とは全然違うと感じました。一般市民が行動して世の中を変えたという成功体験がある」

フェミニズムが盛り上がる背景には、なにか事件や事故が起こったときに行動に移す瞬発力の高さがありそうだ。

忘れて置き去りにしていくことに容赦がないからこそ…

もちろん韓国でも、フェミニズムへの反発は根強くある。わかりやすいのは『キム・ジヨン』のamazonレビューだ。邦訳が発売されるのと同時に、韓国の男性がわざわざ日本のアマゾンのサイトに「出張」して“★1”の酷評を書き込み、これに韓国の女性たちが“★5”で反論した。一時期はレビューへの書き込みが制限されたほど。今も、「虚構の小説」「被害妄想」といったレビューが残る。

『私たちにはことばが必要だ』には、「フェミニストは黙らない」というサブタイトルからもわかるとおり、フェミニストに向けられるさまざまな暴言や質問に見せかけた侮蔑に、どんな言葉で返すべきか(あるいは無視する決断をするか)が書かれている。

「私はフェミニストだと言うだけで叩かれるのなら、あえて言うようにする。どうせ嫌われるなら言ってやろう。そういう気持ちを持っている人が韓国の10~20代に多い」(すんみさん)

ツイッターやインスタグラムを使って「連携する」ことも、韓国では自然に行われていると感じる。日本のグラビア女優・ライターの石川優実さんが始めた、職場でのヒールの強要をなくすためのハッシュタグ「#kutoo」にも、「日本の女性を応援、連帯します」といったメッセージが韓国から寄せられた。

小山内さんは、韓国ならではの「スピード」も指摘する。

「たとえば韓国は制度を変えるフットワークが軽い。男女雇用機会均等法ができたのは日本より後だけど、それから5回改正されている。DV対策法ができたのも韓国の方が先だった。声が上がったらすぐに変えようというスピードがある。

一方で、別の面でもスピード感がある。江南事件があった現場に行ってみて、何人もの通行人に声をかけたけれど、『事件は知らない』ととぼけたり、顔を背けたり。『あんな事件は忘れるしかない』と言う人もいた。忘れて置き去りにしていくことについても容赦がない面があるからこそ、発信が大事、本に残すことが大事という意識があるのかもしれない」

それで、日本は?

ちょっと前までは日本もたしかにこうだったよね。昭和の頃の日本はね。

と思って読んでいたのだが、それは私の早とちり。聞けば、日本の読者も韓国の女性たちと同様「まるで私のことみたい」という怒りと共感をもってこれを読んでいるらしいのだ。

えっ、そうなの? だとしたら、いったい日本のフェミニズムはいままで何をやってたのーー! そう、Kフェミの本を読んでると、Jフェミの動向がどうしても気になるのだ。

【第106回】いま韓国フェミニズム文学が熱い(世の中ラボ/斎藤美奈子)

韓国に比べて日本のフェミニズムはなぜ盛り上がらないの? その問い自体が、なんだか“ひとごと”っぽいなと思ったりもするが、韓国での盛り上がりを羨ましく感じる気持ちは私にもある。

私自身は、性暴力の記事を書いて“クソフェミ”と言われたときに、「性被害をなくしたいと書いて“クソフェミ”と言われるのなら、一生“クソフェミ”でいいな」と思った。いつか「痴漢をなくしたいって記事を書くと、SNSのコメント欄がクソリプまみれになる時代があったんだよ」と伝えるために、記しておかないとならない。

セクハラや入試差別がいくら報じられても「男に下駄を脱いでほしい」という話が通じず、「女に下駄を履かせるな」と言う人と対話をするのはなかなか難しい。沈黙したくなるときもたびたびある。

けれど私が疲れて黙っているときにも、他の誰かがそれぞれのかたちで必ず発信してくれている。そう思えるようになったのは悪くない。

『キム・ジヨン』や『私たちにはことばが必要だ』が版を重ねていることはうれしい。日本でも、2019年2月にできたばかりのフェミニズム専門の出版社「エトセトラブックス」が希望だ。「自分たちの欲する未来」に対して直球を投げる韓国のフェミニズム文学は確かにまぶしいけれど、私たちにも私たちのことばがあるはずだ。

韓国フェミニスムの盛り上がりを象徴する3冊
韓国フェミニスムの盛り上がりを象徴する3冊
榊原すずみ

(※1・写真上)『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ、訳=斎藤真理子/筑摩書房)。韓国では2016年に発売され、100万部を超えるベストセラーに。日本での発行部数も13万部超え。

(※2・写真左下)『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(イ・ミンギョン、訳=すんみ・小山内園子/タバブックス)。2018年12月発売。

(※3・写真右下)『ヒョンナムオッパへ:韓国フェミニズム小説集』(チョ・ナムジュ、チェ・ウニヨン、キム・イソル、チェ・ジョンファ、ソン・ボミ、ク・ビョンモ、キム・ソンジュン、訳=斎藤真理子/白水社)。2019年2月発売。

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