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2019年04月16日 15時41分 JST | 更新 2019年04月16日 17時52分 JST

同性婚訴訟の審理始まる 差別とは何か?改めて乙武さんと考えてみた。

「差別は心の問題ではなく、排除されること」。乙武さんの指摘。

同性婚を認めない民法や戸籍法は「婚姻の自由を保障した憲法違反だ」として、13組の同性カップルが国を訴えた裁判で、4月15日、東京地裁での第1回口頭弁論があった

現在、G7(主要7カ国)の中で、同性カップルに婚姻やそれに準ずる権利を認めていないのは日本だけ。同性婚を巡って、国の制度改正は進むのだろうか?

自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」(古屋圭司委員長)は3月、LGBTなど性的マイノリティの人々への理解を増進するための法案骨子案を了承した。議員立法として法案にまとめ今国会に提出することを目指しているという。

■「制度」を求める人々に対し、「意識改革」中心の自民・LGBT法案

自民党の特命委員会が作成した法案骨子では、「国や地方公共団体は、性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進に関する施策を策定し、及び実施するよう努めるものとする」などとされている。

また、調査研究を進め、国民が性の多様性に関する理解を深めることができるように教育や広報をすることなどが書かれているが、同性婚など制度改正に踏み込んだ内容ではない。

骨子では、5年をめどに法律の見直しを検討することとされているが、意識改革から制度改正までたどり着くのは時間がかかりそうだ。

多くの人が制度を求めているにもかかわらず、なぜ踏み込まないのだろうか。

■「制度だけ変えても実態が変わらなければ意味がない」(平沢氏)

記者会見には、1月に「LGBTばかりになったら、国はつぶれる」と発言し、批判が集まった自民党の平沢勝栄衆議院議員の姿もあった。平沢議員は同委員会の副委員長だ。

ハフポスト日本版の取材に対し、平沢氏は改めて、現状で同性婚を合法と解釈することは難しく、認めるならば憲法改正が必要でないかという考えを話した。

平沢氏によると、自身はLGBTや性的マイノリティの人々にとって、同性婚が必要な制度であるということは認識しているという。一方で、地元の支持者らに話を聞くと未だに理解が深まっていないのだと指摘。

それを理由に「今のように、社会の理解が深まっていない段階で改正したら、色々なことで軋轢がおこりかねない」ため、「理解を深めることが最初に来るべきでないか」とした。

そして、理解を深めるために必要なことは「一番重要なのは、私は学校などでの教育だと思う」と述べた。

自民党の骨子案は、このように「制度」を進める前に国民の「理解」が必要で、時間はかかるが、まずはLGBTなどの当事者が差別を受けないように「意識」から変えていくという考えが反映されたもののようだ。

 

■差別をなくすには何が必要なのか?乙武氏に聞いてみた

 

Kaori Sasagawa

 

ここで、社会から差別を無くそうとした先行事例について考えてみたい。

障害者差別解消法だ。

この法律は、役所や事業者に、障がいを理由に不当な対応をすることを禁止している。また、バリアの除去を障がい者から要請された場合、応じる必要がある。

障害者差別解消法の施行前後で何が変わったのか。自身も当事者である乙武洋匡氏はどう思っているのだろうか?話を聞いてみた。

乙武氏は、「多くの事業者がこの法の存在を知らないので、あまり目に見える社会の改善点はないように感じる」という。

たしかに、平沢氏の言うように、法律という制度ができても、人々の意識や理解が深まるとは必ずしも言えない現実の問題があるようだ。 それでも制度化する意義はあるのだろうか?

すると、乙武氏は、同法に罰則がある訳ではないために「実効性に乏しい」としながらも、今まで事業者の善意に任せるしかなかった障がい者への対応に「法的根拠ができたことは大きな前進と言える」と語った。

「障がいのある当事者が不当な差別を受けた際、この法律の存在と要旨を説明することで、それがいかに不当な扱いであるかを説明できるようになったことは意義がある」と、法による後ろ盾があることは重要だと指摘した。

■「差別は心の問題ではなく、排除されること」

そして乙武氏は、「差別」という言葉についてこのように指摘した。

日本では、嫌悪や侮辱など、心の話だと捉えられてしまうことが多いのですが、本来は『正当な理由なく、特定の人々だけが商品やサービス、制度や教育などから排除されてしまう状態』を指します。

あくまで私見ですが、意識と制度は二本柱ではあるものの、そこまで連動するものでもない。制度ができたからといって意識が変わるものでもないし、制度を変えるのに意識の変化を待つ必要もないと思っています。

差別の解消には、『意識』と『制度』のどちらが先かという議論ではなく、それぞれへの最適な対応を考える必要があるのではないでしょうか。

 差別の解消のために、意識と制度、両方のアプローチが必要なのではないだろうか。