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2020年06月19日 08時35分 JST | 更新 2020年06月19日 08時50分 JST

イチローはこれから何をする?「学生野球との関わり方に興味がある。全国を回ってみたい」【単独インタビュー】

誰もが気になるイチローの「次のキャリア」を聞きました。

メジャーリーグ通算3089安打を記録して、現役を引退したイチロー。今後はマリナーズ会長付特別補佐兼インストラクターとして、野球に関わり続ける予定だ。

2月7日に開かれた日本学生野球協会の資格審査委員会で、「学生野球資格」を回復した。

日本のプロ野球やアメリカの大リーグでプレーし、自分で考える習慣やスタイルを貫いてきたイチロー。

学生野球とどう関わるつもりなのだろうか。誰もが気になるイチローの「次のキャリア」を聞いた。

【単独インタビュー・前編】「イチローはなぜTwitterを使わない? 自ら発信しない「伝える力」を本人に聞いてみた」はこちら

Junichi Shibuya
ハフポスト日本版の取材に応じるイチロー

イチローが描く「セカンドキャリア」は?

イチローは、草野球チームを率いて高校野球の強豪・智弁和歌山の教職員チームと対戦したり、アメリカで、51番のユニフォームを身につけて若手の自主練習に付き合ったりするなど、グラウンドにも姿を見せている。

「プロ野球の監督になるのか?」という問いには、引退を表明した記者会見では「(自分は)人望がないから無理」と否定しているが、野球界からも、日本のプロ野球やメジャーリーグで経験したことを「後輩たちに伝えてほしい」という声が上がる。

今後何を目指すのだろう?

Shibuya Junichi
ハフポスト日本版の竹下編集長(右)の取材に応じるイチロー(手前)

「プロ野球に入る前の段階の高校生、大学生。彼らにどう関わっていくのか、関われるのか。ここには、大きな関心があります」

「特定の学校ではなく、時間が許せば全国の野球を見てみたい」

現役のプロ野球選手は、球界の規定により、高校、大学生といったアマチュア選手の指導をすることができない。

そのためイチローは引退後、さっそく学生野球資格回復の研修を受けて、2月に資格回復が認められた。今後は、高校・大学の野球連盟に指導者登録をすればさまざまな地域の学校でも指導ができる。

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学生野球資格回復のためのプロ側研修会に出席したイチロー氏(中央)=2019年12月13日、東京都文京区

プロ野球選手は引退後、コーチや監督に就いたり、テレビのプロ野球中継の解説者になったりする道がある。飲食店を開くなど全く異なる職業に挑戦する人もいる。「人生100年時代」とも言われる中、スポーツ選手の「セカンドキャリア」は大きなテーマの一つだ。イチローはなぜ、アマチュア野球に注目しているのか。

そこには、こんなこだわりがある。

「プロに入る選手は一定のレベルで、一つの目標を達成しています。プロに入れば指導してくれる人たちもたくさんいます。しかし、その前段階の人を指導するプロ野球出身者は少ない。人がやっていないことをやってみたいという気持ちもあります」

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取材に応じるイチロー

単純な「賛成」や「反対」じゃなくて

イチローが注目するアマチュア野球は今、変革期にある。

例えば、これから高校野球の公式戦で導入される、投手1人あたり1週間500球以内とする「投球数制限」が挙げられる。

若い投手が肩や肘を故障する原因とされる「投げすぎ」を防ぐためだが、賛否両論がある。選手数が少なく、控えの投手が足りないチームが不利になったり、今後野球をする予定がなく、「高校生活で思いっきりプレーしたい」という選手の気持ちに応えられなくなったりするのではないか、という意見だ。

プロ野球選手や専門家の間でも、見解が分かれている。

イチローは「高校生への球数制限に疑問を感じています」と語る。

実際、ルール導入が議論されていた2019年夏ごろ、自分の身体を「実験台」に、負荷のかかり方を検証したとも明かす。

「当時、僕は45歳。発展途上の段階にある高校生とは全く身体の状態は違います。それでも何かをフィードバックできると思うんです。だから、極端ですが1日300球投げられる体力をつくってみようと取り組みました」

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イチロー

選手の身体への負荷は個人差があり、体格やフォーム、球速などさまざまな要素に左右される。自身の個人的な経験をもとに、単純な一般化はできない点も踏まえながら、身体に起きた変化を次のように説明をする。

「僕の場合、まず足から疲労が来て腰まわり、最終的には広背筋へのストレスがもっとも大きかった。もちろん肩、肘に負担はかかります。でも自分にあった投げ方と体のケアをしていれば、体は確実に強くなる」

イチローは球数制限に反対する理由として、球数と投手の故障の因果関係がはっきりと証明されてないことや、高校野球だけに議論が集中していることに疑問を呈する。

Junichi Shibuya
取材に応じるイチロー

「自主規制がベター、が僕のとる立場です。今では硬式球でプレーしている小中学生は多くいますが、そこへの議論は煮詰まっているのでしょうか。高校野球を終えて肩や肘に支障が出る場合でも、小中学生期の過ごし方に原因があるかもしれない。大人とは身体の作りが大きく違う『小さな子供』の段階で制限を設けるなら理解できますが、なぜ『大人寸前』の高校生なのか。野球は高校野球で終えると決意している子どもたちの気持ちも、同時に考えなくてはいけない」

そこには単純な「賛成」や「反対」に陥ることなく、あくまで自分で「実験」をしながら、多角的に考えようとするイチローの考える姿勢が現れている。

もちろん球児の健康は第一に考えないといけないことだ。そのため、監督ら指導者の責任や、「自主性」も必要だと訴える。

「確かに、甲子園の大事な場面で、監督に『いけるか?』と言われたら、(球児は)無理をしてしまうこともあると思います。だからこそ、指導者はより成熟した知識のある人間じゃないといけない。もちろん高校生側にも、自分の意志を伝える強さが求められます」

「今の世の中、問題が起きた時にほとんどの場合、規制の方向へ向かう。全てのリスクを回避することはできない。どう向き合うのかを教えることこそ生きた教育ではないでしょうか」

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取材に応じるイチロー(奥)

「自由にしていい」と言われて、どう行動するか

イチローにとって指導者といえば、日本のプロ野球のオリックス時代に見出された仰木彬監督は特別な存在だ。

批判も多かった独特の「振り子打法」に対して、フォームの修正を求めず、個性が尊重された。そうした環境だったからこそ、イチローは自分で考える習慣や、自分のスタイルを貫くことができたと振り返る。

「とにかく自由にさせてもらいました。でも、それは実は不自由にもつながる。人間はある程度縛られているほうが楽なんです。決められたルールに従っておけばいい。『勝手にやっていいよ』と言われると、自分で考えてやらなければいけなくなる」

「自由にしていいと言われた時、本当に自由にしてしまう子どもみたいな選手に対しては、(仰木監督は)決してそのような指導はしなかった。ある程度自分を律して、厳しく向き合える人間は、自ら進んで取り組む。そういう人間かどうか、見極めていらっしゃったように思います」

時事通信社–
プロ野球・オリックス-西武/イチローと仰木監督  オリックスでの最後の公式戦を終え、仰木彬監督(左)と握手するオリックスのイチロー外野手(神戸) 2000年10月13日

イチローのように、長く第一線で活躍するのは並大抵なことではない。野球の実力はもちろん、自ら課題や目標を見つけて、モチベーションを保ち続ける心の強さも必要だ。成長が著しい若い時に、仰木監督のような指導者に恵まれたことが、息の長い野球人生を送ることができた一因となったのかもしれない。

イチローが思い描く、良い指導者や上司とは、どんな姿なのか?

「選手の性格を見極め、いかに個々のやる気を引き出せるか。うまくいかないときは選手の責任、成功したときは自分の手柄、そんな人には誰も付いていきません。うまくいかないのが野球の常です。そんなときこそ監督が責任を取る、という覚悟が見えたとき、『この人のために頑張ろう』という気持ちが芽生えるものです。非常時ほど、『この人に付いていけば大丈夫』と思わせてほしいのですが、なかなかいないでしょうね」

Junichi Shibuya
取材に応じるイチロー

「大きなものを生むタイミングかも…」

これから、アマチュア野球にどう関わって行くのかが期待されるイチロー。特に、学生時代に自身も甲子園を経験した高校野球に目を向けている。

メジャーリーグや日本のプロ野球にもない魅力が詰まっているからだという。

「(選手やチーム同士の)能力差があっても戦える。頭を使って、いろいろな戦術を駆使することで、ヒットを打たなくても点が取れることを示してくれます。本来の野球の醍醐味が高校野球には確実に存在する」

引退してすぐに資格回復の研修を受けたのも、新しいことに挑み、何かを生み出そうとする意欲の表れだろう。

「スピード感やタイミングも大事です。何かが生まれるときって、個人の力だけではどうにもならない。周りを巻き込めなくては、大きなものが生まれません。そんな可能性のあるタイミングなんじゃないかと感じています」

これからの自分に対して、イチローはそう期待した。

Junichi Shibuya
ハフポスト日本版の取材に応じるイチロー

(取材・文:竹下隆一郎、濵田理央、撮影:渋谷純一)