コンプレックスと私の距離
2020年05月22日 11時01分 JST | 更新 2020年05月29日 13時51分 JST

「私にとっては自由の象徴」写真家ヨシダナギ、少数民族の次にドラァグクイーンを撮る理由

「美しさにはもっとたくさんの種類があることを、世の中に伝えられたら、もっと平和になるんじゃないかな」

nagi yoshida
(左から)写真家のヨシダナギさんとドラァグクイーン

写真家、ヨシダナギ。 

世界でもっともファッショナブルなアフリカの少数民族「スリ族」の写真集『SURI COLLECTION』を発売して一躍有名に。アフリカ少数民族のなかへ飛び込んでいくその撮影スタイルも注目を集めた。

テレビの旅番組「クレイジージャーニー」(TBS系)でも少数民族の魅力を伝えて好評を博し、2019年に全国の百貨店で開催された回顧展「HEROES」には年間10万人が来場した。

そんなヨシダナギさんが、次に選んだテーマが「ドラァグクイーン」だ。

nagi yoshida

なぜ彼女はクィアカルチャーで歴史の長いパフォーマーを撮ることに決めたのか。

最新の写真集『DRAG QUEEN -No Light, No Queen-』の5月25日発売を前に、新たな挑戦と葛藤、そしてドラァグクイーンに対する想いについて聞いた。

 

ヨシダナギがドラァグクイーンを撮る理由

本人提供
写真家ヨシダナギさん

一番のきっかけは、写真家5年目になった2、3年ほど前から、「新しいものが見たい」といわれるようになったことですね。私にとっては大きなプレッシャーでした。 

「自分と違う人ほど面白い。かっこいい」。最初からそう思って、少数民族が“好きだから”追いかけていたのに、それ以外を撮るってなんなんだろう? 好きになれないものを撮るのは……と悩んでいました。

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サンブル族

5、6年ほど前に映画「プリシラ」を見て、ドラァグクイーンの人たちの生き様がかっこいいなあって思っていたんです。そのときは撮りたいとまでは思っていなかったんですけど、新しい被写体を考えたときに、ふとドラァグクイーンが浮かびました。 

ドラァグクイーンが少数民族と同じかっこよさを持っているな、と気づいたんです。

 

少数民族とドラァグクイーンの共通点 

最初は、マサイ族のフォルムに惚れ込んだんですね。頭のまあるい感じや手足の長さ、スタイルの良さや肌の黒さが、私の美的センスにすごくハマったんです。 

最初は見た目から入ったんですけど、撮影していくうちに、彼らは外見ではないかっこよさを兼ね備えていると気づいた。それはなんなんだろう、と思ったときに、彼らは共通して“立ち姿”がかっこよかったんです。 

少数民族には、滲み出る美しさや、醸し出す雰囲気がある。カメラの前に立つと立ち現れるんですよ。まるでモデルのように勇しく立てる。立ち姿の美しさから、個々の内面から出る自信や誇りが、すごく顕著に出るんです。

nagi yoshida
マサイ族

自信満々に立っている人って、すごくかっこいいなあって。同じかっこよさを持っているのが、ドラァグクイーンだったんです。彼らにも内から滲み出る迫力や存在感がありました。

ドラァグクイーンも少数民族も、人間としてのパワーがある。私の中では、ドラァグクイーンも少数民族も別のものとは思わない。なぜ立っているだけで、こんなにもドラマ性があるんだろう。似ているなあ、と思ったんです。

 

ドラァグクイーンとレンズ越しに対峙するまで

本人提供
撮影時のオフショット

大自然で逆光のなかで撮るのが、私の撮影方法なんですけど、ドラァグクイーンは都市部にいる人たち。大自然までは連れていけないけれど、できることなら私のフィールドで撮ってみようと思ったんです。

でも、いざ朝に撮影しようとしたら、明るい場所が似合わない。やっぱり夜や屋内が映える人たちなんだな、と思いましたね。それで屋内の撮影にチャレンジしたんですけど、そうしたら、暗いところや人工的な光がすごく映えた。

彼らの魅力は、レンズ越しが一番わかりやすい。会うだけで存在感がある人もいるんですけど、会ったときはそこまで感じない人も、立ったときに凛として、脱皮するような瞬間がある。いつも、わあって驚くんです。

 

アフリカの大自然ではなく室内で撮る

nagi yoshida

(屋内の)撮影技術はあまりないので、その人の一番綺麗なところやポージング、スタイルだったり、私ができると自負している被写体の魅力を引き出すことを意識しました。 

屋内で撮るのは難しいってネガティブに捉えていたんですけど、やってみたら正直ちょっとラクかもって思いましたね。少数民族の撮影は、朝の1時間と夕方の1時間しかないんです。彼らの肌の色の再現性があって逆光の演出ができる時間しか撮れないから、撮影時間がとても短いんです。

もう急いで急いで、焦りながら撮影する緊張感のある1時間なんですね。でも室内は、雨が降っても時間をかけて撮影できるんだなと気づきました(笑)。元々練習できるタイプじゃないので、撮影場所に向かう飛行機のなかでライティングの勉強をしました……。

 

ドラァグクイーンの人生、LGBTQの歴史

nagi yoshida

私としては、「LGBTQだから撮影した」わけではないんですね。正直なところ、最初はドラァグクイーンのことは、男性の人が女装するという認識しかなかった。少数民族と同じように、見た目と立ち姿から入ったんです。

それだけなら芸能人でもいいと思うんですけど、そうじゃない。私は、彼らが一人ひとり背負っているドラマ性がなければ、あんな立ち姿は生まれないと思ったんです。 

絶対にあの立ち姿が生まれたドラマを知りたいと思って、18人のドラァグクイーン一人ひとりにインタビューしたら、案の定ドラマ溢れるかっこいい人たちばっかりでした。

 

壮絶な人生を送るドラァグクイーン

HuffPost Japan

面白かったのは、ニューヨークのステラ。ランドリーで撮った3人の写真の向かって右側、ピンクの服を着ているブロンドヘアーがステラです。

ステラは、壮絶な生い立ちでした。厳格な家で生まれて、宣教師になるかドラッグに溺れるかの二択しかない親のもとで育った。だから昔はゲイであるとカミングアウトすることなんて考えられなかった。

いまはカミングアウトをして、ドラァグクイーンとして活躍しているんですけど、ステラに「ドラァグクイーンって何?」と聞いたときに、「ジェンダーファック(性別なんてクソ食らえ)」って答えたんですね。

ステラは、「男性と女性でしか人を分けない社会に、クソ食らえ!」というメッセージを持ってドラァグクイーンをやっていた。それくらいの反骨精神がなきゃ、そんな家庭で育ったステラは存在しえなかった。息苦しさから解放されたステラだから、いまの自由な輝きがあるんだと感じました。

 

宇宙人のようなドラァグクイーンの言葉

nagi yoshida

イメージを覆されたのは、ニューヨークで出会ったヴァイル。宇宙人みたいなピエロみたいなヴァイルは、私のなかで「これはドラァグクイーンなの?」と感じさせる不思議な存在だったんですけど、彼は自分で「ドラァグクイーンだ」と言いました。 

「自分がなりたいものになるのがドラァグクイーンだから、男性らしくなくても女性らしくても、どれでもいいんだよ」って。

ヴァイル、12歳のときに一人で南米のコロンビアから出てきて、ずっといろんな国を旅して暮らしていて、ニューヨークに辿り着いていたんです。見た目はすごくパンチが効いているんですけど、見た目とは裏腹に、お人形さんみたいでのんびり喋るんですね。彼には癒されてしまいました。

 

彼らの放つ“美しさ”とメッセージ 

nagi yoshida

フランスで出会ったポイズンは、「男性と女性とか、世の中にあるカテゴリーや枠のすべてが、私には小さ過ぎたのよ」といってましたね。「世の中に決められたものでいなきゃいけない、何かに属さなきゃいけないっていう環境がすごく息苦しい」って思ってたそうです。

もちろん、ドラァグクイーンにはいろんなカテゴリーやジャンルがあると思います。ニューヨークとパリでも、彼らの生い立ちは全然違いました。ニューヨークで出会ったのは、壮絶な人生で、屈折をくり返した人たちが多かった。でもだからこそ生まれる自信があった。 

ブリリアントカットと呼ばれるダイヤモンドのカット方式があります。58面体にもなる細かなカットが特徴で、ダイヤを一番美しく輝かせるといわれています。ドラァグクイーンと出会って、このことを思い出しました。

屈折を繰り返して、光を反射した数だけ、美しい光を放つ。

彼らは、屈折したからこそ輝いてる。屈折の数は人の魅力に繋がる。屈折って無駄じゃない。人間はこんなに強く美しくなれるんだな、と思ったんです。

 

「人間は誰でもドラァグクイーンになれる」


今回の撮影とインタビューを通じて「ドラァグクイーンとは何か」を、私なりに一言で表すならば、「自分のなりたいものになるのが、ドラァグクイーンだ」と解釈しました。

男性が女性にならないといけないことは一切ないですし、女性性を強調したものである必要もない。男性性をより極めたものでもいいし、なりたいキャラクターになってもいい。 

「なりたいものになるのがドラァグクイーンだ」と考えたときに、人間は誰でもドラァグクイーンになれるんです。より極めたものに変身できて、自由にやっていい。私も、私のやりたいことやっていい、自由でいいんだって背中を押してもらいましたね。

話を聞いていくうちに、彼らの生き様やかっこよさは、今の時代に悩んでいる人たち、生きにくいと思っている人たちにとっても、すごくフィットするんじゃないかと思いました。

 

引きこもりの10代を経て、出会った「写真」 

nagi yoshida

写真は、自分の傷を癒しているような感覚ですね。

私は決して写真を撮ることが好きではないんです。ただ、少数民族のかっこよさが世間にまだ伝わりきれていない。自分の友だちが(正しく理解されていなくて)けなされてるような感じがして悔しかったから、「少数民族のかっこよさを私が証明する」みたいな思いで写真を撮っていました。彼らからもらった職業だから、と。

ドラァグクイーンを撮ることになったとき、最初はすごく不安を感じていたんです。少数民族の写真は、上手い下手は別として、一枚見ればヨシダナギの写真だとわかる。それが自分のブランドになっていると思っていたので、ドラァグクイーンを室内で単体として撮ったときに、私の世界観が出ないんじゃないか、とすごく不安だったから。

でもパリの撮影で、彼らと話して「自由でいていいんだよ。やりたいようにやりなさい」っていわれて、その一瞬で、クイーンとともに世に出ていこうと思えた。

私がやるべきことは、一人のかっこよさを引き出すこと。彼らを一人のクイーンとして演出して、一枚の写真におさめることができたら、もう私の仕事は終わったんじゃないかと思えたんです。「ああ、これが私のクイーンの作品だ」って。

 

カメラを向ける被写体の“美しさ”

nagi yoshida

人の何かが見えるわけじゃないですけど、少数民族もドラァグクイーンも、彼らがまとうオーラが美しい。生き様や歴史は、必ず彼らの目に現れる。明らかに普通の人とは違うんです。

美しさって、どうしても外見の美しさで判断されがちで、それ以外の美しさにはまだフォーカスがあたりにくい世の中だなと、私は感じることが多いんですね。

基本的に、強い人、たくましい人は美しい。生命力もそう。あとは揺るぎない自信

過信することなく自分を知っていて、パーフェクトじゃないけど、自分はこう美しくありたい、というのが一致してるから、見せ方が上手なんだと思う。美しさにはもっとたくさんの種類があることを、世の中に伝えられたら、もっと平和になるんじゃないかな。

 

ドラァグクイーンとは

HuffPost Japan
写真集『DRAG QUEEN -No Light, No Queen-』5月25日発売予定

私にとっては、ドラァグクイーンは自由の象徴かな。やっぱり彼らには、いまの世の中にある枠が小さすぎるので、その枠を超えていく生きかたをしてる。男性性、女性性に捉われなくて、ふり切っている。

そういう意味で、本当に自由の女神みたいな人たちだった。

写真集では、見た目的にも面白いけど、彼らのドラマっぽい人生観まで見てほしい。見てもらえたらわかると思います。彼らの美しさや妖艶さを、共有できたらうれしいです。


【UPDATE】(2020/05/29 09:00)
本記事で掲載していたSherry Pie氏の写真を別のものに差し替えました。作品の撮影後に性的なハラスメント行為で告発されたことが判明し、本人も謝罪したためです。

 ヨシダナギ (nagi yoshida)

1986年生まれ。フォトグラファー。2009年より単身アフリカへ。以来、独学で写真を学び、 アフリカをはじめとする世界中の少数民族を撮影、発表。唯一無二の色彩と直感的な生き方が評価され、2017年には日経ビジネス誌で「次代を創る100人」、雑誌PEN「Penクリエイター・アワード 2017」へ選出、「講談社出版文化賞」写真賞を受賞。

2020年には世界中のドラァグクイーンを被写体とした作品集 「DRAGQUEEN -No Light, No Queen-」を発表。http://nagi-yoshida.com/


全国回顧展「DRAGQUEEN -No Light, No Queen- by nagi yoshida」スケジュール(予定)

8/12(水) - 8/30(日) 西武渋谷催事場

10/8(木)-10/18(日) そごう横浜店

10/31(土) - 11/15(日) 松坂屋名古屋

※なお、新型コロナウィルスの影響により、延期・中止・変更・制限の可能性があるため、ヨシダナギ公式HPや各会場の随時ウェブサイトを参照ください。 

2020年、世界的に流行した新型コロナウイルスは、LGBTQコミュニティにも大きな影響を与えています。「東京レインボープライド」を始めとした各地のパレードはキャンセルや延期になり、仲間たちと会いに行っていた店も今や集まることができなくなりました。しかし、当事者やアライの発信は止まりません。場所はオンラインに移り、ライブ配信や新しい出会いが起きています。

「私たちはここにいる」――その声が消えることはありません。たとえ「いつもの場所」が無くなっても、SNSやビデオチャットでつながりあい、画面の向こうにいる相手に思いを馳せるはずです。私たちは、オンライン空間が虹色に染まるのを目にするでしょう。

「私たちはここにいる 2020」特集ページはこちら。