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2020年04月22日 15時55分 JST

ソフトバンク「巨額赤字」招いた孫正義「若き3起業家」への溺愛

世界のベンチャー企業に8兆5000億円投資した「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」が投資損失を計上。「第2のアリババ」が見つからず、孫正義会長兼社長の投資戦略は、迷走を続けている。

時事通信社
「ウィーワーク」について説明する孫会長兼社長=2020年02月12日撮影

「ソフトバンク・グループ」(SBG)は4月13日、2020年3月期末の業績予想を下方修正した。最終損益は7500億円の赤字、営業損益は1兆3500億円の赤字になる見通しだ。

世界のベンチャー企業に8兆5000億円を投資した「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(SVF)が1兆8000億円の投資損失を計上する。20億円の投資が9000倍の18兆円になった中国のアリババ・グループが命綱だが、「第2のアリババ」が見つからず、孫正義会長兼社長の投資戦略は、迷走を続けている。

 

「セクハラ」「暴言」「暴力」

〈嵐の前では臆病だと笑われるくらい守りに徹した方がいい。それが本当の勇気だと思う〉

4月15日、孫氏は自らのツイッターでこう呟いた。新型コロナウイルスの影響で「大恐慌」が囁かれる中、「大赤字を計上したのは保守的な決算で守りを固めるためだ」という意味だろう。

しかし、「守りに徹した」という孫社長の言葉を額面通り受け取るわけにはいかない。

SBGの2020年1〜3月期の最終赤字は1兆2265億円になったとみられ、日本企業の四半期の赤字額としては、2011年1〜3月期に東京電力ホールディングスが計上した1兆3872億円に次ぐ、歴代2位の規模。東電はその後、事実上国有化された。SBGもまた、それに匹敵する危機にあると見るべきだ。

孫社長が言う「嵐」、すなわち、新型コロナによる世界的な景気後退が、SVFの投資先の株価を押し下げた側面はある。だが、新型コロナ問題が顕在化する前から、投資会社としてのSBGには危険な予兆があった。

それは、3人の若き起業家に対する、「溺愛」とも言える孫社長の入れ込みようだ。

1人目は米配車アプリ大手「Uber(ウーバー)」の創業者、トラビス・カラニック氏。

SBGは2018年1月にウーバーの発行済み株式の約15%を77億ドル(約8000億円)で買い取り、筆頭株主になった。その頃、ウーバーのサービスは世界70カ国以上に広がり、配車アプリとしては圧倒的ナンバーワンの地位を得ていた。

ウーバーは2019年5月にニューヨーク証券取引所に上場。将来の自動運転市場でリーダーになると期待された同社の株式時価総額は760億ドル(約8兆円)に達した。SBGにすれば、8000億円の投資が、わずか1年4カ月で1兆2000億円と5割増しになったのだから、大成功だ。

しかしSBG社内にも、この投資を危ぶむ声があった。SBGが出資した2018年の時点で、すでにカラニック氏には、社内のセクハラ疑惑などが持ち上がっていたし、進出した国の規制を無視して事業を広げる無鉄砲なビジネス・スタイルにも危うさがあった。が、孫社長のカラニック氏への「愛」は止まらなかった。

カラニック氏は10代で調理用ナイフを売る商売を始め、18歳で初めて起業した。カリフォルニア大学ロサンゼルス校を中退し、仲間とともに検索エンジンを開発するも、複数の会社に訴えられて倒産。その後、自分が興したソフト開発会社も仲間割れで立ちいかなくなり、2007年に株を売却することで億円単位の資産を手にした。その金で世界を放浪。ウーバーを立ち上げたのは、2009年のことだった。

孫社長はカラニック氏の破天荒ぶりを愛し、暴言を吐いたり、暴力沙汰を起こしたりする悪童ぶりにも目をつぶった。

 

「ジャック・マー以来のもの」

カラニック氏よりさらに入れ込んだのが、今回のSBGの巨額赤字の最大の要因となった米シェアオフィス大手「WeWork(ウィーワーク)」の創業者アダム・ニューマン氏だ。

孫社長がニューマン氏と出会ったのは、2016年1月。投資先を探しにインドを訪れていた孫社長は、ナレンドラ・モディ首相も参加した「スタートアップ・インディア」というイベントでスピーチするニューマン氏を見た。

「(アリババ創業者の)ジャック・マー以来のものを感じる」

と、そのときの印象を孫氏は語っているが、要は一目惚れである。

イスラエルのテルアビブ生まれで軍隊経験があり、モデルの妹をサポートするために渡米。2017年に初めてウィーに出資した孫社長は、その後も追加出資を続け、最終的には発行済株式の29%を握った。出資総額は実に91億5000万ドル(約1兆円、このうちSVFからの出資額は20億ドル)に及ぶ。

ウィーのビジネスモデルはニューヨーク、ロンドン、東京など世界各都市でビルを借り上げ、シェアオフィスとしてベンチャー企業やフリーランスに賃貸するもの。

今にして思えばよくある不動産のサブリースだが、孫社長は、

「AI(人工知能)を駆使してさまざまな才能を持つ人のローカルなコミュニティを世界中に作り、そこで新たな価値を創造する」

というニューマン氏の壮大なビジョンに酔った。

資金調達に成功したウィーは、約30カ国で一等地のオフィスをフロアごと、あるいはビルごと借りまくった。2019年8月に新規株式公開(IPO)を申請した時の目論見書に示されたウィーの企業価値は、470億ドル(約5兆円)とされており、SBGの投資は今度こそ大成功かと思われた。

が、同年9月になると、ニューマン氏がウィーと行っていた個人取引が利益相反に当たると指摘され、IPOは取りやめになる。ウィーの信用力は暴落し、SBGは破綻を回避するため、これまでの出資とは別に総額1兆円規模の金融支援を余儀なくされた。

 

「人類史上初めての快挙」

3人目はインドの格安ホテルチェーン、「OYO(オヨ)」の創業者リテシュ・アガルワル氏。

17歳から世界のホテルを泊まり歩き、18歳で大学を中退。ネット決済サービス大手「ペイパル」創業者ピーター・ティール氏が主宰する「ティール・フェローシップ」の支援を受け、2014年、19歳でOYOを創業した。OYOはビッグデータを使った客室の需要予測を武器に、わずか6年で世界80カ国に110万室を保有するホテルチェーンへと成長。評価額は100億ドル(約1兆800億円)まで膨らんだ。

昨年7月、日本で開催した「ソフトバンクワールド」にアガルワル氏を招いた孫社長は、

「25歳で世界最大のホテルキング、人類史上初めての快挙だ」

とアガルワル氏を絶賛。2017、18年にOYOが実施した総額18億5000万ドル(約1993億円)の資金調達では、SVFが主導的な役割を果たした。それだけではない。アガルワル氏が自社の株式を買うために20億ドルを借り入れた時、孫氏は個人で保証人になっているのだ。

しかし、今年に入ると中国や日本で加盟ホテルやホテル利用者とのトラブルが相次ぎ、そこに新型コロナの追い討ちがきた。客室はガラ空きになり、OYOはインドを除く全世界で従業員を一時帰休させた。OYOの評価額も下がっており、アガルワル氏と孫氏は銀行に追加担保の差し入れを求められる可能性が出ている。

 

ものを言える人物がいない

孫氏に火傷を負わせた3人の起業家は、才気煥発だが優等生タイプではなく、どこかスピリチュアルで生意気だった。裸足でオフィスを闊歩したニューマン氏は、プライベートジェットの中で仲間とマリファナを吸っていたとも報じられている。今年、63歳になる孫氏は彼らの中に、盟友スティーブ・ジョブズ氏や若かりし頃の自分の面影を見ていたのかもしれない。

いずれにせよ、鳴り物入りで始まった孫氏の「10兆円ファンド(SVF)」の第一幕は1兆8000億円の投資損失という、途轍もない失敗に終わった。

普通の会社なら経営破綻だが、世界同時不況である4月16日現在も5705億ドル(約60兆円)の時価総額をキープするアリババ株の29%を保有するSBGなら、この程度の損失は吸収できる。実際、アリババ株などの資産売却で「4兆5000億円を調達する」と発表すると、SBGの株価は大きく反発した。

ただ、いくらアリババ株の「へそくり」があるとはいえ、血気盛んな起業家と出会うたびに1兆円もの金を渡し、それを焦げ付かせていたのでは、「投資家」としての孫氏の信用はいずれ失墜する。

問題は孫氏にものを言える人物がいないことだ。

2019年12月には、18年間に渡って孫氏に苦言を呈してきた「ファーストリテイリング」の柳井正会長兼社長が、SBGの社外取締役を退任した。孫氏は創業以来、「日本マクドナルド」元社長の藤田田氏や「日本電産」会長の永守重信氏といった「うるさ型」に社外取締役を頼み、自らの戒めとしてきた。しかし孫氏自身が還暦を過ぎた今、少なくとも日本には孫氏を諌められるような大物経営者は存在しない。 

経営者として仕上げのステージに差し掛かった孫氏は、自らのDNAを受け継ぐ起業家を探し求めているのかもしれない。とすれば、これからも無謀な投資が際限なく続く可能性がある。

真の後継者を求める孫氏の情念。それこそがSBGにとって最大のリスクになりつつある。

大西康之 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い〜JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日〜三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正」(新潮文庫) がある。

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(2020年4月21日フォーサイトより転載)