40年間“悩み相談”に答えてきた作家・鴻上尚史が語る、ネット最大の罪

なぜ鴻上さんはこんなにも他者の心に寄り添うことができるのか。毎回「神回答!」と話題の人生相談の連載からアートと公金の問題、さらに個人的な相談まで、ぶつけてみた。
鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)さん。作家・演出家。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞。現在は「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手がける
鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)さん。作家・演出家。早稲田大学在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞。現在は「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手がける
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

AERA dot.にて連載されている「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」。読者から寄せられるさまざまな悩みに、作家・演出家である鴻上尚史さんがスパッと回答していくというスタイルが話題を集め、このたび、ついに書籍化された。

人気の理由は、鴻上さんによる具体的で実践的なアドバイスにあるだろう。抽象論や根性論を避け、いますぐにでも実行できそうな解決策は、幾人もの悩める人々を救ってきた。

しかし、なぜ鴻上さんはこんなにも他者の心に寄り添うことができるのか。そして、悩み相談を通じて見えてきたものはあるのか。

舞台稽古中の鴻上さんのもとを訪れ、本連載に対する想いを伺った。

連載『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』は9月に朝日新聞出版より書籍化された
連載『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』は9月に朝日新聞出版より書籍化された
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

世界はより良い方向へ変わろうとしている

━━まずは連載開始のきっかけについて教えてください。

出版社の担当編集者から「読者の人生のガイドラインになるようなものを一緒に作りませんか?」と声をかけてもらったのがスタートラインなんです。とはいえ、本を一冊書き下ろす時間はなかったし、『孤独と不安のレッスン よりよい人生を送るために』(大和書房)では孤独や不安について書いていたし、『コミュニケイションのレッスン 聞く・話す・交渉する』(大和書房)ではコミュニケーションのとり方についてまとめた。まだ書いていないものはなんだろう、と。そこで思いついたのが、読者からの個別の相談に答えることだったんです。

━━本書のあとがきにもありましたが、鴻上さんは舞台を作り上げる現場において、40年もの間、人生相談に答えてこられたんですよね。

ずっと演出家としてやってきましたから、必然的に現場で一緒になる役者の相談に応じてきたんです。でも、芝居の現場では待ったなし。本番が始まってから、「鴻上さん、ちょっとお話があるんですけど……」と言われると、「ああ、来たか」と思うわけですよ。実際に話を聞いてみると、「あの人と上手くやれない」などと、こぼされる。そこで「考えてみるから待っててね」なんて言えないじゃないですか。次の日も幕が上がるわけだから。

そうなると、瞬発的にアドバイスしなければいけない。しかも、「気の持ちようだよ」とか「考えすぎだよ」とか、ましてや「がんばれ」などと抽象的なことを言っても役者の気持ちは晴れない。抽象的なアドバイスは余裕がある時しか成立しないんです。

そこでどうしていたかというと、とにかく具体的で即実行可能なことを言ってあげる、ということ。例えば、「あの人と上手くやれない」といった時には、じゃあ、まずは明日その人に会った時に大きな声で「おはようございます」って言ってみませんか? とか、あの人はブドウが好きだから、差し入れてみたら? とか、ですよね。とにかく、ほんのちょっとした、具体的なことを伝える。

その経験があったから、今回の連載で寄せられる悩みに答えるのは非常に楽でしたよ。

お悩みは平均して月に50くらいきています。その中から、僕が常日ごろ気にしていたり、関心を寄せているテーマ、「世間と社会」や「同調圧力」「教育」「恋愛」にまつわるものを担当編集の方が選んでくれる。1つのお悩みに対する回答を書くのに1時間ちょっとかな。

確かに、早い。この連載で初めて、自分にそういうスキルがあるってことに気づいたんだね(笑)。

━━まさに人生相談のプロですね。結果、連載は5000万PVを突破するという驚異的な数字を記録しました。

それはうれしい誤算でした。自分的には普段やっていることを淡々とやっただけなのに、こんなに反響があるとは思っていなかったんです。しかも、書籍化したところで、一度ネットで公開している内容を収録しているわけだから売れないと思ったんだけど、おかげさまで重版もかかってありがたいですよ。

━━収録されている悩みに目を通すと、ご両親との関係に悩んでいる、いわゆる「毒親」の問題や、着ている服が派手という理由で子どもが学校でいじめられるといった「同調圧力」の問題など、現代ならではです。これらの相談を通して、現代人の生きづらさや、いまの日本社会が抱えるさまざまな問題が浮き彫りにされているように感じました。

でも実は、これらの問題って、昔から存在していたんだと思うんです。ようやくそれらにみんなが気づいただけで。「これを毒親って呼ぶんだ」「これが同調圧力なんだ」って。

それはすごく大きな目で見ると、世界が良い方向に進んでいることだと思います。つまり、LGBTQ+、同性婚、#MeTooなどもそうだけど、世界はより自由で個人を尊重する方向に進んでいますよね。これまで可視化されてこなかった問題が浮き彫りになってきているというのは、世界が変わろうとしている証拠なんだと思います。

鴻上尚史さん
鴻上尚史さん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

ネット、SNS最大の罪は「おバカを可視化したこと」

━━その一方で、多様性を認めようとしない声もあるように感じます。

多様性を認めるのって、難しい側面もあるんです。良い方向に変わればみんなが楽になれるんだけど、タフな方向に変わってしまうと、そのタフさに耐えられる人だけが自由を享受できるという可能性もあって。そこに不安がある人は、現在の価値観にしがみつきますよね。そもそも「変わらない」ということは、とても楽なことなんです。

そして、インターネットの最大の罪は、「おバカを見える化」したこと。多様性に反対するような人たちは昔から一定数存在していたけど、いまのように可視化されていなかった。でも、ネットによってその姿や声が見えるようになったことで、彼らは連帯して力を持ってしまうようになったんです。おバカが結束して過剰な力を持ってしまった。これはネット、とくにSNSが生んだ悪い側面ですね。

一方で、もちろんSNSのよさもあって、それは「情報をつなぐこと」と「人間をつなぐこと」。うまく作用すれば、無限の可能性がある。

SNS登場以前と以後は衝撃的に変わってしまったけれど、とはいえ、まだ新しいメディアで、僕たちは慣れていないだけ。過去にも初めて「電話」というものが市民生活に入ってきた時に、「電話」がなければ続いていたカップルが、「じゃあ、別れよう」「ガチャン(電話を切る音)」と、多くの恋を終わらせただろうし、その逆も然り。手紙しかなかった時代に比べたら、はるかにたくさんの恋が始まって、終わったと思います。それを、さらにSNSが加速させている。

まだまだSNSや、それにアクセスするスマホは手に余る道具。どう付き合っていくのか、ぼくらは試されている段階なんだと思いますよ。

━━SNSの登場で、人間の悪い面もまたあぶり出されているということですよね。鴻上さんが作・演出を務める舞台『地球防衛軍 苦情処理係』は、地球を守るために闘ってくれている地球防衛軍に対し、住民たちからのクレームが殺到するという内容ですが、これはまさに現代人のクレーマー気質を風刺しているように感じました。

スマホを持ってしまったことで、みんなの自己主張と自己承認の欲求も加速していて、まさにいまはクレームの時代ですよね。

特にSNSでは「正義」を振りかざして攻撃する人が多い。つい先日もTwitter上で「ストリートライブは違法です」と投稿している人を見つけて。「今日も道交法違反者を見つけました」とか言って、ストリートライブをしている子たちの写真をアップしている。それくらい許してやれよ、って思うんだけど、もしもそんなことを言ってしまったら、「お前は犯罪者の味方をするのか」ってこっちが攻撃される。「正義」の言葉だけは絶対に否定されないから、それを勘違いしてるんですよね。

こんな風に「正義」を振りかざして他人を攻撃する人たちのことを、アメリカでは「ソーシャル・ジャスティス・ウォーリア」って呼ぶんです。今回の舞台では、そんな現代を風刺しています。

寺山修司の時代から連綿と続く、アートと公金の問題

━━「正義」の名の下に過激な行動に出てしまう人はいますよね。最近だと、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」に対し、開催取り止めを求めて脅迫まがいのことを言う人もいました。

今回の騒動で一番不幸だったことは、「表現の不自由展・その後」の展示内容が切り取られて批判されてしまったこと。アートって、「どこで、どのような形で、誰に見せるか」がとても重要で、作品はその上に成り立っている。

そういう意味では、実際にトリエンナーレの会場に足を運んで、展示されているアートを見た人が、なにをどう感じたのかジャッジすべきだった。でも、そこが抜け落ちていて、SNS上で流れてきた情報、例えば「少女像」といった切り取られた記号だけで語られてしまったんです。

そもそも、「公金を使って国を批判するな」なんて言う人がいたけれど、その理論は間違ってるんです。公金というものは国からもらっているお金ではなく、ぼくら国民が支払った税金。つまり、多様な意見を持った国民が出しているお金なので、どんな内容のアートに使われたとしても、認めなければいけないんですよ。

僕が文化庁の芸術家在外派遣研修制度でロンドンに行っていたのは90年代ですが、それよりもずっと前、60年代にアングラ演劇で知られる寺山修司が公金を使って海外公演をした時に、政治家から「国の金を使って、国の悪口を言うんじゃない」と言う声が上がり、その時は「そうだ、その通りだ!」となった。しかし、その後何年か経って、そもそも「国のお金=国民が払った税金」だから多様性を認めるべきだ、となったんです。「作品の表現について国が口を出すなんてのは愚かなこと」というのを、常識にしていかなきゃいけない。

鴻上さんが作・演出を手がけた舞台『地球防衛隊苦情処理係』の東京公演が11月24日まで上演中
鴻上さんが作・演出を手がけた舞台『地球防衛隊苦情処理係』の東京公演が11月24日まで上演中
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

そして、最後に自分の悩みをぶつけてみた

━━最後に、僕の個人的な悩みにもスパッとお答えいただいてもよろしいでしょうか?

どんな悩みなんですか?

━━僕の両親は耳が聴こえなくて、実はいま、その経験を踏まえた連載をしているんです。そこにも書いたんですが、幼少期、「障害のある親なんて嫌だ」「ふつうの家に生まれたかった」と、随分ひどいことを言ってしまって。いまの関係は良好なものの、時折、当時のことを思い出してしまって、どんな顔をして会えばいいのかわからなくなるんです……。

そんなの簡単ですよ! 「あのときはごめんね」って言えばいいだけ。それだけですよ。

━━えっ? それでいいんですか? そんなシンプルな…。それだったら、すぐできます(笑)。

ただし、ちゃんと時間を確保して、真剣に言うこと。お母さんが料理をしている横に立ってなんとなくで言うようではダメです。「ここに座ってくれる?」と向き合って、「どうしても忘れられなくて、謝りたいことがあるんだけど……」って切り出さないと。

でも、生きてさえいれば言葉はいくらでも上書きできるんです。これが万が一、亡くなっている両親に対する後悔だとしたら、すごく深刻な問題。亡くなった人の胸に刻まれた言葉は取り消せませんから。そうじゃないとすれば、誠実に謝るだけです。きっと両親は喜んでくれると思う。本当に誠実に、本当にちゃんと謝ったら、ご両親はすっごく喜ぶと思いますよ。

こんな簡単な回答、本には載せられないね(笑)。

(編集:毛谷村真木 @sou0126

ハフポスト日本版は「 #表現のこれから 」という特集を通じて、ニュース記事を始め、アート、広告、SNSなど「表現すること」の素晴らしさや難しさについて考えています。記事一覧はこちらです。

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